読む快楽

活字中毒患者です。朝15分読まないと起き上がれない。最低1時間読まないと眠れない。夢中になって読んだ本を教えずにいられない。おもしろい本、 常時募集中!

『シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』

ジェレミー・マーサー著 市川恵理訳

河出書房新社

 

 幼稚園の年長さんだったとき、父方の祖母が孫たちの手を引いて、塚口駅前にあった小さな本屋さんに連れていってくれました。「どれでも好きなん買うてあげる。好きな本選び」と言われたのをよく覚えています。色とりどりの本が並び、「どれでも買ってあげる」と言われたせいかどの本も手招きしているように思われて興奮のあまり茫然と立ちすくんだ初夏の日。年上の従姉が手を伸ばしてとってくれたのは、偕成社(たしか)のシリーズの一冊だった『ピーター・パン』でした。

 それまで親から絵本か、もしくは「幼稚園」という雑誌しか買ってもらったことがなかった私にとって、それは初めての「大人」もしくは「お姉さん」が読む字ばかりの本でした。(実際には挿絵がいっぱいあって字ばかりではなかったが)風呂屋の番台のようなところに座っているレジの人にその本を差し出し、薄手のぺらぺらの紙袋に入れられた本を胸に抱きしめたときの、泣きそうになるくらい誇らしい喜びをおぼえたこと。帰りにカップ入り抹茶アイスも買ってもらって祖父母の家の食卓で、その本を広げたときのシーン。どれも今も色あざやかに蘇ります。夢中になって読み、一ページくるごとに終わりに近づいてしまうのが残念でした。「大人」の本を読んで自分が急に成長してエライ人になったような気がして、母の前で自慢げに音読したことも思い出します。

そしてその日の記憶にもっとも強く刻まれたのは、「本屋」という魅力的な場所がこの世にある、ということでした。

子どものころの夢は(もう何回も言っていますが)「本屋さんになって、好きなだけ本を読みながらポタージュを食べること」でした。(なんでポタージュかは突っ込まないように。子どものころから今にいたるまで、グリーンピースのポタージュが世界で一番好きな食べ物なんです)今もその夢は捨てていません。実現していませんが。

以来、私は一週間に最低一回は本屋で最低一時間を過ごしています。ヒマだった中高生時代には、学校帰りに必ず本屋に寄っていましたし、会社勤めしながら子育て真っ最中の大忙しの時期でさえも、六本木でバスを降りると目の前にあった青山ブックセンターに3分でも立ち寄ってから地下鉄駅まで走るのが日課でした。「読みたい本を、値段を気にせず買える身分になりたい」といつも思います。

ながながと書き連ねたのは、そんな私にとって夢のような本にめぐりあったからです。

タイトルにあるシェイクスピア&カンパニーは、ご存知の方はご存じのとおり、シルヴィア・ビーチがパリに開いた英語本の書店のこと。ずっと昔、翻訳を読んだことがあります。

で、本書はその二代目を継いだジョージ・ホイットマンの話。著者のジェレミー・マーサーはカナダで新聞記者をしていたのですが、秘匿すべきだった情報提供者を実名入りで書いてしまったことから脅され、仕事も住居も安楽な生活もすべて捨ててパリに逃げます。すぐにお金がつき、食べるものにも困るようになったある日、雨に降られて飛び込んだのがこの書店。その日、書店は居場所がなく食い詰めたモノカキに無料でベッドと食べ物を提供してくれる、という話を聞き、思い切ってジョージに事情を話して「置いてほしい」と頼みました。社会主義思想を実践していたジョージは快く彼にベッドを提供し、いくつかの仕事をやることと引き換えにしばらく滞在することを許可します。

書店に住み込んでいる奇妙な人々との交流。90歳近いジョージが送ってきた人生。地上げにあいそうになり、必死に書店を守ろうとするジョージと仲間たち。そんなエピソードが語られます。

描かれている人間模様もおもしろいけれど、私が胸が痛くなるような思いをしながら読んだのは、登場人物、とくにジョージの本を愛する気持ちの深さです。本が好き。そして好きな本があることが幸せ。好きな本に囲まれていることが無上の喜び。本を書く人を無条件で尊敬し、愛し、感謝する。そんなジョージの思いが一ページごとに伝わってきて、ほんと、大げさではなく息をするのが苦しくなりそう。

シルヴィア・ビーチの『シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店』(同じく河出書房新社)は、20世紀はじめのコスモポリタンな街、パリに集まってきた知識人たちの交流がきらびやかで、その交流碌がまるで知性の森に踏み込んでいく地図みたいで興味深かったのを思い出します。

でも、それから1世紀たった今、書店は存亡の危機にさらされています。どれほど由緒ある書店であっても、地上げには勝てない。大事なのは知性よりもお金。ジョージは別れた女房との間の娘を呼び寄せることで、なんとか買収からまぬかれて書店を守ることに成功しましたが、それがいつまで続くやら。

ちょうど『電子書籍の衝撃』(佐々木俊尚著 Discover携書)を読んだところで、書店はどうなるかについてうつうつと考えていたところだったからかもしれませんが、パリにそういう書店があるという「奇跡」になんだか泣きたくなるような思いです。

どうかこの世界から本屋さんがなくなりませんように。

そしていつか私の「本屋さんになる」夢がかないますように。

コメント(7)

Conny :

小中学生の頃は深江駅の側の書店(名前忘れた、汗)、高校生のときは阪神芦屋駅近くの宝勢館、短大のころは梅田の紀伊国屋、そして今は隣村の大きな書店、どれもこれもお気に入りの場所です。

隣村の大きな書店は、地下に喫茶室が併設されていて、おいしいコーヒーとハーブティを飲みながら、そして手作りのカップケーキをいただきながら書評を読んだり読書したり。もちろん飲食は有料ですが、ホッとするひと時を過ごすことができます。とはいえこういう時間を過ごせるのは2ヵ月に1度くらいですが、それでも貴重。ネットやら通販に負けず存続して欲しい。

zunko :

ものすごく面白そうですね。
今の仕事の締め切りがあけたら絶対に読みます!
我が家はわたしが翻訳者、夫は電子書籍が仕事という微妙な家庭なので、本の将来はしょっちゅう食卓の話題にのぼります。
わたしも週に一度は必ず本屋行きます。あとは隔週で図書館。
紙の本は絶滅はしないと信じている一員でありますが、
電子は知らん!というわけにもいかないだろうな~とは
思っています。紙も電子もうまく共存していくのが理想なんですが。
もちろん、ネットではないリアルの本屋さんも!

motoko :

Connyさん、隣村の本屋さん、とっても居心地がよさそうです。村なのに大きな書店があるのですか? うらやましい環境だなぁ。以前翻訳した『サウンド・バイツ』(アレックス・カプラノス著 白水社)という本のなかに、とてもマニアックな本を置く小さな本屋さんが集まっているウィグタウンという小さな町がスコットランド南部にある、という話が出てきます。ある本屋では併設されているカフェ"Reading Lasses"でじっくり本が読める。そこでは特製のスープとGalloway Cheeseとパンが、木のプレートとスプーンで供されるのだそうです。それだけで私はウィグタウンに行きたくなっています。

motoko :

Zunkoさん、私は紙の本は消えはしないけれど、減っていくだろうと思っています。電子書籍の可能性は反対に広がるだろうな。読書する、という行為の形も、読書される「本」の在り方も大きく変わるに違いない。それは希望でもあり、つらいことでもあるのだけれど。ダンナさまによろしく(笑)

Conny :

すみません。

隣村ではなく、隣町です。うちが村です。この隣町は、いちおう「市」で、屈指の工業都市(日本人の感覚では「都市」とはいえない)ですが、その一方で美術館、図書館、劇場など文化が充実している上、「City of gardens」と呼ばれるほど緑の多い町でもあります。そうそう、「自転車に乗る人にとって快適な町」の評価で去年は1位、今年は2位でした。

いい感じでしょ。是非遊びに来てください(社交辞令じゃないですよ)。

motoko :

Connyさん、ううう、行きたいですぅ!!待っていてください。
それと、芦屋駅前の宝盛館(ですよね?)は私もよく通いました。高校生のころはほぼ毎日通っていました。なつかしい。

oliva :

書店に暮らす人々の非常に濃密な人間関係、そこらじゅうに積み重ねられた書物や食べ物、体臭の入り混じったムッとする空気に、時折息苦しいような気分になりながら読みました。面白い本を、書店を紹介してくださってありがとうございます。

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ではかれない「ローカル」
の発想を知るうえでも
好著。
motoko
 人生でたいせつなものは本とサッカーと料理とファッションに教えてもらった、などと言ってみたいモノカキの日常

PROFILE

 職業はモノカキ/翻訳業。書いていきたいテーマは「女」「子ども」「衣食住」。得意技はなんでも一晩寝ると忘れること。
since2000.5.19.
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