Glamorous Life

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3−0完勝で首位に立ったガンバです。あ〜〜〜〜現地で観たかった(深〜いため息)
親の家を片付けるためにまたもや関西に行っていたのですが、試合当日、土曜の  朝にどうしても抜けられない仕事が東京であって泣く泣く帰京。こういう試合こそ、現地観戦したいです。



さて、DAZNでLIVEと見逃し配信を含めて3回試合を観た私の目を奪ったのは、今年から10番を背負っている倉田選手の凄みです。
1点目。藤本選手が奪って出したパスをドリブルで運んだ倉田選手。鳥栖の選手2人から強烈プレッシャーを受けるのですが振り切ってキープ。フリーになったところで右サイドを駆け上がってきたセンターバックの三浦選手にパス、ワンタッチであげたクロスを長沢選手がヘディングで叩き込んで先制!
その4分後。オジェソク選手が入れたクロスがワンバウンドしたところを技ありボレー。今節のベストゴールに選びたい素晴らしい ゴールでした。
後半に鳥栖が押し気味に試合を進め、なかなかセカンドが拾えずヒヤヒヤしている時間に、奪ったボールを猛然とドリブルして前に運んだプレーも凄みがありました。結局足を引っ掛けられてピッチに倒れ込み、担架で運ばれてピッチ外に出されるのですが、そのとき思ったのが「やばい! 今、秋(倉田選手)が抜けたらガンバは相当なマイナスになってしまうやん」でした。
数分後に治療がすんで、何事もなかったかのように涼しい顔で ピッチに戻り、しかもまたもやドリブルで突っ込む突っ込む。今度はペナルティエリアまで運んでシュートまで! ほんまに怪我やったん? しかも試合も終盤なんですけれど。
最近の試合では、同志とメッセンジャーで「倉田、確変中」「10番つけるとこんなに頼もしくなるのか!」「凄み出ている」とやりとりすることが続いています。
万博競技場の名物は、しんなりしているフライドポテト、略して「しなポテ」なのですが、それをもじって倉田の弱々しくGKにあっさりキャッチされてしまうシュートは「しなシュー(倉田シューとシュートをかけている)」と 呼ばれていました(あれ? 呼んでいたのは私だけ?)
しかーし、最近のシュートは技もあれば、力もあり、ほとんどが枠内に飛んでいます。そしてすでにリーグで6得点。立派すぎ。
W杯予選がまた再開しますが、今の倉田を招集しないなんてありえませんよ、ハリル・ホジッチさん。

何年か前に「次のガンバを背負うのは倉田選手」と書いた私の「予言」は、すでに実現しつつあります。ガンバの10番にふさわしい貫禄と存在感も備わって、うーん、期待しちゃうな。 

後半終盤に泉澤選手の2点目が入るまで、ご飯が喉を通りませんでした。
前半に素晴らしいワンタッチパス回しから藤本選手の芸術的ループシュートが決まり、やれやれと思ったのものの、後半は防戦一方。後半30分過ぎからは、またもやシュートをさみだれのように打たれるサンドバック状態。ファビオ(ハンドっぽいと思ったけれど、よーく見ると贔屓目でハンドじゃなかった)と井手口がかき出してくれなかったら、果たして勝敗はどっちに転んだかわかりませんでした。
2−0勝利と言っても、必死にあがいての「完勝」です。
私のMOMは藤本選手にしたいところだけれど、足掻きまくる先頭に立ってくれたことでファビオ選手。ファビオと三浦の両CBは、近年にない「大当たり補強」でしたね。
それはさておき、夏にFWは補強するんですよね?

さて、来週からは韓国にてU20W杯が始まります。
ガンバからは堂安、初瀬、市丸、高木の4選手が代表に選抜されました。(高木選手、追加招集おめでとう! 19日訂正)
とても楽しみ! U20ワールドカップって長〜いこと日本が出場できていませんでした。私が記憶にあるのは「調子乗り世代」と言われた槙野や安田が出場していた2007年のカナダ大会かな? そういえばあの大会には香川も出ていたんですよね。わけわからん主審のせいで、ゴールを取り消されたりしていましたが。あのチェコ戦、ほんと、主審がひどかったわ。その記憶しかない。今度は少しはマシな審判団でしょうか?
アンダーエイジの大会って、「年齢詐称」じゃないかと思われる選手がよく出場していましたが(特に中東とアフリカの代表チーム)、今はどうなんでしょうか? 骨の成長度合いを測っている、とか聞いたことがあったけれど、そんな面倒なことを今もやっているのかな?  そんなことにも興味を持って見てみたい。

というわけで、しばらくガンバは若手抜き布陣でリーグ戦を戦います。
後半に押し込まれ続ける展開が続くのかな? そちらは不安です。 

1980年、長女を出産した夜、病院にやってきた母に「8週後には職場復帰(当時、勤めていた会社は育休制度を取り入れていなかった。産休制度も同僚たちからの嘆願書で導入された)。授乳も含めていろいろと考えなくちゃ」と私が言ったとき、母が言いました。
「私ができるだけ手伝ってあげるから、会社での仕事を続けなさい。でも、子どもを育てるというのも、人間としてとてもたいせつな仕事よ。外でお金をもらう仕事ばかりが仕事じゃない。家族が健康に生活して、子どもが安心して育つ場を作ることは、それ以上に重要な仕事じゃないかしら」 
そのときは、若くして結婚し外で働いた経験がなく、専業主婦として家庭を切り盛りすることに専念してきた母が、自分の人生の意義を強調しているのだ、とか思ったのですが、今になるとその言葉がずしんと響きます。
母の手助けがあったおかげで、私は外での仕事を続けながら2人の娘を育てられました。そして娘たちは2人とも結婚し、子どもを育てながら外で仕事をしています。私たち夫婦と同じ「共働き家庭」です。
孫が生まれたとき、一番に考えたのは「私はどんな形で、どこまで娘たち夫婦の手助けをすべきか?」ということでした。正直、無償労働でも有償労働でも現役で目一杯働いている私は、母が私を手伝ってくれたようにはとてもできそうにないし、やりたくもない。おばあちゃんの手助けなしには日常生活が回っていかないようでは、共稼ぎ家庭はサステイナブルではないのではないか。でも、そう思う反面、母が言っていたように、次世代育成こそ人としての一番大きな仕事ではないか、と思ったり。葛藤は今も続いています。
それにプラスして、夫婦二人だけになったのに、なぜか家事労働がまったく軽減されないこと、いや、軽減するどころか時間的、労力的にも増大していることに疑問と不安を感じています。自分もですが、夫の介護はどうするんだ? 娘たちには絶対に負担をかけたくない。そのためには働き方、暮らし方を変えなくてはならないのではないか。
ここ2ヶ月ほど、どうしたらいいのかという答えを求めて、以下のような本を読みました。

「家事労働ハラスメント——生きづらさの根にあるもの」
竹信三恵子著 岩波新書
家事・育児・介護という家庭内の無償労働のほとんどを女性がこなしていて、それが有償労働における男女の賃金格差を生む原因になっていることを解き明かした内容。なぜ女性たちが子どもを産みたいと思っても産むことをためらうのか、それは家事労働が無償であるがゆえに価値がないものとして、もしくは「家族の絆」とかいう情緒的な言葉で包んで圧力をかけ、女性に押し付けているからだ、という内容。家事労働の価値をどこに見いだすのか、そもそも家庭を運営することに、ビジネス産業界の論理を当てはめることに問題があるのでは、というところに頷きました。

「お母さんは忙しくなるばかり——家事労働とテクノロジーの社会史」
ルース・シュウォーツ・コーワン著 高橋雄造訳 法政大学出版
家事のための道具がどんどん便利に使いやすくなったことが、家事労働者(女性)への負担をより重くしている、ということを科学史の専門家がわかりやすく説いた内容。家電製品が安価に普及したことで、かつては男性の手を借りなければやっていけなかった家事が、女性だけでこなせるようになった。男は外で働き、女は家で家事育児介護、という近代家族が成立するのは、そういう道具が安価に普及したこともある。だが、そのうち女性が外での有償労働に関わるようになると、家事に関わらない(関われない)男性は家庭で疎外され、そのうち家庭にいる意味さえも失われていった……という話。
道具が発達しても家事労働はいっこうに楽にならず、しかも女性は家事を手放さない、というくだりに、ああ、私も手放したくないんだ、家事をより高度化することで、夫を疎外しているんだと思いましたね。

「結婚と家族のこれから——共働き社会の限界」
筒井淳也著 光文社新書
これが一番「腑に落ちた」内容でした。共働き家庭が増えて、男女が有償労働でも無償労働(家事育児)でも対等に分担するようになると、より社会格差を増大させ、子どもを産み育てにくくなる、という一見矛盾した論理(調査結果)に頷くことしきり。以下に頷いたところを引用しておきます。

「『伝統的な家族の価値観を大事に』という主張をする人たちがいますが、このような状況(注:仕事が家族のリスクになり、家族が仕事のリスクになり、この両方が人生のリスクになる、というのが日本の現状。つまり家族に最後のセイフティ・ネット機能を求めようとすればするほど、人は家族から逃げる)を踏まえれば、むしろ大切なのは『家族主義からの離脱』なのです。家族が最後のセイフティ・ネットになるような社会では、家族が失敗した時のリスクが大きくなります。ですから、安定した家族を形成できる見込みがない限り、人々は家族形成、つまり結婚を引き延ばすでしょう」
「家族の負担を減らすこと、つまりある意味での家族主義から脱することによって、人々は進んで家族を形成できるようになるのです。『家族を大事に』というのならば、家族から負担を減らして、家族のいいところだけを楽しめるような社会を目指すべきでしょう。逆説的ですが、そのような社会では私たちは家族という枠を超えた親密性の世界に生きているかもしれません。というのは、家族に頼らずとも生活していくことができるからです

 もちろん家族に特別な感情はあることは認めます。でも、家族だから家事も育児も介護も引き受けろ、それも無償で、と言われたら、そりゃ家族への感情が愛情ではなくなってしまう可能性は高い。
 共稼ぎのパパママの代わりに孫の面倒をみるおばあちゃんの気持ちに、いずれは娘や息子が自分を介護してくれるだろう、という期待がないとは言えないでしょう。私の母も「これだけ孫の面倒をみてあげたんだから、私の老後の面倒はあなたに頼むわ」と言い続けました。(そしてそれが私の気持ちを重くさせていたのは否めません)
 私は「孫の面倒をみるから、自分の老後の面倒をみて」という形で子どもたちに無償労働のお返しを期待したくないのです。だからというわけではないけれど、おばあちゃんとして孫の育児に関わることはもちろん、娘たちの家庭の家事手伝いも、本当に困っていてヘルプ要請がないかぎりやらないようにしよう、と思っています。
 家族が愛情という絆で結ばれ続けるためには、家事育児介護の無償労働を、家族だけでなく社会とも分担することが大事ではないでしょうか。どのように、どうやって分担するのか。そういう社会設計を今こそ政府に考案してもらいたいところです。

残念無念、とかいう気持ちになる前に、なんか白けてしまいました。お粗末極まる内容で、昨年と同じ結果。1勝できただけマシ? なんて言いたくない! 昨年に引き続きホームゲームで一度も勝てなかった、それも2年続けてというのはちょっとどうかと思います。ちょっとどころではなく、すごくどうかと思います。
日本の他の3チームがどこもグループリーグは突破している試合を見ていて、何がガンバと違うのかを考えてしまいました。グループ分けで当たるチームが原因ってことはないですね。他のチームが突破しているのを見ると、Jリーグの実力が低下しているわけでもない。ということは、ガンバ自体に問題があったとしか思えない。来季は出場権が獲得できるかわかりませんが、もし出場できたときには2年連続の圧倒的最下位でさらけ出した弱さが、ますます不利に働くのは十分に考えられるので、今のうちにここまでアジアでの戦いが弱くなった原因を考えてもらわなくちゃ、と思います。ACLタイトル、欲しいよ〜〜〜!

ドシロート考えでの原因をざっとあげてみます。
①戦力「不足」にしないための手を何も打たなかった
——今年は目玉となるような強力戦力の補強にことごとく失敗。成績としても「戦力不足」を感じさせた昨シーズンから、大森選手や阿部選手といった主力が流出(そして移籍先チームで彼らが大活躍 涙)し、昨季以上に乏しい戦力となりました。
私は補強の失敗よりも、大森や阿部といったガンバの柱となるべき人材がガンバのサッカーに見切りをつけたことの方が痛いと思っています。つまり、監督やフロントの頭の中にある「ガンバのサッカー」そのものを見直さなかったことが、2年続けてのこの結果ではないか、と。3バックにしたらいいってもんじゃないでしょうが。
今の選手たちの能力を最大限引き出すには何をすればいいのか。それを考えないで、「補強失敗した〜〜〜」だけをこの結果の原因にしてはいけない。それじゃ現有戦力もやる気なくしますよ。

②スタジアムがチームに根づいていない
——変な言い方なんですが、吹田スタジアムの戦い方が一番できていないのがガンバ、という印象があります。ACLだけでなくリーグ戦でも、なぜか足を滑らすガンバ選手が続出。対万博記念競技場比較ですが、ガンバの選手たちが吹田スタジアムではどうもボールコントロールでミスが多いように見受けられます。止める、蹴る、の基礎技術がしっかりしていることがガンバの売りなのにね。
サポーターの応援の仕方も含めて、吹田スタジアムのホームの利が活かせていない。それはまあ、昨年も含めたホームゲームでの勝率のあまりの低さからくる私の後付け印象かもしれませんが。吹田スタジアムがガンバにとっての「聖地」になるまでには、まだまだ時間がかかるってことかな。

③アジアでの戦い方のスタイルが出来ていない
——単純な比較はできませんが、ACLを制覇した2008年は、2006年の初挑戦での失敗を踏まえて、アジアで勝つことを念頭に置いた戦い方をしたことが大きかったと思います。球際を強くする(Jリーグ以上に)、ホームでは絶対に負けない、シンプルに戦う(やたらとパス回しをしない、ちょっとでもDFがあいたらシュートを打つ、あの年はミドルシュートをやたらと打っていた)。リーグでは球際強すぎてよくファウルをとられてそれが原因で負けることもあったのですが、アジアではバシバシ体をぶつける戦い方をしないと負けます。戦い方を変える、ということが必要なんだと思います。「前半は守備重視で後ろに重心をかける」なんていうJリーグ仕様では、アジアは制覇できないだろうなあ。

……なんてことを考えました。
ああああああああ、ACLのタイトルが欲しいよ〜〜〜〜! 

今、アスリートにとってのメンタリティとは何か? という本を読んでいます。メンタリティ、というと、つい「最後まで諦めない根性」「あと一歩足を出す気力」「絶対に負けないという強い意思」「闘魂注入」などが思い浮かぶでしょうが、著者(ベン・リトルトン)はチームスポーツにおいてより重要なのは、「チームメートを生かすという利他精神」「チームメートも相手チームの選手も含めて相手とコミュニケーションを取ろうとする姿勢」だと言います。
スポーツにおける戦いは、喧嘩や戦争とははっきり違います。もちろん勝利は追求せねばなりませんが、チームメートはもちろん、対戦相手を尊重する気持ちなく、相手をぶちのめしてもただただ勝てばいいと勝利のみを追求してしまえば、それはスポーツにおいては「敗者」になってしまう。
最近、サッカーに限らずスポーツにおける差別発言や行動が報じられて、私はうんざりしています。スポーツは差別意識が露出しやすいものだけれど、そこで現れた差別の言動は氷山のほんの一角。下にはもっとどろどろとした差別意識が眠っているのではないでしょうか。
読んでいる本では、メンタリティはプロ選手になってから身につくものではなく、よちよち歩きのころから家庭で育まれていくものだ、とあります。メンタリティを広義にとらえて、「健全」なる精神を子どものころから育むスポーツであってほしい、と私はあらためて願います。

ということはさておき、昨日のガンバvs清水エスパルスの試合は、暑かったせいか、それとも「昇格したばかりのチーム」をなめていたのか(そんなことはないでしょうが)、ガンバの選手はなんだかピリッとしませんでした。この試合にかける想いの差、が見られたかな。球際への寄せが甘く、ゴール前でのアイデアも精度も低かったような。
現在のスタメンになってまだ数試合。まだまだこれからですね、選手同士のコミュニケーションが磨かれていくのは。そこに期待して、ドキドキしながら火曜日のACL済州戦を待ちたいです。

 

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