ガンバは遠くアデレードの地までいって、公式戦4敗目を喫した。しかも内容はぶざまだった。セレッソ戦に輪をかけて酷かった。というか一戦ごとに惨状の度合いを強めているような気がしてならない。うまくいかない、という段階ではもはやない。戦術をうんぬんする事態でもない(そもそもあの監督に戦術なんかあるのだろうか?)。ピッチにいるのはもはやサッカーの試合をともに戦えるチームではないし、彼らがやっていることもサッカーではない。冷静に分析してからダメだししようと思い、とりあえず録画を見たのだけれど(ざぶろうさん、ご忠告に反して見ちゃいましたよ。またもや朝5時に目が覚めてもんもんとするくらいひどかったです)、分析のしようもないすかすかのぶざまな試合だった。

原因は選手たちにはない。むしろ、選手たちは必死にがんばっていた。必死すぎるほどだ。なんとかしなくちゃ、という思いが伝わってきたが、その思いは負けるたびにどんどん空転の回転速度をあげていて、アデレードのピッチではごうごうと渦を巻いていた。

私が苛立っているのは、ガンバが今どこに向かっていこうとしているのか、さっぱり見えないことだ。サッカーの方向性ではない。攻撃的なサッカーという看板に偽りがあることは、サポもうすうす気づいている。攻撃的なサッカーをやるのかどうかも含めて、クラブとして、今、何を最優先させているのか、それを示してほしい。(スタジアムを建てることです、なーんて言われたら私は今の5倍暴れる。冗談じゃない! スタジアム建設を最優先しているサッカークラブなんてロクなもんじゃない......ってことを「英国のダービーマッチ」なる本を翻訳して悟りましたよ)

2003年、西野さん就任2年目は、1年目にうまくいったマグロン頭作戦がとん挫してさんざんなシーズンだった。ロスタイム失点を食らいまくっていて、肩を落としてスタジアムをあとにすることが多かった。でも、「ガンバユース出身者を中心にチームづくりをする」というクラブの方向性ははっきり見えたし、当時のガンバユースの育成方針も時代にマッチしていて楽しみな若手がたくさんいたから、サポたちも楽しみが大きかった......と思う。少なくとも、私はあのころのガンバユース出身者はサポとしての誇りだった。

とはいっても、あのころのガンバのアウェイの試合はゴール裏はガラ空きだった。(忘れもしない、ナビスコの対FC東京戦(平日の夜)でゴール裏に座ったら、なんと20人くらいしかいなくて、そのうち3人は私たち親子で、快勝したにもかかわらず最後まで応援したのは10人を切っていた、というさびしさだった。)若手に期待している、と言って弱小チームの試合観戦に足を運ぶのは、よほどの物好きしかいないのだ、とあの頃痛切に思ったものだ。

その後、タイトルもいくつもとったし、「攻撃サッカー」というスタイルも認知された。でも、ガンバユース出身者中心のチームを組む、というクラブの方針は、少なくともこの3、4年はどんどん薄れていき、そもそもガンバユース自体が関西の1部リーグからも落ちるというありさまで全国的に見ても中堅どころにまでなってしまって、宇佐美選手以降「期待の若手」もいなくなった。つまり、2003年頃のあの「いつかこの選手たちが育ったら......」というワクワク感はきれいに消え去り、あのころのハラハラ感と「またアカンかった」という苛立ちだけが残った。

フロントと現場が同じ方向を目指して、目標に向かって一つひとつ積み上げていった幸せな時代は2008年で終わったのだ、と私は見ている。はっきり言って、2009年シーズンからのガンバのサッカーは内容が年々希薄になり、連動した楽しい流れからの得点がしだいに消えていった。ただ、西野さんという実績と求心力のある監督がいたから、大崩しないで持ちこたえていたにすぎない。(西野さんにも功罪あると思うし、今のこのガンバを立て直せるかと言われれば、彼でもちょっとむずかしいかもしれない、とは思う)

今はチームを一から作っている段階です、今の若手たちが育って中心選手となるのにあと3年待ってください。きっと楽しいサッカーで皆さんとともに喜びを分かち合います、とか言ってくれたら、少なくとも私は喜んで待つ。でも、ピッチの主役たちはいずれも30歳以上の「過去の栄光を知る男たち」ばかりだ。

でも、どうやらフロントが考えている方向性は「次世代育成」にはないらしい。ならどこにあるのだろう? 何がしたいのだろう?

このままでは崩壊に拍車がかかる。何も手を打たなければ、これから向かう先ははっきり見えている。負けが続くのはさておき、アウェイゴール裏に20人しかいなくなり、しかもその20人が苛立ちと腹立ちを抱えたままスタジアムをあとにする日がまたやってくる。

新スタジアム建設どころではない。