Glamorous Life

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今、アスリートにとってのメンタリティとは何か? という本を読んでいます。メンタリティ、というと、つい「最後まで諦めない根性」「あと一歩足を出す気力」「絶対に負けないという強い意思」「闘魂注入」などが思い浮かぶでしょうが、著者(ベン・リトルトン)はチームスポーツにおいてより重要なのは、「チームメートを生かすという利他精神」「チームメートも相手チームの選手も含めて相手とコミュニケーションを取ろうとする姿勢」だと言います。
スポーツにおける戦いは、喧嘩や戦争とははっきり違います。もちろん勝利は追求せねばなりませんが、チームメートはもちろん、対戦相手を尊重する気持ちなく、相手をぶちのめしてもただただ勝てばいいと勝利のみを追求してしまえば、それはスポーツにおいては「敗者」になってしまう。
最近、サッカーに限らずスポーツにおける差別発言や行動が報じられて、私はうんざりしています。スポーツは差別意識が露出しやすいものだけれど、そこで現れた差別の言動は氷山のほんの一角。下にはもっとどろどろとした差別意識が眠っているのではないでしょうか。
読んでいる本では、メンタリティはプロ選手になってから身につくものではなく、よちよち歩きのころから家庭で育まれていくものだ、とあります。メンタリティを広義にとらえて、「健全」なる精神を子どものころから育むスポーツであってほしい、と私はあらためて願います。

ということはさておき、昨日のガンバvs清水エスパルスの試合は、暑かったせいか、それとも「昇格したばかりのチーム」をなめていたのか(そんなことはないでしょうが)、ガンバの選手はなんだかピリッとしませんでした。この試合にかける想いの差、が見られたかな。球際への寄せが甘く、ゴール前でのアイデアも精度も低かったような。
現在のスタメンになってまだ数試合。まだまだこれからですね、選手同士のコミュニケーションが磨かれていくのは。そこに期待して、ドキドキしながら火曜日のACL済州戦を待ちたいです。

 

J1第9節、ガンバvsマリノス戦。所用で出かけていた帰りの列車でDAZN視聴のつもりでした。が、列車が走るところによっては画面が止まってしまい、そのうちにマリノスの斎藤選手がボールを持ってドリブルで仕掛けてくる場面でピクとも動かなくなるという悲しさ&ストレス。同志からの実況中継でなんとかしのぎましたが、ストレスは溜まったまま。スカパーではどうだったか、もう記憶は定かではありませんが、ここまでストレスフルではなかったような。
さてさて、堅守が売りのマリノスとあたると、たいてい試合は塩漬けになります。にっちもさっちもいかずのグデグデ展開となり、イライラしてきたところを最後に仕留められるという最悪の展開を見せられるのですが、今回は違いました。なんと仕留めたのが18歳堂安選手。その前にもアデミウソンのスーパーボレーがあったので、いずれは仕留められたのかもしれませんが、60分過ぎのあのゴールだけで、あとのグデグデがすべて許せるほどのスカッとしたビューティフルゴールでした。もちろんゴールを決めた堂安もよかったけれど、アデミウソンのドリブルから藤本→藤春へのスルーパス、そして倒れ込んでのクロスをヒールで落とした長沢、誰もがすばらしかった。すでに今季のベストゴール候補です。帰宅してWiFiつながる環境で見て惚れ惚れ。翌日も3回くらい見てしまいましたよ。一週間、このゴールだけでビールのつまみはいりません。
前半はみんな窮屈そうでしたが、それはマリノスも同じで、ああ、いつものグデグデバージョンかなと思っていました。ハーフタイムに監督の喝が入ったのか、後半に入ると走る距離もボールへの寄せもパススピードも上がり、かつ全員ののびのびの度合いが3段階くらい上がって 、見ていて楽しいいい試合になりました。
なんでも日産スタでマリノスに勝利したのは2009年以来だとか。覚えていますよ、その試合。GKが弾いたボールを橋本選手が軽く蹴り込んで決勝点でした。目の前で見たもんね(→記憶違いかもしれませんが)
そして今回も、9年ぶり勝利というだけでなく、ヤットさん抜きでの勝利、しかも18歳堂安選手のゴールを守りきっての勝利、というので嬉しさはひとしおです。(ただ、丹羽さんが入ってからのボコボコサンドバック状態は生きた心地もしませんでしたが。なんでそこだけ腰砕けなんや! 全員がペナルティエリア付近でウロウロして守りきることができるチームじゃないのに)
今回のMOMはゴールをあげた堂安選手や、そこに至るまでの流れを作った選手たちみんな、と言いたいところですが、翌日に見て考え直しました。
倉田選手にMOMをあげたいです。目立たないけれど、マリノスの攻撃にしっかり蓋をし、マイボールになってからの展開に緩急をつけ、本当に頼もしいキャプテンになった、とまたもやウルウルしそうでした。ヤットさんとは違うタイプではあるけれど、マスター・オブ・ガンバになりつつあります。ヤットさん超えに期待です。
今季やっとこさ2回目の連勝。つぎの清水戦にもつなげてほしいですね、のびのびプレーでの勝利を!!

 

スタメンを見た瞬間、悪寒がしました。グループステージ突破のためには、勝つしかない試合のはず。大宮戦の良い流れをつなげよう、という気持ちはなかったのか。
大宮戦のとき、一緒に観戦していた人が言いました。
「ジョンヤはメンタル弱いんや。ミスをしたら、ずっとそれを引きずってボロボロになる」
2点リードで迎えながら、最終ラインのジョンヤが何ということのないロングボールをクリアしようとして足を滑らせ、失点。そこで流れが変わりました。
ジョンヤのプレーはかばいようがない。でも、前半その前からジョンヤは小さなミスを繰り返していて、私はハラハラしていました。今日はジョンヤがあかん日。メンタルがボロボロの日。だから、腹は立ったけれど、まあ、ジョンヤだから仕方ないね、とどこかで諦めがありました。それはもうすんだこと。
私が許せない、と頭に血が上ったのは、長谷川監督です。なぜヤットさんをスタメンに戻した? いや、理由はわかりすぎるくらい分かっています。なぜなら、長谷川監督だから。
私が「また遠藤スタメンか!」と落胆と怒りのメールを送ったら、同志から「今日はヤットのメーターが上がるはず」とポジティブなメールが来ました。同志、いつもながら超ポジポジ。私が「もうあかん、今日はあかん」というときにも、どこかにいいところを見つけようとする。偉い! サポの鏡。
しっかし、いくら気持ちのメーターが上がっても、もはや身体がついていかない37歳のヤットさんがピッチにいました。
ガンバが9つもタイトルを獲れたのは、ヤットさんの功績が大きいです。
長年、日本代表でも中心選手だったおかげで、ガンバの知名度は上がったし、クラブの評価も高まりました。
遠藤保仁選手はガンバのレジェンドです。ヤットさんがガンバの選手であることが、私は本当に誇らしい。今でも「どのクラブのサポーターか?」と聞かれると、「遠藤保仁選手がいるガンバ大阪です」と胸を張って答えますよ。そんなガンバサポは決して私だけじゃないはず。
だから、ヤットさんを大事にしてほしい。敬意を払ってほしい。遠藤シフトみたいな3バックは決して敬意を払っていませんよ。ヤットさんが輝けるような使い方をしてほしい。
ヤットさんがPKを外したとき、チームは誰も慰めにいきませんでした。ヤットさんの肩を叩きにいける選手は、せいぜい今野選手くらい。あとの選手たちは偉大なレジェンドにふれようともしない。みんなビクビク、顔色をうかがいながら、窮屈そうにプレーしていました。大宮戦であれだけ躍動していた井手口選手も鳴りを潜めていた感じ。さすがに倉田選手はあまり変わらないプレーではあったけれど、チームの采配をふるう役割を譲ったせいか、大人しかったです。
ジョンヤが足を滑らせたのはミスだけれど、ヤットさんのボールロストやプレッシングの弱さはミスではない。ミスは監督にあります。勝利のために、チームのためにヤットさんをどう起用するかを考えることをせず、チームの足を引っ張るような形でACLグループリーグほぼ敗退へと導いてしまった監督は、遠藤保仁というレジェンドに対する敬意はもちろん、遠藤保仁を誇りに思い、愛しているサポーターに対する敬意も著しく欠いている、と私は思いました。
ロスタイム、同点に追いつかれた後、呆然としてしばらく同志にメールが送れないほどでしたが、そのあとに泣きたくなるほど哀しくなりました。
また、おもしろく刺激的なサッカーで輝くガンバが見たいです。そんなガンバサッカーの輝きの中心にいるのは、たぶんヤットさんではないでしょう。でも、若い選手たちを輝かせる側にいてほしい。
まちがっても、ガンバをブラックホールに落としていく中心にレジェンドを置かないでほしい。
 

試合前からドキドキしていました。
一つは、同志から「ヤットが先発を外れるらしい」とメールが来たこと。そして「堂安がFWで先発らしい」とも。わ、遠藤、今野、アデミウソンという中心選手を欠いて、いったいどんな試合になるんだろう? でも、このドキドキは楽しみな胸の高まりでした。
もう一つは、ガンバのサポーターグループがナチス親衛隊SSのシンボルマークに酷似したマークを使用し、その旗をセレッソとのダービーマッチで降っていた、というとんでもない出来事を受け、ホームでもアウェイでもスタジアムで当分の間フラッグや弾幕の掲出を禁止する、とクラブ側が通達を出したことによるドキドキです。ゴール裏の雰囲気はどうなのだろう? お客さんは入るだろうか? こちらは不安のドキドキでスタジアム入りしました。
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試合結果はご存知の通り。キックオフ直後から、全員が躍動し前線は藤本を中心に前から追い込んでプレスをかけ、ボールを奪うとほぼ瞬時に前を向いてゴールを目指す、といういいときのガンバの攻撃が機能していました。レフティが3人もいるって(藤本、藤春、堂安)いいもんですね。
守っては井手口が躍動。ちょっと早めに飛び込みすぎなところはあるし、ボールの奪い方も明神さんよりせいてはいたけれど、すばやく奪って、即座に攻撃に移る姿勢は、ガンバのサッカーの進化形を体現していました。先取点はその姿勢が実ってまずは井手口。
そして攻守のバランスをとり、前線とディフェンスラインのつなぎ役として倉田が非常によく効いていた。 いつもの運動量をキープしながら、試合運びの緩急をうまくつけている姿を見てうるうる来ましたよ。4年前に「ガンバの未来は倉田にかかっている」と書いた記憶があるのですが、やっと、やっと、やっと、倉田の時代が来たな、と心震わせました。
この試合は全員にMOMをあげたいところだけれど、私の目に光ったのは泉澤でした。ドリブルで仕掛ける選手が倉田くらいしかいなくてもどかしかったのですが、そうか、倉田とは違うタイプで仕掛ける選手が現れた! と興奮しました。ボールを持つと、何かやってくれそうな期待感がふくらむ選手です。6−0とした後半残り10分。いつものガンバだったら押し込まれているうちにポロっと失点してサポをがっくりさせてしまうのですが、最後の最後までクリアボールを拾ってドリブルしていき、前線に繋げる泉澤に危うく惚れてしまいそうでした。いや、惚れたっていいんだけれどね。
そして翌日にもう一度試合を見直したら、藤本が攻守にものすごく効いていた! ポジショニングよし、パスの展開よし、プレースキックの選択肢もヤットさんにはないものを持っていて、さすが! の一言。移籍して1年半。藤本の進化と真価を見ましたよ。
ほかの選手もみ〜んなよかった。スタメンデビューでJ1初得点の堂安、やはりガンバでのスタメンデビューで精力的に走り回った赤崎。「超惜しい!」チャンスをつぎは決めよう! J1初得点で無失点に押さえた三浦、ほぼノーミスで攻撃参加やフォローもすごくよかったジョンヤ、驚くほどパス精度が上がっていたジェソク、囮になる技も出してきた藤春、 もちろん神セーブ2回の東口。(交代選手は割愛)
ガンバ6得点の平均年齢は21.8歳(20+25+28+18+2+18➗6)。若いですね〜〜〜 世代交代の光が少しだけ見えてきました。
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さて、もう一つのドキドキについても書かねばなりません。それはガンバサポであることを公にしているものの義務だから。
今回SS酷似マークを使用したサポーターグループについて、その存在はもちろん知っていました。スキンヘッドにグラサンのリーダーは目立つし、グループの人数も多くてそろって目立つ外見なので存在は目に入ります。ただ、言い訳に過ぎませんが、問題の旗にもエンブレムにもまったく気づいていませんでした。気づいていないからといって、ガンバサポの一人としてゴル裏にそんな旗が掲出されたことを「私は知らなかった」で済ませてしまうわけにはいかない。
もちろん、恥じています。ガンバサポとしても、そしてJリーグファンとしても、サッカーファンとしても、本当に恥ずかしく忌むべきことだと思っています。だから、6得点で盛り上がった試合後もどこか「わーい!」と手放しで喜べませんでした。 
今回の件への対応で、私が違和感を覚えたことが2つあります。
1つはクラブ側からの「掲出したサポーターグループに「い政治的意図はなかった」というコメントです。
え? どういうこと? と目を疑いました。メディアでも、ナチスがどんなことをやったのか知らないという無知ゆえの愚行、とか書いているところがあって、おいおいおい、ちょっと待て、あのマークをエンブレムや旗に使って振り回している時点で、政治的意図もあれば歴史の知識も十分あるでしょ。ナチス親衛隊を「かっこいい」と思って、あのマークを使った。その時点で十分すぎるくらいの政治的意図があり、意図を表明してのあのシンボル使用でしょ。だから「無知ゆえの愚行」では決してない。意図的な犯行です。しかも、クラブ側から再三注意を受けてきたにもかかわらず、使い続けた、とのこと(メディア情報だけれど)。もうどんな言い訳も通用しないし、許されることではありません。
単に人を不愉快にさせた、騒がれてクラブやチームや他サポに迷惑をかけた、罰金や罰則、わーたいへん、とか、そういう次元で話を終わらせないでほしい。今回の事件は「スポーツと差別と政治」の今後を、ガンバだけでなく、またサッカーだけでなく、スポーツファンだけでなく、日本社会全体が話し合って考えていくべき大問題だと思います。
2つ目の違和感は、応援旗や弾幕、ゲーフラがなくなったガンバゴル裏の風景が「さびしい限り」と書いているメディアが多かったこと。枕詞ですか? というくらい「さびしい」の連発。いやいやいやいや、現場にいた私は思いましたよ。「なんだ、旗とかなくても十分に盛り上がるじゃないか」
もちろん応援旗もゲーフラも大好きで、スタジアムを彩るし、選手も励みになるだろう、と思っています。でも、だからと言って、それがスポーツの応援のすべてではない。というか、応援のほんの一部だと思います。ゴル裏は手拍子とチャントで大いに盛り上がったし、とても楽しめました。スタジアムの一体感も少しも薄れていなかった。むしろ、メインやバックのお客さんとの一体感をよけいに感じました。
これまた、応援旗や弾幕を掲出するかしないか、という次元に止めることなく、スポーツ観戦のあり方自体を考えるきっかけとなってほしいです。
よく「スポーツと政治を切り離さねばならない」と言われます。それはスポーツの現場において政治について語らない、ということではないのです。スポーツと政治がどういう関係であれば、スポーツをする人も、見る人も、気持ちよく楽しめるか。そのためにスポーツと政治の関係の「負」の側面についても表に出して、口に出して、議論をしなくてはならない、と私は強く思っています。コアサポ(→なんだよ、その言い方、といつも思う)のやったことだから、ガンバのサポーターって本当によく問題起こすよね、とそんな風に矮小化して、我存ぜぬで済ませていいことじゃない。
今回の「事件」を、一サッカークラブの問題として片付けることなく、深いところまで掘り下げて考え、話し合うことが、これからのスポーツ界、そして大げさかもしれませんが日本社会にとって必要なことではないでしょうか。
事件がガンバ史に汚点を残したことは間違いありませんが、それを少しでもプラス(正)の方向に変えるために、1サポーター、1サッカーファンとして以上の頑張りが必要だな、と心しています。
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ガンバクラップもいつも通り。ヤットさん、見えてますよー、そのやる気なしなしのクラップが。

 

親の家をたたむんだ、と話すと、10人中5人から「植木はどうするの?」と聞かれます。実家に庭があるみなさんは、自分が生まれたころから一緒に育ってきた、もしくは成長を見守ってきた樹木がきになるんですね。
実は私もなんです。まだ決まったわけではないけれど、おそらく家だけでなく庭もつぶされ、土地になって売られることになるでしょう。
今、親の家にある樹木は、半分ほどは両親が植えたものですが、私が子どものころ、いや、そのもっとずっと前から植わっていた樹木もあるのです。いちじく、紫陽花、もみじ、などなど。祖父母の代から大事にしてきた樹木が引っこ抜かれてしまうのはとても哀しい。でも、東京に持ってくるわけにもいかず、そもそも土が違うのだから元気に育つはずもなく、諦めるしかない。
祖母がもしも生きていたら、どれほど悲しむだろうと思います。

祖母は植物が大好きでした。お天気さえ許せば、ほぼ1日中外で庭の手入れをし、畑を耕して何かを植えたり肥料をやったりしていました。明治時代に生まれた人なので、化学肥料や殺虫剤を使うなんてとんでもない、と一蹴。枯葉を埋めて堆肥を作ったり、飼っていた鶏(幼いころ、私は母方の祖母を「こっこばあちゃん」と呼んでいました)の糞を乾燥させたものを使ったりしていたし、虫対策には炭やら酢を使い、雑草をそれはこまめに抜いていました。
初夏になると、今も利用している井戸を汲み上げた水を撒きながら、樹木や草花を見回って、少しでも異常を見つけると、出入りの植木屋さんに相談していました。
祖母が好きな樹木、それは庭の隅にあったイチョウの大木、裏庭にそびえ立っていた楠の大木(くすの木が思い出せず、昨日は楡なんて書いちゃいました、すみません)、庭の中心的存在だったサルスベリ、玄関脇で四季折々に表情があったモミジでした。
嫌いな木もあって、椿や卯の花などは「好かん」と裏庭の隅に押しやられていたような。
花の中で贔屓されていたのが、石楠花、馬酔木、芙蓉、スミレ、オダマキ、ツリガネソウ、浦島草、桔梗、鶏頭、シュウメイギクなど和物、山草系。反対に毛嫌いされていたのが、チューリップ、バラ、牡丹、ラッパスイセンなどの洋風のものや派手なものでした。
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祖母のお葬式のとき、お棺にバラや百合など入れながら、母が「おばあちゃんはこういう花は嫌いだった。庭の花を摘んでくればよかった」と言って悔やんでいました。たしかに百合もバラも嫌いだった祖母は不本意だったかもしれません。 
祖母が丹精していた庭では、春になると各種のスミレがあちこちに顔を覗かせ、踊り子草、トキソウがひっそりと咲きだし、祖母の庭滞在時間が長くなります。
夏の宵、隣の田んぼからカエルの合唱が聞こえてきて、庭の奥は群生していたヒメシャガでぼんやり白く見え、大輪の夕顔と芙蓉が風に揺れるのを縁側の座椅子から眺めているとき、祖母はとても幸せそうでした。
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「中国では、絶世の美女は芙蓉みたいと言われるんじゃ。元ちゃん、あんた、芙蓉のような女の人になりんさい」とよく言われました。「芙蓉みたいて、そんな花、おばさんみたいで嫌だ。バラの花みたいと言われたい」と私が口を尖らして口答えすると、「そげな派手な女はロクな人生は送らん」と叱られたり。
シュウメイギクと萩の花で秋の訪れを知り、玄関先のモミジの紅葉が冬がそこまで来ていることを教えます。
祖母が好んだ樹木や草花を植えている庭をあまり見たことがありません。地味だからでしょうか。そういう私も、春の花というとついパンジーやヒヤシンスを植えてしまうし、百合といえばカサブランカだったりします。祖母が見たら、嘆くかも。
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それにしても実家の樹木、やっぱり名残惜しいです。
 

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