活字中毒患者です。朝15分読まないと起き上がれない。最低1時間読まないと眠れない。夢中になって読んだ本を教えずにいられない。おもしろい本、 常時募集中!
昨日はコンビニに駆け込んで、スポーツ新聞もふくめて全新聞を購入。
ガンバがタイトルをとったときの恒例行事なんですが、今回は記念すべき試合だったので実行してみました。
で。
どれもこれもがっかりでした。
ガンバ大阪というチームに対してもだけれど、マンチェスター・ユナイテッドに対してもなんか失礼な記事ばかりで。
別にホメてくれなくてもいい。厳しいことを書いてくれてもいい。
でも、最低限、モノを書いて発表する以上、なくてはならないものがあるんじゃないでしょうか、という憤りを覚えました。
たいせつなのは、書く対象に対する敬意、そしてできれば愛情。
好きになれ、とか、通になれ、とかそういうことではなく、書く対象がやっていること、やってきたこと、そのときの思い、それを「伝えたい」「どうすれば伝えられるだろうか?」と思う人であってほしい。
それが微塵も感じられず、視線がひたすら「スポンサー」とか「主催者団体」とかそこに向いているっていうのはおかしいんじゃないか。
何もサッカーにかぎったことではなく、最近のジャーナリズムには(自分も含めてですが)何かとても大きな違和感があります。
モノカキの基本は敬意と愛情。RESPECT&LOVE
肝に銘じておきたいです。




3位、おめでとうございます。
喜ぶ顔が浮かびます。今日は好きなお酒を一杯飲んで、祝賀会しちゃってください。
厳しいことを書けば、サッカー通だと思われると考えているのでしょうが、3位に対しては、さすがのマスコミも敬意を払うのではないでしょうか。
敬意といえば。
翻訳者も原著者に敬意を払いながら訳さないといけませんね。何を伝えたいのかを見極めて、それを忠実かつ正しい日本語にしていく……私はそういう過程が大好きです。だから不況時の不安はあるけれど(←先日の話題)、翻訳者になってよかったと思っています。まあ、仕事があっての話ですが。
くれぐれも飲み過ぎないように。
Banさん、おっしゃるとおり、翻訳者は原著者の言いたいことに対して、最大限の敬意を払い、愛情をこめて伝えていかねばならないと心しています。最近、ハマりきっている白川静氏によれば、中国古代の人々は人間の五感の中で「聴く」ことをもっとも重視したそうです。聖の字に耳が入っているのはそのためだとか(口は口ではなく、祝詞を入れる壺の形だそうです)聴ける人でありたい、と思います。