「流れる」
幸田文著
新潮文庫
実は最近、幸田文が静かにマイブーム。「おとうと」「雀の手帖」「みそっかす」「父・こんなこと」に続いて読んだのがこれ。
主人公の梨花さんは、その華やかな名前があまり似合わない40過ぎの未亡人で、子どもと夫を亡くして一人で身すぎ世すぎをしている。東京の、たぶん深川の芸者置屋に女中として雇われ、つぶれそうなその置屋の女主人一家を支えて、最後はその置屋で商売を始めることになる、というあらすじ。
いや、これはもうあらすじなんか必要がない物語で、ただひたすら「しろとさん」の梨花が、色街の女たちを観察し、反発したり、あきれたり、おもしろがったりする記録みたいなものである。自分が「しろとさん」だと思っている梨花だが、実は素人という一般社会から自分がはねのけられていることがわかっていて、もうそこには帰れない、帰りたくない、なんとか別世界である色街へと入り込もうとする、そこがこの小説の醍醐味であり、せつなさでもある。
染香という年増芸者がきわだっている、と私は思った。たぶんアラフォーの染香姐さんは、三味線はすごくうまいのだけれど、さして美しくもなく、性格はせこいし、口は悪いし、頭もいまひとつ。しかもうんと年下の男が好きで、いれあげたあげく借金まみれになり、踏み倒すほどの度胸もないくせに、主人に言われるとつい新しい着物をつくって、ますます借金をふくらましていってしまう。
梨花はそんな染香さんのことを「どうしようもないなあ」とか思っているのだけれど、ふとしたときに見せる芸人としての厳しい表情や、かわいい面にひかれて、憎めないなあとため息をつく。
気働きができて、やさしさがあって、賢くて、教養もあって、分をわきまえていて、自分が見えすぎるほど見えている梨花が、一度読んだときには鼻について、なんだこの女、とか思っていたのだけれど、染香姐さんと対称がとれているのに気づいて、いとおしくなった。
それにしても......女ってほんとこわいよなあ、とちょっとぞくっとする小説である。
ここまで女のいやらしさやえげつなさを描いて、なおかつ読後にどの女性も美しく、かわいく、いとおしく思わせられるなんて、いやはや、幸田文こそこわい。




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