Glamorous Life

グラマラスライフ 実川元子オフィシャルサイト おもしろい本、どきどきする試合や映画、わくわくする服に出会えたら最高に幸せ

「92歳のパリジェンヌ」という映画をWOWOWで鑑賞しました。
http://gaga.ne.jp/92parisienne/
https://youtu.be/oGCR31dTcQY

フランスのジョスパン元首相のお母さんをモデルにした実話だそうです。
原題は"La Derniere Lecon"最期の教え。作家である娘が実の母の死について書いています。日本語のタイトルは思いっきり外していて恥ずかしい。中身はシリアスな「死に方」、それ以上に「生き方」についての話です。
92歳になって一人暮らしをしている女性が、「一人でできること」がどんどん減っていく中で、生きる意味を考え始めます。そして娘と息子とその家族に囲まれての92歳のバースデイパーティの席で宣言するのです。
「私は10月17日(2ヶ月後)に死ぬことに決めました」
大ショックを受ける家族たち。とくに息子は「なんてことを言うんだ! 老人性のうつ病だ。薬を飲め」と大反対します。男(息子)にありがちですよね。薬をはじめとするお金で人生の負の部分を解決しようとするっていうのは。自分が介護「できない」(介護をする能力がない)ことを受け入れられず、後ろめたいもんだから、自分が「できる」こと、つまり、経済力でなんとかしようとする。それはともかく。
最初はショックを受けて反対していた娘ですが、母に寄り添ううちに、「もう十分に生きた。みんなに迷惑をかけずに、自尊心を損なわれない形での死を選びたい」という気持ちを理解するようになります。
92歳の女性は助産師で、産む性としての女性と子どもを支えることを自分の使命とし、80歳を過ぎてからもアフリカに出かけて、当地の女性たちの出産指導を行ったりしていたらしいことがしだいにわかってきます。夫がいきている間にも、別に男性として愛する人がいて、アフリカから帰国したその足で愛人に会いにいったりしていたらしい。その男性に別れを告げにいくシーンもすごく素敵。
というストーリー説明ではなく、この映画を見ながら私の心に突き刺さったのは「気力が失われる前に死にたい」という一言でした。からだの自由がきかなくなること以上に辛いのは、気力が失われること……。わかります。階段をのぼるのが辛くなる、歩くのがよたよたして遅くなる、視力や聴力が失われていく、そういった体力面での衰え以上に「何もやる気がしなくなる」という気力の衰えが私は怖いのです。
老化、ということを最近意識するようになっているのですが、何が決定的な老化の始まりかといえば、それは「面倒臭い」と感じることだと思うのです。仕事だけでなく、家事や趣味で、それまではりきって取り組んでいたことが「面倒臭い」とやめてしまう、それが老化の始まりではないか、と思います。
仕事や家事で少しずつ「もう面倒だからやめちゃおう」ということが増えていき、そのうちからだが思うように動かなくなることで「着替えるのが面倒」「外出するのが面倒」へと進み、最後は「食べるのが面倒」「トイレに行くのが面倒」となって、究極は「ただ息をしているだけ」となってしまう。
映画を観たあと、私は常に持ち歩いている取材スケジュール帳を取り出して、各月のはじめのThings To Doリストにしっかり書き入れました。
「やりたいことをやる! 行きたいところに行く! 会いたい人に会う! 明日ではなく、今日」
やりたいことがいっぱいあるように、行きたいところがいつも思いつくように、会いたい人が大勢いるように、来年もはりきって生きて生きたいです。


 

「保育無償化・負担軽減策」が議論になっている。伝えられる記事を読みながら、暗澹たる気持ちになり、そして憤っている。ほかの国の現状は知らないので比較はできないが、日本は子どもと育児を大事にしない国なのではないか。
子どもを産みたくても産めない社会になってしまい、少子化が社会問題になって久しい。私が記憶するかぎり、もう30年は社会問題となって日本の将来への危機感がつのっている。そして近年は働かざるをえない親(大半は母親)が増えているにもかかわらず、預かってくれるところがないために待機児童が増え続けている。少子化と待機児童増加、一見矛盾するような社会問題の根っこにあるものは同じだ。「子どもを大事に育てることへの(政治家、行政、そして社会全体の)認識不足」ではないか。
問題への対応策が「3〜5歳児の認可保育園保育料を無償化すること」だと聞いて、私はその場で崩れ落ちそうになった。 な〜〜〜〜〜んにもわかっていない!!! 子どもたちと親たちが置かれている現状も、保育園とそこで働く保育士さんたちの現状も、子どもを育てることがどういうことなのかも、な〜〜〜〜〜んにもわかっていない人たちがこんな政策を選挙の人気とりのために打ち出してくる。今年のはやりとなった言葉「ち〜〜が〜〜〜う〜〜〜だろ〜〜〜!!」と叫びたい。今ここで叫んでいるけれど。
そもそも認可保育園に入れる子どもは「特権階級」なのだ。認可園では収入に応じて保育料を負担しているが、それでも認可外に比べると最高レベルの収入が払う人たちの保育料でも認可園は安い。低収入であればほぼ負担なしである。一方で、認可保育園に入れない大半の親は、泣く泣く高い保育料を払って、質が保証されていない認可外に預けざるを得ない。私は37年前に、認可外(当時はベビーホテルというのがあった)に月8万円も払って長女を預けていた。そのころの相場では、預ける時間が15分以上延びると1時間分の1200円加算されるので、会社近くの都心まで電車を乗り継いで赤ん坊を抱っこして通っていた。私の給料は保育料と子どもにかかる費用で全部飛んでいき、給料日前には銀行に二桁の金額しかなくなってキャッシュカードでお金がおろせなかった。なんのために働いているのかがよくわからなくなかった時期だ。
新設の区立保育園ができると区の広報紙で見つけたとき、半休をとって子どもと一緒にできたばかりの園舎を見に行って、その足で区役所に走って申し込みをした。無事に認可園に入園(措置、という)できるという通知が届いたとき、子どもを抱きしめてうれし泣きした。安堵のあまりに思わず涙がこぼれたのだ。
その後、第二子が生まれるまで7年空いてしまったのも、保育園に入れるかどうかわからないという不安からだったと思う。しかし、あの頃私は信じていた。「保育園のことでこんなに苦労するのは、きっと私の世代で終わりだ」と。「子どもを産んで働き続けることは、きっともっと自然で楽なことになる」と。そんな期待は見事裏切られた。
30年後の今、娘たちは子どもを保育園に入れるためにもっとたいへんな思いをしている。育休は保活のために費やしていると言っていいほどだ。園の見学は最低でも20園は必要だそう。歩いていける範囲に20も園があるわけではないので、抱っこ紐に赤ちゃんを入れて電車に乗って保育園探しである。それだけやっても、どこかに入れる保証はない。だが、いざとなったら祖母である私が預かる、というわけにはいかないのだ。条件がどれだけ悪かろうが、どこかに預けないと、翌年の認可園申し込みレースのスタート台にさえ立てない。「祖父母に面倒を見てもらえばいいじゃないか」ということになってしまうから。
限られた政府予算の使い途の優先順位は、認可園の保育無償化ではないはずだ。
保育士の待遇改善、認可外保育園の保育を国基準にすること、何よりも「就学前の子どもの教育(保育)の質向上」に力を入れてほしい。0歳から5歳という期間をどう過ごすかは、子どもの一生を決めるといってもいいほど重要だ。保育とは、オムツ変えて、ごはん食べさせて、危なくないように見張って遊ばせること、という程度の認識しかない人たちに保育予算の使い途を決めて欲しくない。
私は2人の娘たちを0歳から保育園に預けて、園の先生方や仲間の親たちと一緒に子育てをしてもらった経験が、私自身の大きな財産になったと思っている。娘たちも保育園が大好きだった。保育園で過ごした5年間は、彼女たちにとって宝物のような時間だった。だから、自分の子どもたちも保育園に入れたいと必死なのだ。
保育園は「親の疾病や就業によって保育に欠ける(かわいそうな)子どもたちをケアするところ」ではもはやない。保育園の問題は、子どもたちやその未来だけでなく、親世代も、その上の祖父母世代にも関わってくる問題だ。保育園は今の、そして未来の社会を映し出す場だ、と私は思う。保育に対する認識を変えること、つまりは子どもを育てること、そして子どもについての認識を変えること、保育行政にかかわる方たちには、まずはそこからはじめていただきたい。
保活まっただなかの娘を見ながら、読んでとても考えさせられた本をあげておく。
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「保育園を呼ぶ声が聞こえる」 猪熊弘子、國分功一郎、ブレイディみかこ著 太田出版
まえがきで保育ジャーナリストの猪熊さんが書く。「「保育」がただ子どもを預かる箱さえあればできるものだと思っていた人でも、最後まで読み終えたら、「保育」がいかに大切かを知り、理解することがきっとできるだろう」「少子化で少なくなった大切な子どもたちを、もっともっと豊かに、愛情深く育てていくことが、この国の未来を左右することに気づいてくれるだろう」。まさにそのために書かれた本。保育園問題が広い視野にたって語られるべきトピックであることを認識させてくれる。
「国家がなぜ家族に干渉するのか〜法案・政策の背後にあるもの」本田由紀・伊藤公雄 編著 青弓社
家族と国家、両者の関係について社会学者、政治学者、法学者が語る。「家庭教育支援法」「親子断絶防止法」を打ち出してくる現政権の「異常さ」が見えてくる。
「成功する子 失敗する子〜何が「その後の人生」を決めるのか」ポール・タフ著  高山真由美訳 英治出版
日本語のタイトルは今ひとつだけれど、格差社会の中でどうやって公平な教育をしていけばいいかについて、子育て中のジャーナリストが真正面から取り組んだ好著。読み書き算数の認知能力以上に、「やり抜く力」「自制心」「好奇心」といった非認知能力を育むことが、子どもが幸せな人生を送る上で大切だ、ということを科学的実証的に語っている。
「ワンオペ育児〜わかってほしい休めない日常」 藤田結子著 毎日新聞社
娘に言わせると、もうワンオペを云々するよりも、職場において父親(男性)母親(女性)を同等に扱うようにしてほしい、とのこと。なぜ女性だけが育児時間を取らされるのか、なぜ男性の育休取得率が低いのか、それは職場の見えない男女差別ではないか、というのですが、それを少しずつ消していくためにもワンオペは考え直さなくちゃね。

 

今年は「家事」「育児」にまつわる本をだらだらと読みふけった。私の中で「家事」「育児」って自分にとってなんだったんだろう、という疑問があったからだ。
(以下の文章を書くにあたって影響を受けた本を数冊あげておきます。
「「家事のしすぎ」が日本を滅ぼす」 佐光紀子著 光文社新書
「お母さんは忙しくなるばかり」ルース・シュウォーツ・コーワン著 高橋雄造訳 法政大学出版
「ワンオペ育児」 藤田結子著 毎日新聞出版)
自分で言うのもなんだが、私は性格がかなり四角四面で真面目な堅物なので、子どものころにすりこまれた「女は家事育児をやってこそ一人前」の呪縛にずーっととらわれてきてしまった。家事をやることが自分の使命で、ある部分私がこの世に存在するのは、家族のために家事をすることにあるとさえ思いこんでいた。だから、家事全般に手を抜かない、というか手が抜けなかった。たとえば子どもたちのお弁当を四半世紀以上作り続けたが、一度も冷凍食品や加工食品を使わなかったのだ。それをつい最近まで「誇り」にしていた。そんなことは誇りにすることじゃなく、むしろ恥ずかしいことじゃないか、と気づいたのはつい最近だ。
私が「家事を重視しすぎたのではないか。家事に時間と労力を割きすぎたのではないか」という疑問を感じるようになったのは、今年、親の家をたたむ作業をしたことが大きい。
母は専業主婦だった。20歳で結婚して21歳で長女の私を生み、その後社会に出て働くことなく、家庭を守ることを第一の使命としてきた。私とちがって手先が器用なので、裁縫も料理もうまかったしまめだった。母がばりばりの「主婦」だった50〜70年代は加工食品が気軽に手に入る時代ではなかったこともあって、梅干しや漬物を漬けたり、佃煮からかまぼこまで手作りだった(おやつももちろん手作り)。そもそも「手作り」するのが当たり前で、「手作り」という言葉さえもなかった時代のことだ。母はたぶん主婦として優等生である自分が誇りだったのだと思う。
ところが、私たちが進学、就職のために家を出た70年代終わりころから、母は家事を手抜きするようになった。掃除は1週間に1回か、それ以下の頻度になったし、お客さんをよんだときこそ腕をふるったが、ふだんは買ってきたものを並べることも多くなった(私はもう実家を出ていたので聞いた話)。 私に「子どもを産んだからといっては仕事をやめてはだめ」と共稼ぎを勧める一方で、「家事なんて適当でいいのよ。いい主婦になることに価値はない。主婦業なんて仕事じゃないからね」と吐き捨てるように言うようになった。
70歳を過ぎたころから「家事は全部面倒臭い」が口癖になり、掃除はダスキンを入れてのアウトソーシング、洗濯も乾燥までの全自動になった。70代半ばで病気をしたことをきっかけに、母の家事放棄はいっそう進んだ。そこで私が1ヶ月に1回、実家に帰って家事を手助けすることになった。東京からやってきては半日がかりで家中の掃除機をかけ、シーツやバスタオルなどの大物の洗濯をし、冷蔵庫の整理をしたのだが、そんな「家事」に精出す私の後ろで、母は「そんなことしなくていいから。もういやめて」と叫び続けていた。そのときは「親が気持ちよく生活する手伝いをするんだから」と「いいこと」をしている気分だったが、今になってそれは母の「主婦としての誇り」を傷つけるどころか、「生き方」さえも否定する行為だったのではないかと後悔している。 
親の家をたたみながら気づいたのは、両親は2人とも人生を謳歌していたことだった。それぞれに趣味に邁進し、趣味の仲間としょっちゅう会食したり旅行に出かけたりして、古臭い言葉でいえば「第二の青春」を満喫していた。「これだけ遊びまわっていたら、家事なんてしている時間も体力もなかったよね」と思うほどに。
おしゃれを楽しみ、食べることを楽しみ、仲間と過ごすことに喜びを見出していた両親の生活に、片付けをしながら気づいて、私は心からホッとしている。同時に、母が言い続けた「家事なんて適当でいいのよ」という言葉の裏にあった母の「本音」にもっと早く気づけなかった自分を少しだけ責めている。
適当でいい、という適当がどこのあたりにあるか、私にはいまだにわからない。
だが、少なくとも今の私の家事は「適当」ではない。やりすぎだ。
やり過ぎていることで、私は家族にプレッシャーを与えているだけでなく、家族の将来を脅かしてもいる。 
私が家事を「独占」していたために、夫は家事に関してまったく無能無気力になってしまった。何もできない夫にしたのは、たぶん私の責任だ。いま私が死ぬなり家を出るなりしたら、たぶん夫は生活面で明日から非常に困ったことになってしまうだろう。困っている夫を放っておけなくて、子どもたちも困ったことになる。娘たちから「ママ、頼むから、パパよりも長生きしてパパを一人あとに残さないでね。私たちの家庭が崩壊してしまうから」と何回も念を押されている。だから、やむなく私は健康に気を配っているのだけれど、それはちょっと違うような気がする。
家事を適当にすること。もっといい加減になること。他人の手を借りること。そしてもっと人生を楽しむこと。(実はとても楽しんでいるつもりなのだけれど)
それがこれから老いとともに生きる人生への課題だと心している。 

 政治家が口に出してはいけない言葉がある、と私は思っている。その一つが「自己責任」だ。失業した、住む家を失った、病気になった、などなど、困難を抱えた人たちに「それはあなたの努力が足りないからだ。もっと頑張ればよかったのに、頑張らないでそうなったんだから、それはあなたの自己責任だ」ということを、もし政治家が言ってしまったら、それは政治をあずかるものとしての資格がない。それどころか、政治家としての存在理由さえ失ってしまうのではないか。そもそも自己責任がとれない人たちが生きていけるような社会をつくるのが、政治家の仕事ではないか。
 自分で自分の生活に責任がとれる、何が起こっても自己責任で行動できる人たちは、社会的強者だ。教育を受けるチャンスを与えられ、努力ができる、もしくは努力が報われるチャンスにも恵まれ、不当なことや理不尽と思えば声をあげられる、といった力を持っている人は、社会的強者だ。
 そして今の政治家は圧倒的な力を持つ強者の集団になってしまった。ダントツの「勝ち組」だ(勝ち組負け組という言葉も私は大っ嫌いだが、ここではやむなく使う)。そして困ったことに、生まれたときから強者の集団にいて、強者の集団にどっぷりつかって教育を受け、仕事をしている人たちは、自分の価値基準でしか人を判断できない。人は努力すれば報われる、弱者も強者になれる、だから頑張れ、困ったことがあれば声をあげればいい、支援を求めればいい、と平気で言ってしまう。それができないから、困っているというのに。
 努力する、もしくは頑張るチャンスにも力にも恵まれなかった人たちが困窮した姿を見て、手を差し伸べることは、圧倒的強者である政治家の使命だと私は思っている。それなのに、何世代にもわたって強者の価値基準でしか判断してこなかった政治家たちは、弱者を切り捨てる。「自己責任だ」という冷たい(言ってはいけない)ひと言で。
 21世紀に入ってから、いや、バブルの頃からか、政治家がやっていることは社会的強者をもっと強くし、弱者が弱者になったのは「自己責任だ」と突き放すようなことばかりだ。
 これは世界的な傾向らしい。「チャヴ〜弱者を敵視する社会」(オーウェン・ジョーンズ著 依田卓巳訳、海と月社)は英国の労働者階級がなぜ英国社会で嘲笑され、敵視されるようになったかについて書かれた本だ。
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 チャヴとは、英国の労働者階級を侮蔑的に呼ぶ言葉だが、もとは(欧州から中東まで差別の対象となってきた)ロマ族の言葉で子どもを指す「チャヴィ」から来ているそうで、つまり激しく差別的な呼称である。ところが英国ではチャヴのファッションや生活をおもしろおかしく取り上げるテレビ番組やサイトが堂々と放送、公開されて人気を博していたり、自身は私立校出身の大金持ちのコメディアンがチャヴの口調を真似して笑いをとったりしているそうだ。
 オーウェン・ジョーンズという英国の歴史学専攻の若者が20代だった2011年に書いたこの本は、世界的ベストセラーとなり、政治運動、社会運動に一石を投じた。著者自身はオックスフォード大学のエリートという社会的強者であるが、強者であることを自覚している。自覚している、と言うのは、強者が持っている力が強者自身の努力で手にしたものでないことをわきまえている、ということだ。だからチャヴという、いまや下層階級になってしまった労働者階級に対する見方が、上から目線ではない。同情とか手を差し伸べなくては、とかいう上からの姿勢ではない。チャヴが困っていること、チャヴの人生の喜びと希望を、チャヴの側に立ってかなり公平に冷静に分析している。
 サッチャー政権時代以来、労働者階級の人々が大切にしてきた価値観はズタズタにされた。英国が厳然とした階級社会であるという現実を無視して、「がんばれば努力が報われる社会にします」(はい、どこかで聞いたことがありますね、このセリフ)とか言って、社会設計を大きく変更した。福祉を大幅に切り捨て、困っている人たちには「がんばれ」とエールだけ送り、自助努力と自己責任という言葉で斬り捨てた。
 階級のトップに立つ人たちにとっての「階級」とは、ちゃんとした教育を受けてちゃんとした仕事につき、まじめに働いて金を稼げれば、すいすいと階段をのぼっていけるような感覚なのだろう。だが、「ちゃんとした」教育や仕事の概念が、中産階級と労働者階級とでは異なることを、政治家たちはまったく気づかなかった。労働者階級の中には、階級の階段をのぼりたくない、いまの生活で十分ハッピーだ、という人たちだって大勢いるのだ。というか、そちらのほうが多数派だ。「自助努力で中産階級に這い上がれ」といくら鼓舞したところで、価値観が根本から違うのだから動かないし動けないし、動く気がまったくない。そういう人たちの仕事(鉱山や工場の閉鎖が1980年代から相次いだ)を奪い、若者たちの人生の選択肢を狭め、「落ちこぼれ」「負け組」とレッテルを貼って嘲笑している。それがチャヴを笑いものにしている今の英国社会だ、と著者は言う。
「労働者階級の人々を悪者扱いすることは、不合理な制度を正当化する恐ろしく合理的な手段である。そうやって彼らを敵視し、彼らの関心事を無視したうえで、いまのはなはだ不公平は富と権力の分配は、人の価値や能力を公平に反映していると正当化する。だが、この敵視には、さらに悪質な意図がある。労働者階級の特定のコミュニティをむしばむ貧困、失業、犯罪といった社会問題全般に、自己責任の原則を当てはめるという意図だ。「ブロークン・ブリテン」においては、被害者はつねに自分を責めるしかない」(引用終わり)
 今年出会ったベスト本の1冊である「子どもたちの階級闘争」(ブレイディみかこ著、岩波書店)で知った本書「チャヴ」であるが、読みながら「え? これって日本の話じゃないのか?」と思う箇所がいくつもあった。と言うか、本書はまさに日本社会に当てはまる内容だ。2011年に英国で現実だったことは、2017年の日本でも現実だ(2017年以前からもちろん現実である)。生活保護受給者へのバッシング、在日外国人(特にアジア)労働者の敵視、難民受け入れの拒否……どれも根っこのところは同じだ。弱者への敵視。弱者になったのは、弱者自身の「自己責任」だとして、その人たちが何を考え、求めているかをちゃんと見ようとしない。
 政治や社会問題なんてむずかしそう。英国は階級社会だろうけれど、日本は一億総中流社会(→いつの時代だ? そもそもそんな社会だった時代が日本にあったのか?)だから関係ない。そう言わないで、ぜひぜひ読んでみてほしい。強者/弱者、富めるもの/貧しいもの、と社会が極端な形で二分されている現実から目を背けて、弱者を敵視(「ああはなりたくない」「お友達になりたくない」という意見も含まれる)しているうちに、自らが敵視される社会になってしまう……かもしれないのだから。

 お孫ちゃん2号誕生から3週間以上が経ちました。初めて男の子の赤ちゃんを世話して思ったのは、「赤ちゃんのときって男女の違いはないのだな」ということです。
初めての男の子だと知ると、みなさんが「男の子は泣き声が大きい」とか「からだががっしりしているから抱き心地がちがう」とか 「おっぱいの飲みっぷりがすごい」とかおっしゃるのですが、今のところは「男女」の違いを感じることはまったくなく、違いがあるとしたら、それははむしろ「個体差」ではないかと思います。
 泣き声がわんわんと大きかったのは孫1号(女の子)で、からだが一番がっしりしていたのは長女でした。おっぱいの飲みっぷりに関してはなんといっても次女で、生まれて1日目で50ccの母乳を飲んで「こんな赤ちゃん見たことない」と助産師さんに驚かれたという逸話があります。
 いま赤ちゃんの授乳で頭がいっぱいの次女に「あなたは初日から50ccのみ、2800gで生まれたのにあっという間に1キロ体重が増えて「増えすぎ」と注意された」というと「ああ、生まれてきたのが私みたいな赤ちゃんだったらよかったのに」とか言ってます。いえいえ、孫2号も存分に飲んでいるのですがね。
 男の子の孫2号はあまり泣きわめかず、よく飲んでよく寝ていたって育てやすい赤ちゃんです。今のところは。ありがたい。
 ところで、まもなく4歳の誕生日を迎える孫1号ですが、3歳をすぎるころからにわかに「私は女の子」と主張するようになりました。保育園のちょっとお姉さんたちの「女の子だもん」の主張にあっけなく影響されて、いきなり「私、女の子だからピンクが好き」とか言ったりする。ジェンダーフリーで育てたいお母さんが紺色のパンツを履かせようとすると、「いやだ、ピンクのふりふりのスカートがはきたい。だって○ちゃん、女の子だから」と言ってがっかりさせます。
 孫1号はなぜかクサリとかネジなどのメタルが大好きで、公園に行くとブランコに駆け寄り、乗るのかと思ったらブランコのくさりをずっと撫でているし、ベンチのネジをずっとさわってうっとりしている、という子どもでした(です。今もメタル大好き)。また何かを操作する、ということが好きで、ミニカーやヘリコプターの模型などを走らせたり飛ばせたりして身震いするほど興奮していたし、先日は公園で自転車を借りて乗ったらいつまでも降りず漕ぎ続けたそうです。
 そこで私が「お誕生日に自転車をプレゼントする!」というと、飛び上がって喜び「プリキュアの自転車ね! ピンクと白にして。だって○ちゃん、女の子だもーん」と叫ぶではないですか! いや、いいんですよ。ピンクと白が好きだって。プリキュアに夢中だって。でもね「女の子だもーん」って、それ何? ジェンダーの刷り込まれすぎだよ、とフェミニズムをかじったおばあちゃんはイラッとするのです。
 孫2号よ、きみも3歳くらいになったら「ぼくは男の子だから、紺色が好き、車が好き」とか言うようになるのでしょう。でもね、おばあちゃんは、おばあちゃんだけは、ぜったいに言わないようにするよ。「男の子だから〜〜しなさい」とか「男の子の色はブルー」とか、そういうジェンダーに縛られたような発言は、おばあちゃんだけはしない(きっぱり)。
 どんな色が好きでも、どんな遊びが好きでも、おばあちゃんは「いいねー! 好きなものがあるって最高だよ。それがたいせつだよ」と励ましたいです。
 男のコだから、女の子だから、なんて関係なし。いっぱい食べて、いっぱい遊んで、人生を満喫してほしいなあ。
 

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