8月31日(日)
理解がある?
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つねづね「理解がある」という言葉が気になっている。 私が結婚して、子どもがいて、働いているというと、まず8割の確率で返ってくる言葉が「ご主人は理解があるんですね」。 娘たちは「うちはとくに門限が決められていない」というと、友だちから「理解のある親でいいね」と言われるそうだ。 理解……夫(わが夫だけではなく、夫というもの)は妻が働く上で何を理解すべきなのだろうか? 家事の分担? 仕事の内容? 育児方針? そんなのどれだけ話し合って言葉で理解していても、毎日の生活は理解だけではまわっていかない。 結婚するときに、私が専業主婦になるか、それとも共稼ぎするか、ということについて夫とは何も話し合わなかったし、いまにいたるまで一度たりと話し合ったことがない。会社に勤める、会社を辞める、フリーになる、こんな仕事をする、と私が報告するたび「あ、そうなんだ。やりたいことがやれるといいね」と夫は言う。 子どもの門限については、行く場所と帰宅時間さえはっきりしておいてもらえば、遅くなっても気をもまないですむ。急に遅くなるときには電話をかけてくればいい。そのために携帯を持たせているのだし。 仮に10時が門限だとして、それじゃ10時に帰ってきたら安心で安全かと言えばまったくそんなことないわけだし。私がやるべきことは決まり事を設けるよりもむしろ、子どもの危険察知能力を養い、危ない場所と人と事に近づかないように言い聞かせることではないかと思う。あ、話がずれた。 たぶん私が「理解がある」という言葉に引っかかるのは、なんだか立場が上の人間が下のものに承認を与えているような語感があるからだと思う。相手を信頼に足る人間として認めていないような感じがする、というと言いすぎだろうか。 やりたいことがあるのに、相手の「理解」がないからやれない、なんていう夫婦や親子関係はちょっとさびしいと思う。「理解」を求めなくてはならない関係もさびしいし、「理解」がないことを理由にやめてしまうのも残念だ。
夕飯はチヂミの予定。野菜チヂミとじゃがいもチヂミ。
No.285
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