スリランカにたどり着く前に、モルディブに寄った。モルディブはインド洋に浮かぶ26の環礁と、そこにある1200以上の島からなる「島国」である。空港は首都のマレ市にあり、マレ島とすぐそばにあるヴィンリギ島に行政府がおかれ、そこにはビルも立っている(らしい。空港から見えた)。
国民の約半分が第一次産業である農業(ココナッツヤシや果物栽培)と漁業(カツオ漁だそうだ)に従事しているが、この国の経済を支えているのはなんといっても観光である。エメラルド色の海、真っ青な空、真っ白の砂浜、風にそよぐヤシ、一年を通して30度以上の熱帯。治安もよい(2007年に爆破事件があって、日本人も含めて死亡者が出たそうだが)。リゾート産業が成り立つのにこれ以上の立地はない。国民の99%がムスリムで、ぜったい禁酒。だが、観光客のためにリゾート内限定で販売されている。国が観光客誘致にかける熱意には並々ならぬものがある......ような気がした。
私たちが行ったのはヴァビンファルという北マレ環礁にある小さな島のリゾートだ。一周ゆっくり徒歩でまわって15分。まっすぐ突っ切れば3分。そこに49棟のコテージが立っている。12歳以下は宿泊できないので、全部大人カップル。私たちが滞在していたときには、3分の2が欧米人で、とくに多かったのがフランス人。年齢層は20代後半から30代はじめの新婚と、アッパー50の老人に足を踏み入れた人たちにくっきり分かれていた。
エメラルドの海と白い砂浜を眺めながら、ヤシの木陰でハンモックに揺られて読書した。こう書くと「わー、ステキ」と思われるかもしれない。ところが、私がそのとき感じていたのは、おしりがむずむずするような気恥かしさである。
いやはや、完璧なリゾートってなんでまたこう気恥ずかしいんでしょうね。もっと言えば、こっぱずかしい。いたたまれない。1日目はまだいい。だが、2日目に夕陽を見ながらシャンパンを飲む、なんていう企画にのっかっている自分が、たまらなく恥ずかしい。
しかも、だ。こちらがハンモックに揺られながら「チャイルド44」というスターリン圧政下で起きた大量殺人事件のミステリーなんかを読んでいると、隣のコテージの新婚カップルが、浜辺を2人で走り、水をかけあって「キャーやめてよ」「そらそら」「もうイヤーン」キャッキャッキャッとはしゃぐ。韓国ドラマも真っ青なロマンチック・シーンだ。思わず目をそむけてちがう方を見ると、水着がたるんだ肉の間に埋もれてしまって、一見裸みたいな老年カップルが、ふーふーと鼻息荒くのしのし歩いている。これまた、別の意味で目のやり場に困る。
昼時、舞台背景のような、というか、風呂屋の書き割りのような景色のなかで、話すこともなくなった中高年夫婦(→私らのこと)は、ひたすらメシ(これは毎回うまかった!)を食い、周囲の会話に耳をそばだてる。
ある日、隣のテーブルに座ったフランス人の美形カップルに思わず注目した。なんせ、その島ではめずらしく美しく、サマになっている2人なのだ。日焼けした肌を黒のバミューダに白いシャツ、ホルターネックのミニドレスなんかでキメたりしてね。ところが、この2人、あきあきした様子で(フランス人だからか?)、周囲の人たちのようにはしゃぐことがない。飽きているのはお互いに? それともリゾートに? 会話はほとんどなく、目を合わすこともなく、海を見ることすらなく、ひたすら食っている。
男(美形)が女の方に目を向けもせず、皿に向かってぼそっと聞いた。
「今日の午後、何する?」
女(超美形)が焼肉を切りながらそっけなく答えた。
「私、本読む」
男、しばらくつけあわせの野菜をフォークでいじくりまわした挙句「ほんじゃオレ、寝るわ」
女、おもいっきりそっけなく「あ、そ」
その後席を立つまで、2人は口をきくことがなかった。
わかるなぁ、その感じ。気押されちゃったんだよね、海と空に。そしてこれでもかと迫ってくるリゾート演出に。
でも、たぶん思いっきりはしゃいじゃうか、ひきこもって読書や昼寝に走るのが、リゾートの正しい2方向の過ごし方なんだと思う。
私たち? 夫は部屋のなかでパソコンをいじくりまわして過ごし、私は本を読んでました。日本にいるときとまったく変わらない。うん、まあ、スキューバダイビングやシュノーケリングもやりましたけれどね。クマノミかわいかったけれどね。
気恥ずかしいなんて言ってられない情熱的カップルか、気恥ずかしさなど超越して天上の楽園のほうが間近に迫ってきている老人か。モルディブはどっちかじゃないとこっぱずかしいところだ。そのこっぱずかしさをじっくり味わうのも、ま、オツなもんですが。
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