震災前から思っていたのだが、震災後によりいっそう強く思うようになったことが一つ。

「会いたい人には今会おう」

会いたい人に会えるチャンスも時間も、実はそんなに多くはない。自分だけが会いたいと願っても、相手の都合も気持ちもあるから、会ってもらえるとはかぎらないし。いや、むしろ会いたい人に会って、一緒にいい時間を過ごせる確率は(今の私の年齢になるととくに)低いのではないだろうか。

会いたいね、会おうよ、今年こそは時間をつくってね......そんなことを年賀状に書いたり、メールをしたりしながら、結局会えないままで二度とこの世で会えないくらい遠くに行ってしまった人が毎年何人かいる。なんで会っておかなかったのだろう? 時間と都合が合わなかったから? いつでも会えると思っていたから? でも「いつでも」が永遠に来ないままで終わる確率は、毎年上がっていく。

ただ顔を合わすだけでなく、できればお互いに気持ちのいい時間を過ごしたい、と願う。そうなると願いがかなうことはますますむずかしい。

一昨日、久しぶりにお会いした方々と会食をした。お料理もお酒もとびきりおいしく、会話は楽しく刺激的で、お店は心地よく、みんなでにぎやかに駅に向かう帰り道に空を見上げたらきれいなお月さま。

「ああ、これからは会いたい人と一緒の時間をいっぱい過ごしたいです、お月さま」と願をかけました。

と同時に、会いたい人に私がお願いしたときに、相手の方にも会いたいと言ってもらえるような人にならないといけないな、と思いましたとさ。

ところで、私は明日、名古屋に行きます。お会いできる方はいるかなー?