冒頭にこまどり姉妹のお姉さん、長内栄子さんのステージでの語りがひとこと入る。
「私たちはね、歌が好きで、歌いたくてやってきたわけじゃないんです」
バックに、砂嵐のなかで撮影したみたいな、北海道の炭鉱風景のモノクロ映像が流れる。一時、景気がよくていい暮らしをしていた、というが、戦後、お父さんが炭鉱夫の職業病である結核にかかって一家は稼ぎ手を失い、お母さんが三味線で民謡を歌いながら生計を支えることになる。銭函から釧路まで、一家は食いつめて転々と居場所を変え、その間に歌い手はお母さんからまだ幼かった姉妹に代わる......。
と、話を急ぎすぎた。
女性監督の片岡英子氏が撮ったドキュメンタリー映画、『こまどり姉妹がやってくるヤァヤァヤァ』は、昭和の激動期を文字通り生き抜き、今も現役で歌い続けているエンタテイナー、こまどり姉妹(長内栄子さん、長内敏子さん)のドラマチックな物語である。と同時に、ドラマチックな時代の物語でもある。「こまどり姉妹、なつかしいなあ」という人や「え、まだ現役なの?」という人はもちろん、「それ、WHO?」という人も十分に楽しめる映画である。
映画は、双子の歌手を通して、人が「生き抜く」ことの強さと尊さを描いている。
12歳で東京に出てきて、「一番安い宿屋があるところに連れていってください」と言ったらタクシーに連れられた山谷に寝泊まりし、浅草で夕方から午前2時まで「流し」で歌っていた、という思い出を語る姉妹。語られることは、よく考えると(というか、私のような立場から見ると)相当に悲惨なのだが、姉妹の語り口はあくまで明るい。お姉さんの栄子さんのほうはときおり涙をぬぐったりするが、ぬぐいながらも実にユーモラスな言葉が出てきて、思わず笑ってしまう。自分たちを客観的に見る目を持ち、自虐めいた言葉を吐きながらも、自分にも他人にもやさしい気持ちを失わない人なのだな、と思う。
こまどり姉妹は21歳のとき「浅草姉妹」でレコードデビューし、紅白歌合戦にも出演。人気が出て、収入も莫大になり、家も建て、両親も安心したという28歳のとき、妹の敏子さんがステージに出演中にファンの18歳の少年に刺身包丁で切りつけられるという事件が起きる。
そこで2人が思ったことは「事件はね、そりゃショックでしたけれど、『ああ、ようやくこれでやめられる。ふつうの生活ができる』とほっとしたところがあったの」だったそうだ。
ところが、信頼していた人がお金を使い込んだだめに大借金を背負って、やめるにやめられない。そのうちにお母さんが病気で亡くなり、敏子さんは末期癌の宣告をされ、それを伝えたショックでお父さんが亡くなってしまう。敏子さんは奇跡的に回復したものの、治療費と療養費でまたまた借金。「成功して、家を建てて、やれやれ、これでやめられる、と思ったらまた何かが起きて歌うことがやめられなくなるの」と栄子さんは言う。。「ふつうの生活がしたい」とそれだけを呪文のように唱えて願っているのに、ようやくそんなささやかな夢がかないそうになったときに、裏切られ、切りつけられ、病が襲う。
ところが、こまどり姉妹のお二人がすごいのは、つねに明るくて、落ち込んだりくさったりすねたりしないで(←ここが重要)、しかもぜったいに人の悪口を言わないことだ。どれだけ打ちのめされる出来事に出合っても「おかげさまで力がわいてきた」とか「助けてくれる人がいてほんとにありがたい」「いろいろな人にお世話になった」というばかり。借金取りに追われて逃げ出した銭函を訪ねて、重くたれこめた空の下でどどーんと打ちつける荒波を見ても「あら~なつかしいわねえ。でも、景色はずいぶん変ったわ。あのころと少しも変わっていないのはかもめだけね」なんてさらっと言ったお二人の顔を見たとき、「人間、すごいわ」と心から思った。
エンディングは、「付けまつ毛と厚化粧をしなきゃとても皆さんの前には立てない」というお二人が、スパンコールがいっぱいついた振り袖姿でステージ歌う「ソーラン渡り鳥」だ。
その前に栄子さんが言う。「今やっとね、歌があってよかった、お客様に喜んでもらえる歌を歌い続けてきてよかった、と思えるようになった」
私はここで涙が出てきて、「ソーラン渡り鳥」が流れる間メガネをはずしてナプキンで涙をぬぐっておりました。
いい映画でした。




デビュ-からの、こまどりさんのファンです、当映画は今までの、どのような映画に負けず最高でした、こまどりさんの生き方等が良くわかり、良い勉強をさせてもらいました、映画はスペ-ス汐留の試写会・テアトル新宿・シネカノン有楽町・吉祥寺バウスシアタ-・下高井戸シネマ・池袋の新文芸坐と足を運びましたが、若い人も多く驚きました、皆一緒に写真を撮ったり大盛況でした、皆さまも機会があれば、是非、ご覧になって下さい。
野中さま はじめまして。そんなに足を運ばれたとは(驚)。それならきっと舞台でこまどり姉妹を生でごらんになったこともあるのですね。やはり凄みがありました? それとも映画に流れているあたたかい感じでした? 大嫌いな言葉なのですが、「生き様」なんて言葉が浮かびましたよ。