Have a drink for two
今日飲んだおいしいお酒とおつまみを日記形式でお届けします。とりわけ通でもグルメでもないけれど、おいしくお酒を飲むために体調を整え、酒代を稼ぐために仕事をして、料理を研究するという飲兵衛が出会う毎日の極上のお酒の報告書です。
ご感想は一日に5人までですが、メッセージをいただけると嬉しいです。
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2005年2月の日記

2月28日(月)  二月は逃げる
 「復活した」と書いてからも、まだ具合がぱっとしないまま今にいたっています。
 確定申告をはじめ雑務が山積みなんですが、一気呵成に仕上げてしまおうと思いつつ、ちっとも進んでいません。ゆううつ。
 そう、どうも私はインフルエンザうつらしいのですよ。
 マリコさんから「インフルエンザのあとには、うつ状態になるらしいよ」と言われたときには、「そんなものにはならない!」と思ったのに、どうもなったらしい。
 そう言いながらとりあえず家事はしているからそうひどくはないのかも。でも気持ちが落ち込み気味です。こないだなんか、せっかく飲みに誘ってくださったキムラさんに、延々と将来の不安を訴え続けてしまいました。みんなで集まるからとよんでくれたまっちゃんにも、おなかが痛い、頭が痛いと訴えてしまった。
 みなさん、どうもすみません。
 他人に自分のカラダの不調を訴える女にだけはなるまい、と思っていたのに、もう私って最低……とまた落ち込むのも、インフルエンザうつなんでしょうか?

夕飯はイトヨリの煮付け、ちぢみほうれん草とエリンギのバタ炒め、ふろふき大根、ごはん。
No.992

リエ  2005/03/01/14:57:35   No.993
2月は寒いし、試験だとか税金だとか、世の中騒がしいから、日本人全体がうつっぽいかもね。でも、愚痴を聞いてくれる友達がいるというのはありがたいね。たまに甘えて、またどこかでお返ししてあげればいいんじゃない?

motoko  2005/03/01/16:50:48   No.994
リエさん、やさしい。ほんと、リエさんのやさしさにはいつも救われます。ありがとう。そうよね、甘えていいんだよね。といってずるずるいっつもあたしはリエさんに甘えてばっかりだよ。お返ししていない。反省。

ゲン  2005/03/01/17:31:58   No.996
あー確かになりますね、
インフルエンザ鬱。
でも僕はここで直しましたよ。

http://www.1sports.co.jp/
http://www.sports-ws.com/fp.html

2月24日(木)  いまひとたびのダイエット
 今朝起きた瞬間に「あ、復活したかも」と直感。
 きのうまではインフルエンザを引きずっていて、今一つ調子が出ず、というか具合が悪かったのでした。とはいっても仕事には行くし、エイゴの本も読むし、家事もするし、だったんですけれどね。
 でも、今日は働きました。お風呂掃除までしたよ(自慢)
 掃除とか洗濯とかアイロンかけとかやっていたら、午後2時になり、それからごはんを食べながら(大根の煮物とか、大根とツナのサラダとか、小松菜の煮浸しとか……きのうの残り物です)、「蝶の舌」を観て、午後4時からやっと仕事を始めました。
 「蝶の舌」はいい映画でした。でもスペイン語がほとんど聞き取れなくてがっくり。そうそう、スペイン語を学び始めたのです。まだ点過去、線過去あたりで行き詰っていますが。La lengua de mariposa(蝶の舌)とYo tambien(ぼくも)くらいだよ。ところでガリシア地方のお祭りが、山羊と人間との交流で、またまたカイエ・ソヴァージュで示唆されていたシーン続出でした。 ま、そんなことはどうでもよくて、仕事していたら午後9時になって、おなかすいたなあと思って……おかきをつまんでごまかしてしまった。
 最悪。ダイエットには、というか、健康に最悪じゃないですか、こういう食生活。
 インフルエンザにかこつけて運動していないので、体重計にのるのがコワイです。
 ちなみにインフルエンザ・ダイエットは一日で終わりでした。1日半絶食して3キロ減ったけれど、翌日に普通に食べたら元に戻りました。あたりまえか。

 
No.989

まりこ  2005/02/25/11:04:49   No.990
復活おめでとう。スペイン語はわたしもちょっとだけやったんだけど、ほとんど忘れてしまった。蝶の舌はもう少しでノベライズ翻訳をやるところだったんだけど、出版社同士の取引でよそに持っていかれて残念、という思い出が……。そんなわけで、悔しいから映画は見なかった。

リエ  2005/02/25/12:08:37   No.991
こんどはスペイン語なのね、スペインに行くの?復活おめでとう。

2月22日(火)  もどかしさ
「華氏911」を見たあと、なんともいえない「隔靴掻痒感」が残ってしまった。胸の奥のあたりに痒いというのでもなければ、痛いというのとはまったくちがう、ものすごい不快なものがあって、それを引っ張り出して、叩き出してすっきりしたいのだけれど、出てこなくていらいらする感じ。
 で、こないだ「グッバイレーニン」を見たのだけれど、これがまた別の意味でいがいが感が残るすっきりしない映画で……。いや、内容は笑えるし、かわいいし、レーニン像が空中を運ばれていくシーンなんて手を叩きたくなっちゃうんだけれど、見終わったあとに「うぐうぐ」という何かが残った。

 なんなんだろ、このもどかしさが混じる不快感は。

 それが少しだけすっきりしたのが、中沢新一のカイエ・ソヴァージュである。
5巻からなるこのシリーズは、中沢氏が大学2,3年生を対象に「比較宗教論」という講義を行なったものをまとめたもの。話し言葉だし、大学生相手にわかりやすくとっつきやすく話されているので、とてもわかりやすい。だが、わかりやすいということが、内容が浅いということではない。
 このシリーズで中沢氏が言いたかったのは(と私が解釈するのは)、現在の世界を「支配」している国家という政治・社会システム、一神教という宗教システムが、人類を決して幸せにしない、ということだ。
むしろいま世界にある諸問題は、ひとつのところに力が集中し対称性を欠いてしまったところにあるのではないか。
 人ー動物ー自然が対称的な存在であること。また人は意識野だけでなく、古代からの知恵がしまわれているはずの脳の無意識の分野をより重視することが必要なのではないか、ということである。いや、5巻もの大著をこんなに簡単にまとめちゃいけませんがね。
 第一巻では、人類最古の哲学である神話で、言葉を持たなかった時代に、人が世界をどうとらえていたのかを考える。世界各地で語られてきたシンデレラの物語をもとに、そこに出てくるものが何を象徴しているのか(現世と死、その境界にあるものの象徴)が解き明かされる。
 第二巻では、自然界の偉大なものとして人があがめてきた熊(つまりは自然の象徴)と人との関係。首長から王の決定的なちがいとはなにか。対称性を欠きはじめる動きを探る。
 第三巻では、愛と経済のロゴスというタイトルがついているように、「贈与」「純粋贈与」から、経済と愛の問題が語られる。
 第四巻「神の発明」で、一神教と国家はどちらも2000年前にあらわれたものだが、それが登場してくる前の段階にはそれでは神はどういう姿だったのか、それがどうしてひとつの絶対的な神になったのか、抜き差しならぬ関係である神と国家がこの世界の対称性をいかにこわしていったのか、が語られる。
 そして第五巻「対称性人類学」は、結論。四巻までの繰り返しの部分が多いのだけれど、仏教を切り口に、これから人類が進む方向の展望が示される。

 いまさら国家をなくしましょう、神話の時代に戻りましょう、というわけにはいかない。そんなことくらいわかっている。でも、国家というあり方こそが、いろいろな人間をまとめてどうにかこうにかそこそこに幸せに暮らしていくためにぴったりのシステムなんだ、だって昔から人はそうしてきたのだから、という短絡的な結論に逃げなくてすむ材料をもらった、という点でこのシリーズはうれしかった。
 教育基本法改正論議がかしましい。愛国心教育とやらを盛り込むらしいのだけれど、それにものすごく違和感をおぼえる。国家のための人づくり、という言葉にいたっては、絶句してしまいそうだ。
 でも、この違和感をどう表現したらいいのかわからなくてもどかしい。それは「華氏911」などを見たときの不快感に通じるもどかしさだ。
 5巻読み終わって、少しだけすっきりした。

夕飯はかますの一夜干し、豆腐と千六本の味噌汁、うどの皮のきんぴら、大根と牛肉の煮物、ほうれん草とベーコンの簡単キッシュ、ごはん。
インフルエンザからはまあまあ回復。でも、まだ絶好調というわけにはいかないのは、やっぱりトシだからかなー。
No.985

そんきち  2005/02/23/19:00:38   No.986
長文を一生懸命読みながら、いきなり「夕飯はかますの一夜干し〜」という文言にかなりの衝撃?を受けました。この落差があるから、元子さんっていいんですよね。インフルエンザはちゃんと治してくださいよ〜!!

motoko  2005/02/23/19:54:23   No.987
そんきちさん、え、そう?中沢氏が仏教について熱く論じているのを読みながら、かますをむしってました。かますむしりながらでも読める本ですよん。ところで12日にカシマに行くことにしました。そんきちさんは5日に万博?大宮には勝ってよね、と私は強く言いたい。毎年開幕戦が問題だからなー。

そんきち  2005/02/23/21:25:44   No.988
5日はもちろん!万博です。カシマは今年はちょっと無理かなあ…。去年より歳取ってるし(ってあたりまえですけど)。年甲斐もなく、オグリの1000個限定グッズを買う気満々。突撃だぁあー!!

2月20日(日)  はやりものに手を出してしまった
 手なんか出したくなかったんですがね、インフルエンザB型というのにかかってしまいました。はやりものが大好きな私だったのね。
 先週、なんだかずっと具合がぱっとしなくて、どうもおかしいと思っていたら、やっぱり……。
 土曜日の朝に目が覚めたとき「私はインフルエンザにかかった」と直観しました。
 ただの風邪じゃない、これはおかしい、という直観です。たいていあたっています。すぐにかかりつけのお医者さんへ。
 先生は鼻に綿棒を突っ込んで粘膜を採取し、プレートのようなものになすりつけてきっぱり診断を下しました。
「はい、B型です」
 まるで妊娠検査のようにくっきりと赤い線が出るのです。おもしろい。
 「熱は出し切りましょう。できるだけ解熱剤を使わないように」ということだったので、がまんにがまんを重ねましたが、39度を越えて天井がまわりはじめた時点でロキソニンを飲んでしまいました。
 あっという間に熱は下がりました。もうそりゃおそろしいほどにあっという間に。右向いても左向いても痛かった身体もぐっとラクになって、今日はもう大丈夫かなと思ったのですが、夕方になると身体がだるくて、また熱が出てきて……HPの更新なんかしている場合じゃないですね。
 
そんなこと言っておきながら、「しめしめ、インフルエンザだ。思いっきり怠けて読書できる」という私は問題な患者です。
もうすぐカイエ・ソバージュ5巻を読みきります。おもしろい本を教えてくれてありがとう>カワバタさん。
ひさびさに頷くところが多い本です。「華氏911」や「グッバイレーニン」を観たあとでひっかかっていた、宗教、国家、経済、愛、そして神話について、とてもすっきりまとめてあります。すっきりしすぎて居心地が悪いところもあるのですが、かなり納得してしまった。

 まあそういうわけでもう寝ます。
 みなさんも、インフルエンザにはお気をつけて。
No.982

taiju  2005/02/20/22:34:41   No.983
流行に乗り遅れています。
できれば懐古趣味を貫きたい。
お休みなさい、お大事に。

リエ  2005/02/22/10:37:09   No.984
ゆっくり本を読んで体を休めてね。

2月16日(水)  説明って必要?
 塩田明彦監督作品「カナリア」を試写会で観た。
 親に連れられてオウム真理教(映画ではニルヴァーナ)で出家した子どものその後を描いたもの。
 母親に連れられてオカルト教団に入った兄と妹は、事件のあとに警察に保護される。しかし兄のほうは祖父母に引取りを拒否され、妹と離れ離れになってしまう。そこで兄12歳は妹を取り戻すため、そして指名手配をうけて逃亡中の母親を探すために児童相談所を脱走した。
 その彼がふとしたきっかけで、母親を亡くし、父親と折り合いが悪くて、出会い系サイトで援助交際をもくろむ少女と出会う。
 12歳の2人がわずかな所持金で関西から東京まで妹に会いにいく、という一種のロードムービー。もしくは逃避行。
 題材としては非常におもしろい……はずだ。
 オカルト教団で洗脳された子どもが、いかにその呪縛を解くか、という過程が描かれるのだろう、と期待したのだが……いやー、ちょっといろいろ矛盾だらけのあらすじで、私は最後にへなへなとなりました。
 塩田監督、がんばっちゃいましたね。
 しかし、たぶんがんばる方向がちがうのだと思う。
 あまりにもむずかしいテーマであるために、説明するほうにがんばってしまった。
 セリフ、多すぎ。説明、しすぎ。
 最後にオチをつけたいがために、こじつけに近いようなセリフが耳についた。

 もうひとつ、引っかかったこと。
 ネタバレになるのであらすじで説明はできないのだが、「死」をどうとらえるか、それが一貫していないことに首をかしげた。
 そう、この映画でもテーマは「死生観」。人を殺すこと、自殺すること、それを是とするか非とするか。現世にある死をどうとらえたらいいのか。
 この映画で「も」というのは、「トニー滝谷」でもテーマは「死」だったから。「トニー滝谷」にも通じるのだが、死そのものに恐怖するのではなく、死後の世界にどうなるかを恐怖する、という死生観は、日本人が持ちうるものなのだろうか? 
 日本人と乱暴にくくってはいけないですね。
 少なくとも私は、「カナリア」のオカルト教団が唱える「死後にニルヴァーナに行くために、現世で功徳を積む」という死生観にものすごい違和感を覚えた。死が現世とそのほかの世界を隔てる決定的な出来事になる、とは私には思えないんだなー。
 だから「トニー滝谷」のお父さんやトニー滝田に本人のように、死がひょいと手を伸ばせば届くほど身近にあって、死とともに淡々と生きていく、というような捉え方のほうがしっくりくる。

 ところで、試写会の私の前の席に村上春樹氏が座っておられました。ときどきちらちらと反応を見たりして。「アンダーグラウンド」を断片的に思い出しました。

No.979

2月13日(日)  声の質
 先日、映画好きのシノダさんとしゃべっていて、私が「俳優の声がとても気になる。映画は観るものだけれど、聴くものでもあるはずだ。俳優のよしあしは声の出し方で決まる」と熱弁をふるったら、シノダさんが「それはおもしろい!」と言ってくれたので書いておく。
。。。。と一生懸命に書いて、よーしできた、と書き上げたところで、いきなりパソコンがブチンと叫んで落ちた。何? いったい何事? それより力作が一瞬で消えちゃったじゃないの。ハ〜脱力。

 演技をする上で、発声練習は必須だと思います。発声練習をしないで舞台やカメラの前に立つのは、ボールを蹴る練習をしないでいきなりサッカーの試合に出るようなものではないでしょうか。(違うか?)
 演技の勉強をしたことがないからわからないのだけれど、発声練習とはおなかの底から声を出す訓練だけじゃないはずです。声の強弱、高低、息の入れ方、リズムの取り方など、つまり声を楽器のように「演奏」して観客に何かを伝える訓練をするのが発声練習の基本じゃないでしょうか。
 ピアノの演奏で人を感動させるためには、それこそ毎日練習に練習を重ねなくてはならないように、俳優も声の出し方(歌とはまた別)の練習をしなくちゃいけない、と私は思うんですね。
 ところが、最近テレビドラマや映画を見ていて気になるのが、声で演技する俳優さんがとても少ないこと
 大声を出すと全部わめき声やかなきり声になってしまう。強くすることやトーンをあげることだけを「大声」と解釈してるんじゃないか、という俳優があまりにも多すぎる。ささやくときの息の入れ方も、まるであつものを吹いているみたい。「つぶやく」となると声を低くして小さくするだけなので、まるっきり読めてしまってつまらない。
 まあ、そういうことを気にし始めると、映画に集中できなくなるわけです。私の場合、表情以上に声が気になってしかたないので、声の出し方が稚拙だったり、まちがっていたりする俳優が出てくると、もうそれだけでぐったり疲れてしまうのです。
 ちなみに私がちゃんと声でも演技しているな、と安心して見て(聴いて)いられるのは、エマ・トンプソン、コリン・ファース、大竹しのぶ、榎本明、あたりです。渋すぎ。

 今度はちゃんとアップできますように。
 前書いたことと、内容がちがっている気がするのだが、もうその文章はコンピュータの混沌とした海の藻屑となってしまったのさ。
No.970

ふじもとゆうこ  [E-Mail]  2005/02/13/15:02:30   No.971
はじめまして。役者さんは声が大事というお言葉に、こくこくと強くうなずくあまり、つい勢いで「そのとおりだあっ」と言いたくなって、つい出てきてしまいました。極端に言うと、テレビや映画で見る時でも、やっぱり声とせりふまわしの上手さという点で舞台役者さんがいいよなあ、と。もちろんいちがいには言えないかもしれませんが。わたしも声はけっこうフェチなので語りたい〜。またきます(笑)。

motoko  2005/02/13/21:31:18   No.972
ふじもとさん、こんばんは。うれしいな、声フェチがここにもいて。私も舞台を経験したかしないかで、役者というのはレベルがまるでちがってしまうと思っています。ただ、舞台だけとなると、映画に出たときまでものすごく舞台くさい声の出し方になってしまって、それも疲れるのです。ほどほどっていうのがいいんだけれど。またいらしてね!

未母  [E-Mail] [URL]  2005/02/14/02:46:27   No.973
私は深津絵里さんが舞台で声を分けて演技をしていて、とても感動しました。テレビでもさまざまな役をこなしていらっしゃって、演技がうまいなぁと思っていましたが、舞台でも本当に良かったです。声もとてもきれいです。
そして舞台慣れしてテレビや映画で力んだ演技の人はツライですよね。ちょっと古いけれど栗原小巻さんとか……。

taiju  2005/02/14/05:20:48   No.974
一応、元演劇関係者です。(笑)
そう「声は楽器」ですよね。
ただし、いまのドラマでは「ここは怒っている場面」「悲しんでいる場面」などなど演出がステレオタイプをあえて要求しているかもしれません。原作がマンガというドラマも多いですし。

motoko  2005/02/14/10:19:40   No.975
未母さん、栗原小巻といえばチェーホフよね(古ッ)深津絵里はついドラマも見てしまうし、野田秀樹の舞台でも迫力あったと聞いています。多分舞台のほうが彼女の魅力が生きるのかも。実はあまり好きな女優さんではなかったのですが、今度声をじっくり聴いてみます。

motoko  2005/02/14/10:21:22   No.976
お、taijuさん、そうか、taijuさんに聞いたらもっといろいろわかるのかも。マンガ=感情表現が画一的とはいちがいに言えないと思うのですが、たしかに喜怒哀楽をワンパターンで表現しないとわからない観客が増えているのかもしれません。観客が役者を育てるんだものね。

nao  2005/02/16/00:17:56   No.977
一応、人形劇やってました。演劇と同じくらい声は大切なはずですが、発声は苦手でした(笑)。声が体質に合うとか合わないとか、ありますよね〜。顔とは全く別に。ちなみに、夫の声は最高です!!!(大笑)。

motoko  2005/02/16/14:18:51   No.978
naoさん、最後でずっこけました。ああ、熱い熱い!! 私はいい声を出したいので、ボイストレーニングに行こうかと今日真剣に教えてくれるところを探してしまいました。

ふじもとゆうこ  [E-Mail]  2005/02/16/15:51:14   No.980
声→耳→呼吸→持って生まれた身体の柔軟性、などという具合に結びつけていくと「声とはその人の感受性と(ほぼ)イコールである」というふうにも考えられます。わたしは二年くらい前まではピアノを弾くのを仕事にしていましたが、音楽の世界でも「あの人はしゃべるときと同じように楽器を演奏する」と、よく(どちらかというと否定的な意味合いで)表現することがありましたね。

2月9日(水)  当サイト始まって以来
のフォントで叫びます!
やったー! 大黒

くわしいことは我愛蹴球にて。
No.968

リエ  2005/02/09/22:51:08   No.969
おお、元子サンにおめでとうって感じ(^-^)
今日は早く帰って最初から見てました。なんかヒヤヒヤさせられた。私は大黒くんをちゃんと見るのは初めてのような気がします。次も注目ですね。

2月6日(日)  トニー滝谷
 渋谷の小さな映画館は日曜の昼間というのに五分の入りで、あれ? そんなに人気ないのかな、とやや疑問。でもそれくらいのこじんまりと見るのにふさわしい映画だった。《「トニー滝谷」
 まず、これは映画ではなく「映像小説」というジャンル(今勝手に作ったのだが、もしかしてすでにある? だったらごめんなさい)に入れるべき作品である。
 ジャズマンだったお父さんに「トニー滝谷」なんていうトンでもない名前をつけられた人が、イラストレーターになって、ひとりの女性と恋をして、結婚して、でも奥さんが死んでしまって……というあらすじ。ほんとはあらすじという月並みなストーリーの説明なんて必要ないのだと思う。市川準監督が見て聞いてほしいのは、広川泰士のシャッターを押しているような画像の流れと、西島秀俊のナレーションと静かにかぶさっていくセリフなのではないだろうか。
 見終わったあと「知らなきゃ幸せだったことっていっぱいあるよね」というのが私の感想だった。
 孤独とか愛とか喪失感とか悲しみとか、そんなものは知らなきゃ知らないで生きていけるのに、いったん知ってしまうとはてしなく引きずりこまれたり、とらわれたりするものだ、ということ。人を愛することがなければ、孤独に怯えることもなく、失ったときの喪失感に打ちのめされることもない。トニーが奥さんに出会うのは「必然」だったのかもしれないけれど、心の奥底にブラックホールみたいな孤独を抱えている(そして奥さんに会うまでそれに気づいていない)トニーに出会ったことで、間接的にしろ奥さんは死ななくちゃいけなかったんじゃないか。
 とりあえずひと言。まあ、映画をまだ見ていない人にこんなこと言っちゃいけないが、宮沢りえはミスキャストだったと思う。「北の国から」以来の宮沢りえだったのだが、ちーっとも演技は進歩していない。不器用な人なのね。身長と体重と靴のサイズがこの小説にぴったりだったから選ばれたとしか思えないのだけれど。
 小説にはない最後のシーンも、りえちゃんの甲高い声でしゃべられるセリフでなんだか興ざめだった。あ、そうか。演技力というよりも、声がいけないんだな。声に表情がない。低い声、静かな声、高い声、うるさい声、そういうものを使い分けられてこその俳優だと思うのだけれど、宮沢りえに限らず、最近の俳優さんたちは全部一本調子だ。(一本調子で浮かぶ筆頭はキムタク)
 そんなわけで、ものすごくお勧めというわけにはいかなかったけれど、とりあえず広川泰士(彼の「そのままそのまま」はすばらしい写真集です。なんで絶版なの?)のカメラワークを見るだけでも行く価値はあるかも。
 それから数々出てくるお洋服も靴もとってもおしゃれだったんだけれど、なんで服が全部秋冬ものなの? 
 それともう一つ、お父さんの演奏が変わったとトニーが思った理由を私は深読みというか浅読みしているんですが、意見が聞きたいのでごらんになったかたはメールくださいな。

夕飯は久しぶりに鍋。鍋をすると冷蔵庫の野菜箱が空になってうれしい。
No.964

まりこ  2005/02/07/06:26:22   No.965
知らなきゃ幸せだったのに、平穏無事でいられたのに……知ってしまった人を救う言葉は、いろいろあってこそ「お得な人生((c)たいじゅ)」だよ。

motoko  2005/02/07/15:43:02   No.966
うん、そうなのね。知ってしまったあとのトニー滝谷byイッセー尾形が格段に表情豊かになるの。それを見ていると、いろいろなくちゃ薄っぺらだよなと思う。

いとう けんたろう  2005/02/07/23:09:44   No.967
本当こじんまりとした映画でしたね。カメラ、音楽、ナレーション。とても巧かった。原作者がマウイ島で買った「TONY TAKITANI」とプリントされたTシャツからできた話らしいですよ。すばらしい想像力ですね。
僕は宮沢りえの綺麗な足にも釘付けでしたけど。


kotora [URL]  2005/02/18/13:14:33   No.981
確かに声も大事ですが、この映画は絵を大切にしてる作品だと思うので、りえちゃんはアリだと思いました。
ブーツにあれほど見とれた瞬間はなかったなぁ。

2月3日(木)  集中力
 小さいころから、何かに夢中になるとまわりがぜんぜん見えなくなってしまうほど集中してしまう人でした。
 いまだにそうです。
 たとえば、本を読んでいると物音はいっさい聞こえなくなる。何回呼ばれても、返事をしません。
 映画を見ていると、その世界に入り込んでしまって、映画館を出てもしばらく現実に戻れません。
 んでもって、締切が差し迫っていて仕事に集中していると、ごはんを食べるのもトイレに行くのも忘れます。
 朝ごはんも昼ごはんも忘れて、ものすごく空腹になって外を見たら日が暮れていました。一瞬、自分がいつから仕事をしていたのかわからなくなって、時計を見たら6時。とまどいましたよ。えーっとこれって朝の6時? 私、徹夜した? それとも夕方?
 え、もう夕方? 日が暮れたということ???
 あわてて2階にあがると、ストーブがつけっぱなしで、朝ごはんのものが全部出しっぱなしでした。洗濯物を干すのも忘れていて、暗くなってから干してしまった。
 なんだか一日ソンしたような気分。
 今日が節分だって知ってました? 恵方巻きがこんなにはやるとは夢にも思わなかったよ。でも、大阪ではみんなやってるわけじゃないですよ。誤解のないように。

夕飯は、豚肉と小松案と厚揚げとしめじの中華風炒め物(なんかよくわからないもの。でもおなかすいていたからめちゃめちゃおいしかった)、蒸し鶏のサラダ、鶏とこんにゃくの煮物、ごはん。
No.959

nao  2005/02/04/01:15:15   No.960
うー。わかってしまうのが怖い?今日、新しい授業の内容を考えていたら、時間がおかしくなってました。夕飯には、かろうじて間に合い。元子さんの域には、まだまだですが。

のんのん  2005/02/04/03:36:22   No.961
1日に「わかるわかる」のメールを差し上げた、翻訳家のタマゴの主婦です。コメントするところあったんですね(初めて気づきました)。

私はモトコさんと逆で、周りが見えなくなるほど集中することがまったくありません。仕事も、昔の受験勉強も、ちょっとやってはフラフラとテレビを見たり、何か食べたり・・・。でも長男は好きなことには没頭。漫画の発売日には耳が聞こえなくなります。AB型のせい?

リエ  2005/02/04/11:49:02   No.962
その集中力、うまく使えばとても効率がよさそう。でも子育てには困らなかった? 私は小さい息子に原稿を書くのをじゃまされてほんとうに怒ったことがある。反省したけど。

2月1日(火)  クセ
 もっと早く寝ようと思っているのに、どうしてもどうしてもどうしても寝るのが2時になるのはなぜなんでしょう? 今もすでに午前1時15分です(挨拶の言葉)
 生活リズムを変えるのはたいへんです。
 変えるのがたいへん、といえば、人間、クセってなおりませんね。子どものころ親に注意された悪いクセが、どうしてもなおりません。ちゃんと片づけないとか、あちこちにモノを置きまくって忘れるとか、すぐになんでも捨ててしまうとか。ま、要するにだらしないんです。
 そういう性格から来るクセってなおらないどころか、年齢とともに増幅していくような気がします。自分のクセも気になりますが、人のクセはもっと気になるし、同居している人間のクセは、もっとの8乗くらい気になります。
 先日見ていたテレビで、私くらいの年齢の女性が出てきていってました。
「私が夫に30年間言い続けているのは、『靴下をリビングに脱ぎ捨てないで』ということだけです。30年間、毎日毎日言い続けているのにぜったいにそのクセはなおらないし、なおそうともしません。そのために離婚したいくらいです」
 わ、わ、わ、私、その気持ち、わかりすぎるほどわかります。テレビの前で私はそう叫びました。できればその奥さんと握手したかった。
 ただ、私はもう言いませんよ。30年近くたてば、いくらなんでも私だって悟ります。夫という種族は、妻がいやがるクセを金輪際なおそうとしないものだってことくらいね。これについては、結婚歴10年以上の妻100人に聞いたら100人がうなずくにちがいない。
 んでもって、夫たちが「そんなことくらい……」と思っているようなささいなクセのせいで、妻たちは狂暴な気持ちになって「離婚してやる!」というところまで突っ走るものなんです。あ、私が言ったわけじゃないですよ。そのテレビで街頭インタビューされていた妻たちがみんな口をそろえて言ってたんです。私が言ったわけじゃないですからね(念押しの言葉)

 ま、そんなこんなで2月です(締めの言葉)


夕飯はおでん、根野菜のサラダ、ほうれん草のゴマ和え、ごはん。
No.956

EMY  2005/02/02/08:22:06   No.957
ウチの悩みは濡れたバスタオルですよ、モトコさん。所かまわず放置というのが、夫の家系に伝わるクセのようです。夫の兄が来たとき、朝のシャワーの後、びしょ濡れタオルが丸めてふとんの上に。先日、甥(夫の姉の息子)が来て、息子の部屋を着替えに提供したら、たんすの引き出しに濡れタオルが無造作につっこまれ。まあ、引き出しをあけっぱなしという息子のクセも悪いんですけどね。

motoko  2005/02/02/11:03:19   No.958
EMYさん、そうか、クセは家系で伝えられていくものなんですね。それが共同体の伝統?(笑)ところで私がこの日記をアップしてからたったの3時間の間に、3人もの妻たちから「わかるわかる」というメールをいただきました。ねえ、これってやっぱり妻族にかなり普遍的な悩みなのかしら? それと妻たちって私をふくめてかなり夜更かしなのね。夫と子どもが寝てからがお楽しみってこと?

リエ  2005/02/04/11:52:08   No.963
クセが気になるのはお互い様でしょうねえ。私は「はさみを元の場所に戻して」と夫によく言われた。直せないんで、1部屋に1つづつ、引き出しの中にはさみを置いておくことにしてあきれられました。

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