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土曜日はよりにもよって大阪出張、水曜日も夕方からの仕事で生観戦できていません。しかも我が家のWiFiがつながらなくなってしまい、甲府戦は昨日やっとダゾーンで飛ばし飛ばし見たくらい。広島戦はBSでやっていたので録画観戦しましたが。
あまり書きたくない試合ですが、気力を振り絞ってチョイ見観戦の印象を少しだけ。
まず甲府戦。
長谷川ガンバになってから、攻撃の「圧力」を感じることがめっきり減りました。ゴール裏にいると(ほとんどゴール裏にいるのですが)、前半は相手の圧力を感じてハラハラしっぱなし、後半は遠くの方で試合をやっているので退屈してしまう、というはなはだしく物足りない、というか苛立ちがマックスになりそうな生観戦が続いています。
このアウェイ甲府戦も、もしも現地でゴール裏生観戦をしていたら、フラストレーションが溜まっただろうなあ。同志が「仕掛ける選手がいない!」と怒りのショートメールを送ってきましたが、仕掛けるのも何も、ずっとペナルティエリアの外側でチョロチョロボールを動かしているだけで、エリアに侵入さえもしない状態が、90分中たぶん70分は続いている、ような気がしました。
相手がドン引きで、攻撃は3人のFWに任せてカウンター狙いってことがわかっているのに、なぜにペナルティエリアの周辺でごちゃごちゃして、誰もケアせんのか!
案の定、ずーっとゴールがなかったウィルソンにやられ、ずーっと勝利がなかった甲府に負けました。
この時点で、今季の優勝ははるか彼方に霞んだ、と思います。
せっかくダービーで首位に勝利したのに、なんで下位に完封されて負けるねん。

つぎな昨晩の広島戦。
パトリックと丹羽に「お返し弾」を食らわなかっただけでよしとしましょうか。
前半は、またもや眠気が襲ってきそうな「ペナルティエリア外のぐるぐるパス回し」でした。後半にヤットさんの今季初ゴールが決まってからしばらくは「圧力」もかけられ、それがPKにつながったのだけれど、その後は広島にボールを持たれる展開。今度はハラハラドキドキ、逃げ切れるのだろうか? いや、あかんのやないか、の時間帯がたっぷり15分ありました。
で、案の定やられました。同じ選手に。パトリックじゃなかっただけでもよかったかな。

ヤットさんが2戦お休みして、満を持して(?)先発。よかったと思います。
ヤットさん自身のやる気を久しぶりに見たし、実際結果も出したし。
ただ、ぐるぐるパス回し芸(遅攻ともいうらしい)が加速しちゃった前半はイラついたけれど。

つぎはリーグ前半でボロボロにやられた磐田とホーム吹田で対戦。
昨晩出なかったファビオは戻ってくるのか?
ファンウィジョは先発か?
そしてそして、ヤットさんを中3日で連続スタメンにするか?
ドキドキ。

 

高校生の頃だったでしょうか。
担任の先生が「 親からよく言われていることはなんですか?」というような質問をして、クラス全員に答えさせたことがありました。(注:私は私立女子校に通っていました)
ほとんどの生徒が「人に迷惑をかけないように」、もしくは「人の役に立つことをしなさい」と答えたように記憶しています。まあね、高校生女子は「親や先生が期待している当たり障りのない答え」を心得ていますし、何と言っても「忖度症候群」に大半の生徒がかかっている私立女子校。いかにも親が言いそうなことを忖度し、周囲の反応も忖度して先生に答えるものです。
私も「人の役に立つことをしなさい、と言われています」とか答えたような気がします。
そして今、一億総忖度症候群にかかっているかのような日本社会になってしまったのは、「人に迷惑をかけるのは悪」「人の役に立つことをすることこそ善、もしくは義務」という教えが浸透しすぎてしまったからではないか、と思っています。
そもそもどんなことが「迷惑」なのか?
「役に立つ」とはどういう行為や人をいうのか?
それ以上に、「人」とは誰のことを指すのか?
そんなことがかなーりあいまいなままに日本社会に浸透してしまったために、「迷惑な人や行為」を過剰なまでに敵視し、「役に立つ」ことをしない人を「役に立たない人」と蔑視して排除しようとする社会になってしまったのではないか。
公共の場である電車やショッピングセンターでちょっとでも赤ちゃんが泣いたら顔をしかめ、バギーが邪魔だと言って赤ん坊と母親を睨みつけ、よろよろと杖をついて歩いているお年寄りの後ろで舌打ちする。
そういう光景を見るたびに、「迷惑をかけないように」「人の役に立つように」と耳タコで聞かされてきた自分も、似たようなことをやってしまっているのではないか、と我が身を振り返って反省します。
「迷惑」や「役に立つこと」の判断は、ときと場合によって異なるはずです。私にとって迷惑なことが、隣の人にとっては何にも気にならないことかもしれない。あなたが役に立つと思って一生懸命やったことを、相手は迷惑に感じるかもしれない。それをひとからげに「人はこういうことを迷惑と感じる」「人はこういうことを役に立つとして賞賛する」としてしまうのは乱暴なんじゃないか。
それ以上に、人に迷惑をかける人、人の役に立たない人、と自分の判断で人を非難、排除するのは、とてもこわいことじゃないかと最近思っています。
「私なんか、生きていても何の役にも立っていない」「みんなに迷惑かけるばかり」とかいう人(とくに高齢者)がいるけれど、それも「迷惑かけないこと」と「役に立つこと」に過剰に価値を置きすぎているせいではないかと。
生きている、それだけでもう十分ではないでしょうか。
赤ちゃんも、お母さんも、からだが不自由な人も、健康な人も、働いている人も、働いていない人も、高齢者も、若者も、生きている、というだけで胸張って生きていけばいいんじゃないかと。
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新加入のファン・ウィジョ選手の同点弾が決まった瞬間から、吹田スタジアムは異様な空気に包まれました。ゴール裏はもちろん、メインもバックも、アッパーもロウアーも、まさに一つになってのチャントと手拍子。
三浦弦太選手の決勝弾のときは、スタジアム全体が揺れているのではないかというほどの盛り上がりでした。
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アデミウソン選手の3点目が決まってから「俺たちが〜大阪さ〜」のチャントがスタジアムに響き渡ったとき、お恥ずかしい話、思わず感動で涙ぐんだほどです。試合、終わってないのに。リーグ戦の1つの試合に過ぎないのに。
三冠を獲得したときもスタジアム全体があれほど一つになった盛り上がりはなかった、と思います。記憶をたどれば、ACL決勝第一戦のアデレード戦、また2015年ACL準々決勝、全北戦でロスタイムに米倉選手がゴールを叩き込んだときくらいでしょうか。
36、117人という吹田スタジアムオープン以来最高の観客数
何が何でも勝たなければならない大阪ダービー(しかも相手は史上最強で現在リーグ首位のセレッソ)
そこでの逆転勝利。
ファン・ウィジョ選手、持ってるなー。新加入選手のデビュー戦で、大きな注目を浴びている試合での同点弾。運だけじゃないと思います。正直、足元の技術などはどれほどなのかはまだよくわからないのですが、おそらく加入後にチームの練習を通して、自分は何を期待されているかをかなり理解していたのではないでしょうか。だからこそのあのゴール。他ならぬ、ウィジョ選手が得点したからこそ、サポーターがあれほど盛り上がった。期待に応えられるように準備してきた彼の真摯な姿勢が呼び込んだゴールでした。
他の選手たちの奮闘ぶりも凄かった。
中でも、私が前半時点で「結果はどうであれ、MOMだわ」と言ったのが、ファビオ選手。セレッソの攻撃はGKのキム・ジンヒョン選手(いいGKだ!)やDFラインかボランチの山口蛍選手から一気に前線にロングボールを蹴り、それを杉本、山村の両FW選手にあてるか、サイドにいる柿谷選手(実は一番怖かった)に渡してクロスを上げさせる、という形が多かった、と見ました。ファビオ選手は両FWに入るロングボールを、ことごとく跳ね返していました。失点のとき以外は。杉本選手にあっさり抜かれての失点はちょっといただけないかな。ジュビロ戦で川又選手に決められた得点も、クリアできずに抜かれてましたね。そこが彼の課題かもしれないです。いや、彼だけでなくその後にちゃんとフォローする守備が課題なのかも。
そして「凄み」というか、今やチームを背負って立つ選手なのだ、とあらためて思わせたのが井手口選手。いや〜〜〜陽介、すごいわ。ピッチに何人陽介がいるんや、と思いましたよ。守備にも攻撃にも、ピンチにもチャンスにも、すべての場面に陽介がいる。その底知れないパワー、勘のよさ、速さ、強さ、いったいどれだけ〜〜〜! 3点目のアデミウソンの独走→シュート→GKに当てる、というところで拾って2回目のシュートを放ったのが井手口選手。「あれ?さっきのピンチのシーンで自陣のペナルティエリアにいたのに」と思っていたら、長い距離を走ってきてあのシュート。85分ですよ。試合の終盤ですよ。みんなヘロヘロなのに、あの走りとシュート。すごいわ。怪物だわ。
その3点目にはアデミウソン、長沢(井手口シュートのこぼれをヘディングでアデにアシスト)、井手口とともにペナルティエリアに入っていたのが倉田選手。試合では前半から、何回も何回もドリブルで仕掛け、っていうか、倉田選手の仕掛け以外に攻撃の手がなかったと言ってもいいほどでしたが、終盤でも自陣からペナルティエリアまで走り込んでいる、というそのスタミナ。ガンバのキャプテンは倉田、攻撃の要は倉田、ゲームをコントロールするのも倉田、そういう時代になりました。
試合終了のホイッスルが吹かれた瞬間に、ピッチ上で仰向けに倒れ込んだのが藤春選手。やりきりましたよね。前半にセレッソのサイド攻撃の芽をことごとくつんでいて、東口選手から「いいよ!」と拍手されているのを見たとき、また、倉田選手がボールを持つなり長い距離を走って倉田選手を追い抜いて前線まで走り込むのを何回も見たとき、ああ、日本を代表する左SBはやっぱりハルだな、と思いました。 
倉田選手、藤春選手、長沢選手は1988年生まれの同期。この年代が中堅を卒業して「ベテラン」として ガンバを牽引するようになることが、本当の意味での世代交代なのだ、と思います。次世代「ベテラン」たちのいっそうの成長と活躍に、ガンバの未来はかかっています。 
これから1週間、じゃなくて、3日間はダービー勝利に酔いしれたいです。

世間は夏休み。フリーランスには「夏だから休む」という特典はないのですが、1年のいつでも「このときは休む」と決めれば休める(ほんとに?)という特典があります。いや、正直、休もうと一大決心しないと休めない不自由業なのですがね。
それはさておき、学校が夏休みに入ったとたんに新聞広告で目につくのが「パック旅行」です。テロで物騒と恐れられているのか、海外パック旅行の人気の行き先は様変わりしていて、今は欧州ならポルトガルや北欧(フィンランド)、アメリカなら相変わらずハワイ、その中でもハワイ島、アジアではスリランカ、オーストラリア、ニュージーランドも人気みたいです。うーん、私は今ひとつ気持ちが動かないかも。名所旧跡や美しい景色もいいけれど、石を投げられるのを承知で言ってしまうと、もう見て回るだけの観光旅行はいいかな、と思ったりしています。 
もう少し若かったときには、海外、国内を問わず、ガイドブックに掲載されている観光資源を実際に自分の目で見て回る旅がすごく楽しかったのですが、年齢を重ねて経験も積むと、情報を消化するようなそんな旅にかける時間とお金がとても惜しくなってきました。
旅は体力と気力を要します。そして年齢とともに体力が衰え、体力が衰えるほど気力も衰えていきます。残っている体力と気力をどれだけ旅につぎ込めるか、と考えると、観光旅行はちょっともったいないかも、と思ってしまうのです。
それでは体力・気力がまだあるうちにどんな旅をしたいか、と考えたとき、自然と浮かんできたのが「バックパック背負っての世界のスタジアム巡り」でした。
2年前、セルビアからハンガリーに向かう飛行機でロストバゲージとなり、リュック1個で3日間を過ごしたのですが、これがめっちゃ楽でした。毎日、着ている服を洗濯しなくてはならない、というのはちょっとめんどくさかったけれど、そのほかは別にどうってことない。 PC、一眼レフカメラ、ビデオカメラ、三脚、WiFiルーター、ノートなどの仕事用具一式に、着替えを1日分、化粧道具3日分程度なら余裕でリュックにおさまりました。なんだ、リュック1個で十分なんじゃないか、と思いましたね。
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(ハンガリー東部の街、デブレッツェンのスタジアムで開催されたCONIFA欧州選手権を取材に行ったのでした。リュック1個で)
バックパックなら着替え3日分に化粧道具10日分くらい入りそう。仕事用具をこんなに持って行かなきゃいいんだし。スタジアム巡り(言ってみれば一人観戦ツアーですね)ならば、靴も雨でも平気なスニーカー一足で事足りる。
思いついてから、行ってみたいスタジアムをチェックしたり、バックパックを検索したり、すでに旅気分。しかし、早めに実現しなければなりません。これは体力との時間勝負になりそうです。 
まずは日本国内のスタジアム巡りからですね。 
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(日本のスタジアムで私が一番よく通ったのが、もちろん万博記念競技場です。万博は何と言っても夕焼けが素晴らしい! 万博記念競技場の思い出、と題して、雑誌に夕焼けのことを書いたことがあります)
 
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(スウェーデン、ウステルシュンドのスタジアム。CONIFAワールドフットボールカップの取材で行きました。街から歩いて30分以上かかる丘の上のスタジアムでしたが、夜10時過ぎにようやく日が落ちる中を、のんびり花を摘みながら帰ってくる毎日は楽しかったな)
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(未承認国家、アブハジアの首都スフミにあるスタジアム。CONIFAワールドフットボールカップのアブハジア戦の熱気は忘れられません)
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(UEFA欧州選手権のために新設したというリヨンのスタジアム。すばらしい設備で、いるだけで気持ちが大いに盛り上がりました。雨が激しく降っていたにも関わらず)
 

 私が18歳まで暮らした家の「子ども部屋」には、尚美堂という会社のカレンダーがかけてありました。尚美堂は海外の雑貨を輸入する会社だと私は長らく思っていたのですが、今調べたら主たる業務は外食、ホテル、レストランなど飲食用”紙製品”総合メーカーとあります。なぜそんな思い込みが生じたかというと、尚美堂のカレンダーには欧米をはじめとする海外のエキゾチックで美しい景色の写真が使われていて、てっきり海外に関係する業務の会社に違いないと思ったからです。確かに今も海外輸出入業務もやっているらしいけれど、メインは紙製品を製造・販売することだそうです。
それはともかく、今でも鮮明に覚えているのは、スイスアルプスでモンブランをバックに屋根にソフトクリームみたいな雪を乗せた山小屋が立っている写真です。スイス、モンブラン、雪、山小屋……写真に添えられたコメントを読みながら、うっとりとカレンダーに魅入っていた10歳の私。
「大人になったら、こんな景色を自分の目で見たい!」
そのころから「将来の夢は?」と聞かれると、「外国に行くこと」と答えるようになりました。そして私の中でむくむくと「外国への憧れ」が湧き起こってきたきっかけは、尚美堂のカレンダーと世界文学全集……だと思っていました。
ところが、昔のアルバムを整理しているうちに気づいたのは、父方の家族が代々海外留学していたことです。医師だった曽祖父は明治30年(1897年)から33年までドイツに留学していました。
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(曽祖父夫妻と長男である大伯父。ドイツに留学する大伯父の見送り? 大正時代の洋行の華やかさが感じられます)

同じく医師であった祖父は、英国留学に祖母と幼い息子たち(伯父と父)を同伴しています。
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(英国留学時代の祖父母と伯父。下宿先でしょうか?)
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(明治時代に留学していた曽祖父の影響か、長女だった祖母は「モダン」でした。昭和初期、祖父の留学に同行して帰国後に撮った写真らしいけれど、あまりのモダンさに圧倒されます)

父の兄である伯父の一家もアメリカで暮らしていましたし、父も母を伴ってアメリカに留学しました。父方の家系は欧米留学がマストだったのか? と思いたくなるほどです。私が「海外留学したい」と言い出したとき、両親はもちろん、祖父母も「女の子が一人で海外なんて」と反対するどころか、「ぜひ行け」と励ましてくれたのは、こういう家系だったからなのですね。
曽祖父はもちろん、祖父母から父母が留学した昭和30年代まで、外国には船で行くものでした。両親は幼かった私たちを母方の祖父母に預けて、夫婦2人だけでアメリカに2年間留学したのですが、当然のように船で1週間かけて太平洋を渡りました。神戸の港で、母の弟である叔父に肩車してもらい、船から投げられた紙テープを握ってデッキにいる両親を見送ったのを、おぼろげではありますが覚えています。
(アメリカに留学する両親を見送ったとき。親戚の女の子も一緒に写っています)
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(両親がアメリカに渡るとき、神戸の港まで見送りに行ったのをかすかに覚えています。甲板で写真を撮ったのは覚えていないのですが)

アメリカにいる両親からときおり送られてくるカードやプレゼントの人形や絵本や文房具や服が、日本ではまず見かけない彩り鮮やかでおしゃれなものばかりで、ああ、ガイコクはすごい、ガイコクに行けばこんなものであふれているんだと幼心に思った……と言えればいいのですが、実はそんなことはあまり考えませんでした。たとえ両親が滞在していたとしても、ガイコクはあまりにも遠い異世界で、子どもの頭ではとても想像が及ばなかった、というところでしょうか。
ただ唯一記憶に残っているのは、カードも含めてアメリカから送られてきたものには独特の匂いがしたことでした。私たち姉妹はそれを「ガイコクの匂い」と呼んでいたのですが、いったいあれは何のにおいだったのでしょう。日本の製品には決してないにおい。私にとっては、そのにおいこそがガイコクだったと思います。
その後、母方でも叔父がアメリカに留学し、母の妹夫婦も一家でアメリカに何年も暮らしました。海外から届く便りに、私の外国への憧れはかきたてられるばかり。世界文学全集をむさぼり読み、英語の習得にも力が入り、同級生が父親の転勤で海外に行くと聞くと激しい嫉妬にかられるほど。
いつか、日本ではないところに住んでみたい。ここではないどこかへ行きたい。高校生になるころには、その思いは単なる夢にとどまらず、「どうすれば実現できるか?」と必死に知恵をしぼる段階にまで至りました。
そして大学4年生でついに夢は実現し、フランスに1年間留学したのです。夢のような1年間でした。
でも、帰国したときにやっと気づいたこと、それは「洋行帰り」だけではどうしようもない、ということでした。外国に行って、何を得て、その経験や得たものをどう還元するのか。
曽祖父は、祖父母は、両親は、「洋行」をその後の人生にどう生かしたのでしょうか?
アルバムをめくりながら、問いかけています。


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