いったん見始めたらなかなかやめられなくなる映画。先月から今月にかけて、試写会やら映画館やらに出かけたり、DVDを借りたりして10本ほど観たので、メモ代わりに印象に残った5本を残しておきます。

『人生、ここにあり!』イタリア映画

イタリアでは1983年に制定されたバザリア法により、精神病院が廃止されていきました。そんななかで「病んでいる」として家族、地域、社会から切り離されてしまった人たちが仕事や住む場所を確保し、自分たちで稼ぎ、生活し、恋をし......というちょっとおとぎ話のようなストーリーです。

政治、経済、社会の全般において、「病んでいる」と判を押されてしまうことで、どんどん疎外されていく人たちのために居場所をつくろう、と一人の熱血漢(→熱血ゆえに彼もまた疎外される)が奮闘します。そのうちに気がつくのです。彼こそ自分の居場所を見出すことにおいて、「病んでいる」人たちに救われていたことが。

おとぎ話のようだ、と書きましたが、実はハッピーエンドではない。いや、「エンド」がないストーリーです。東京では現在公開中。

『ボローニャの夕暮れ』イタリア映画

偶然ですが、こちらでもイタリアの精神病院が出てきました。それはひどい場所で、そこにいるだけで病んでしまいそう。これは廃止の法律ができるのも無理はない、とちょっと思ったり。それはまあ、部外者だから言えることですね。

第二次世界大戦下のイタリア・ボローニャが舞台。一人娘が同級生を殺してしまったことから物語がスタートします。父親が必死にかばおうとするが、母親は娘に対して嫌悪を示す。その理由が映画の最後まで明かされません。

ロベルト・ベニーニ監督の『ライフ・イズ・ビューティフル』に通じるのだけれど、イタリアにおける父性と母性、もしくはジェンダーの問題がこの映画の根底にある、と思いました。エゴを捨てられず、父性/母性をどうしても持てない親。そこで育つ子どもとの葛藤。この映画では(も)国家と国民との関係が、親と子の関係に投影されています。

『蜂蜜』トルコ映画

もうこれは最高! 今年NO1にすでに決定。

トルコ東部の奥深い山のなかに養蜂家の父、母と3人で暮らしている8歳のユスフ。あるとき蜜蜂が急に死ぬようになったことから、ユスフは言葉を失います。父親にだけはなんとか話せるのだけれど、学校でも母にも、何か言おうとするとひどい吃音になってしまう。なんとか蜂蜜をとろうと、父親は遠方の山に巣箱をかけにでかけ、事故にあってしまいます。そんな話。

バックミュージックも効果音も何もなし。カメラは定点に据え置かれ、セリフのある登場人物はごくわずか。ところが、動物、木々、草花、空、雲、風、そしてミツバチ......自然の一つ一つが饒舌に語るのです。神のいる世界と人間の世界の境界域にユスフはいる。そこは神話的表象にあふれたところで、空間も時間も私たちの生きている世界とはちがったあり方です。

ユスフが成長したあとを描く、『卵』と『ミルク』の三部作になっているそうで、あとの2本もぜひ観てみたいと思いました。

『100、000年後の安全』

人類誕生から10000年とされています。原発が生みだす放射性廃棄物をその10倍の時間、10万年後まで安全な場所に置いておこう、とフィンランドでは地下の奥深くに穴を掘って埋める計画が進んでいます。その模様を追いかけたドキュメンタリーです。フィンランドってことで、フィンランド留学経験ありの次女がNHKで放映されているドキュメンタリーを見て興奮して教えてくれました。

これはもう今日本人がぜひぜひ観るべき映画だと思います。私は下高井戸シネマで見たのですが、夜の回にもかかわらず年齢性別関係なく満席に近い人で埋まっていて、終わったあとみんな大きなため息をついていました。

私が印象に残ったのは、フィンランドの原子力安全委員会に宗教家がいる、ということ(10万年後という気が遠くなる時間について考えられるのは、やはり宗教家なのでしょうか)、そして委員の一人(科学者らしい)が言った一言です。

「原発に賛成か反対か、好きか嫌いかに関係なく、放射性廃棄物をどう処理するかはわれわれ人類が緊急に考えねばならない問題だ」

反原発、脱原発、そういう論議をする前に、まず日々生みだされる放射性廃棄物をどこにどう安全に保管するのか。それは緊急課題なのだと突き付けられました。

『イヴ・サンローラン』

世界的デザイナー、そして60年代から長くモード界をけん引してきたイヴ・サンローランを支え続けたピエール・ベルジェが語り部となるドキュメンタリーです。

一人のデザイナーの軌跡を追っているのですが、そこから浮かび上がってくるのは20世紀後半から今までのファッション史です。特権階級のためのオートクチュールから幅広い層へのプレタポルテ(高級既製服)、若者の台頭、コマーシャリズム、ファッションとアートの綱引き、そしてブランド化とグローバリズム......イヴとピエール・ベルジェが集めてきたアートの数々が、サザビーズで競り落とされていくシーンで終わります。「ファッション」という言葉の意味が、一つ消えたことを伝えているのか。