また「総理大臣やーめた」ですってよ、奥さん。
やめる、という決意(?)の裏に何があるのかはわからないけれど、どうも福田さんや、その前の方もふくめて、安易なにおいがする。
総理大臣って、そんなに簡単に投げ出して(やめて)いい地位なのだろうか?
それにまた、やめていいタイミングと、ぜったいにやめちゃいけないタイミングっていうのもある。選挙のため? は~、ばーか言ってもらっちゃ困る。選挙に勝つために総理大臣をやめるって、本末転倒じゃない? 自民党が政権をとるために、総理大臣がいるんじゃないんだよ。
......
話は変わるけれど、私なんかの小者でも、つらかったり面倒くさくなると、すぐ逃げ出したくなって、「やめようか...」ともんもんとする。
仕事もだし、結婚生活もだし、人間関係もだ。
たしかに「それはやめるべき」ということはたくさんある。
逃げ出さないでとどまっていても、ロクなことにならない、ということも実は多い。
本当はすぐにもやめたほうがいいのに、やめないほうが面倒じゃないからずるずるつづけてしまう、ということもあるし。
でも、一方で、やめないで続けてこそ見えてくるものも多い。
歯をくいしばってやめないでいることで、果たせる責任もある。
罵倒され、「やめればー」と言われても、やめないほうがいいと自信があるときにはやめちゃいけないのだ。
だから、やめたい、と思ったときに私はいつも「やめていいこと」と「やめないでいいこと」を書き出して、多いほうを選ぶことにしている。
不思議なことに、どちらかが圧倒的なのですね。「やめていいこと」は即座に10書きだせるときには、「やめないでいいこと」は1つ書きだせるかどうか。その反対もしかり。
福田さんはどうだったのだろうか?
頭で考えていただけじゃだめなんだよね。
書き出してみないと、本当に進むべき道はわからない。
頭で考えているときには、ぐるぐるまわってから「気分」で結論が出てしまう。気分はとても重要だけれど、やめるやめないを決めるときには、「気持ち」だけじゃだめなんだ。
なんかむかむかした方は、知床のエゾシカでも見て気持ちをまぎらわせてください。




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