年が明けてから何かと気ぜわしく(忙しいわけではない)、あれもしなくちゃ、これもやっとかなくちゃ、と気持ちが焦るばかりで、でもいっこうに実績上がらず同じところをぐるぐる回って疲れただけ、といったところです。これはもう一種のビョーキですね。

 とくにビョーキだと思われるのが、災害グッズ収集に余念がないこと。枕元に靴、懐中電灯、ペットボトル、救急用品が入ったバッグを置いておくのは阪神大震災以来ですが、昨年から葉玄関にもリュックにぎっしりモノを詰め込んで置き(こないだかついでみたらあまりに重かったので、水を減らしました)、安心米やら缶詰めやらも用意し、乾電池も簡易トイレも手回し充電式ラジオ兼ライト兼充電池も用意したし、こないだはついに台車まで購入し、家族からも「もうビョーキの域に達した」とほめられました。とくに台車については「これでいったい何をしたいの?」と聞かれたのですが、配水車から水を運搬するためだ、とはちょっと言えなかった......。

 という近況報告はさておき、久しぶりに最近読んだ本でおもしろかったものをメモがわりに書いておきます。

「中国模式の衝撃―チャイニーズ・スタンダードを読み解く」

近藤大介著 平凡社新書

これを読んでやっと中国の最近の政治事情が理解できました。とくにおもしろかったのは、第5章アメリカにどう挑むか―外交編。最近読んだ中国本の中では一番おもしろく役立った。この本は書評もしたので、ここでは軽く触れるだけにします。

「大阪まち物語」

なにわ物語研究会編 創元社

橋下徹の「体制維新」を読んだ後、故郷大阪の行く末越し方が気になって大阪物を読んでいます。そのなかで一番わかりやすかったのがこの本。少なくとも大阪の成り立ちについての基本知識は得られたかな。あと古本屋で見つけた「大阪近代史話」(東方出版)もおもしろかった。

「父が子に語る近現代史」

小島毅著 トランスビュー

小島先生にインタビューした関係で、このほかにも「父が子に語る日本史」「中国の歴史シリーズ7巻」なども読んだのですが、一番最初に手に取ったせいか、この本に一番惹かれました。ご自分のお子さんに語る口調で書かれているので、やさしく噛み砕いた調子ではありますが、その歴史観(社会観)はこれまでの生半可な知識を吹っ飛ばしてくれる新鮮さでありました。共感するかどうかはともかく、小島先生の視点は興味深い。

「ふしぎなキリスト教」

橋爪大三郎×大澤真幸 講談社現代新書

新幹線内で読み始めたら止められず、家に帰ったら「しなくちゃ病」で落ち着いて読めないとわかっていたので、品川駅でカフェに入って読破した、という本。12年間カトリックの学校でみっちりキリスト教を仕込まれた私にとっては「えええー! そうだったのか、キリスト教!」の連続でありました。歴史と宗教の関係を理解するうえでは最適かも。しかも聖書を飽きるほど読まされた私がつねづね疑問に思っていたことを説明してくれて、腑に落ちるところ多々あり。しばしはまり、橋爪先生の「世界がわかる宗教学入門」も読んだのですが、こちらは講義をまとめたもののせいかちょっと物足らず、「宗教学入門」(脇本平也著 講談社学術文庫)を読んでイチからお勉強してみました。脇本先生のこの本は宗教学という学問をイチから手ほどきしてくれる内容で、とくにアジアの宗教について基本のキがわかった感じがしています。

「冬の眠り」

アン・マイクルズ 黒原敏行訳 早川書房

黒原さんの翻訳が好きで、最近の新刊は必ず読むことにしています。期待を裏切られたことはなし。(特に好きなのが「すべての美しい馬」コーマック・マッカーシー。マッカーシー本のなかでもこの本は秀逸だと思う)この本も小説をじっくり読んだ、という充実感がありました。ただ、読後感は暗くて冷たい。なんというか、読みながら深い湖(海ではない)の底にどんどん沈んでいく貝になった気分でありました。

といっても、最近一番よく読んでいるのがつぎの書道展作品制作のための漢詩と現代詩の本。なかなかいい言葉に巡り合えません。「いい」とは、心を打つというだけでなく、書いて作品になる言葉、という意味。そこがむずかしいところ。どこかにいい詩は落ちていませんか?