今週末は「母の日」ですね。こういうお仕着せの祝日にのせられてしまうのがいやだ、という人も多いでしょうが、私はわりに乗ってしまいます。なので、今年も母に帽子をプレゼントし、帰省して家事大サービスをやってきました。
母は、女王タイプです。気が強くて、しかも理詰めできます。だから喧嘩になると100%私は負けます。宇宙は自分のまわりをまわっている、と思い込んでいるのではないか、と子どものころからずっと思っていました。なんであの人からこんなに小心ものの私が生まれ育ったのか、ほんと謎です。
ところが、4年ほど前、からだ具合を悪くしたこともあってえらく気弱になったことがありました。ふつうの人なら気弱になって泣きごとを言うのでしょうが、母はちがいます。そういうときでも、怒りで表現するのです。怒りをぶつける相手はたいてい私か父です。小心者二人です。
ふだんなら「まーたお母さんが怒っている」でびびるか聞き流すかしたのですが、なぜかそのとき私ははっと気づいて胸をつかれました。
「そうか、この人はいまたまらなく不安なんだ」
老いていく不安。孤独になる不安。子どもに迷惑をかけてしまうかもしれない不安。
私はずっと親や夫に自分の不安をぶつけて「大丈夫だよ」と言ってもらうことだけを考えていました。
でもそのときやっと気づきましたね。(遅いよ)
いまや私は、親や夫に「大丈夫だよ。何も心配することはない。私がいるじゃないの」というべき立場にあるのだ、ということに。
子どもを育てて知ったのは「不安にさせてはいけない」ということでした。親の重要な(もしかしたら一番重要な)仕事は「大丈夫大丈夫。私たちがそばにいるから」とはっきり態度でも言葉でも示して子どもを安心させることです。そしていま、私は自分の親に対して、それと同じことを態度でも言葉でも示していくことがたいせつなのだ、と思っています。子どもの重要な仕事もまた、親を「不安にさせない」ことなのです。
すぐそばで暮しているわけではないから、よけいに強く思います。親を不安にさせてはいけない。何かあればもちろん、何もなくても「大丈夫。私がいるから」と伝えておきたい。
まあ、そんなことを思う「母の日」です。
で、一応私も母なんだけれどなぁ。なんかないのぉ?




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