観る極楽

映画はぴんときた作品だけ見ます。傑作でも大作でもなく、佳品と思える作品だけ。だからか、いつも人がまばらな映画館で、作品の世界にすっぽり包まれて過ごします。

「サラエボの花」

監督:ヤスニラ・ジュノビッチ

公式サイト:http://www.saraebono-hana.com/

 

 一発の銃弾が撃たれることがない。

 暴力シーンは一つもない。

 ときおりつぶやきのように語られることでしか、その街に悲劇があったことはわからない。

 描かれるのは、サラエボ(ボスニア・ヘルツェゴビナの首都)のグルバヴィッツァ地区にあるさびれたアパートで暮らす母と12歳の娘の日常である。

 仕立て物とバーでの夜間のウェイトレスの仕事でひたすら働く母と、サッカーに興じて男の子とケンカしたり、同級生とくったくなく笑い転げる娘の日常。

 その街の、その地区でたった10数年前に恐ろしい戦争が起きて、街の大半の人が死んだり行方不明になったことは、たとえば廃墟になった建物が林立している光景や、母娘が暮らすアパートになまなましく残る銃弾痕や、人々の日常会話のはしばしでしか察することができない。しかしユーモアをまじえて語られるその会話から、その戦争がどれほど人間の醜い面をむきだしにした理不尽な事件であったかがしのばれる。いや、しのばれるなんてものじゃない。ひそやかなあきらめたようなしのび笑いとともに語られるからこそ、戦争の恐ろしさが脊髄にまで到達するほど痛く重く響いてくる。

 修学旅行の費用200ユーロを工面するために、母はあちこちに頭を下げて借金しようとしたり、昼夜働いてお金を書き集めようとするのだけれど、200ユーロは大金だ。娘は母に「先生が、家族に、戦争で亡くなったシャヒード=殉教者がいたら、その証明書を出しさえすれば費用は免除になるといっていた。私のお父さんはシャヒードだっていってたよね。証明書を出してよ」というのだけれど、母は「うん、探すね。どこいったかな?」などとはぐらかして、お金の工面をするのをやめようとしない。いぶかり、自分の出生に疑いをもつ娘。

戦争で深く傷つき、絶望していた母に訪れる静かな恋。

恋する母を見て、自分が捨てられるんじゃないかと怯える娘。

その娘にも淡い恋が芽生える。お互い父親がいないもの同士のその初恋にも、戦争が暗い影を落としている。

語りすぎず(どんな思いも語らないことで生き延びてきた)、感情をむきだしにせず(感情を抑制することでしか生き延びてこられなかったことがわかる)、大げさなところがワンシーンもない。愛している、とも、憎い、ともいわない。

だが、これはこれほど人間の愛情を謳った映画はない。

私はこの映画で3回泣いたのだけれど、それはどれもなんということのないシーンだった。

そんなところで泣かす監督(弱冠32歳)はすごすぎる。

上映館は岩波ホール。

すばらしい映画です。お正月に見るのにふさわしいかどうかはともかく、「アイ・アム・レジェンド」や「恋空」を見るよりはずっと心があたたかくなり、人生が豊かになると感じられる映画です。

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 職業はモノカキ/翻訳業。書いていきたいテーマは「女」「子ども」「衣食住」。得意技はなんでも一晩寝ると忘れること。
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