昨日からさわやかな夏の日々が戻っていますね。エアコンなしで爽快です。

 怒涛の日々が続いたので、開幕以来ずっとオリンピックが見られなかったのですが、先週末に実家に行ったら、父が「この世で見られる最後のオリンピックかもしらん」とか(半分冗談半分本気で)言ってずーーーーっとテレビをつけているので、一緒に見ました。父は若い(とくに10代)の選手が好きらしく、日本人外国人を問わず初々しい選手が出てくると身を乗り出して応援しています。勝っても負けても必ず「これからやね、この選手は」という。

「いま」ではなく、「未来」を想像して見る、「国」ではなく「選手個人」を応援するオリンピック観戦法もあるんだなって気づかされました。

 

 オリンピック報道もほとんど見られなかったのですが、実家から帰ってくる新幹線車内でネット情報でじっくり見ました。ユーストリームで試合まで見ちゃったよ。

 それで気になったのが、「日本は金メダルをほとんどとっていない(今週初めでは2個)。14位に沈んでいて残念だ」「日本選手は期待通りの活躍ではない」という論調があることです。

 え? どういうこと?  ものすごく活躍していると思うんですけれど。これまでは柔道で金メダルを量産していたけれど、柔道日本はアテネあたりから徐々にあやしくなってきました。でも、そのほかの競技ではものすごくいい成果が出ているのではないでしょうか?(シロウトはそう思うよ)

 競泳も重量挙げ(女子)も体操もアーチェリーもフェンシングも卓球もバレーボールも、そしてもちろんサッカーも、期待以上の奮闘ぶりです。友人が「朝起きると誰かがメダルをとっているから、気分よく会社に行ける」と言っていましたが、私も同じようにるんるんで仕事ができますよ。メダルの色がなんであれ、気分いい。それは「日本がメダルをとったから」ではなく、それこそ厳しい競争を勝ち抜いて出場した選手が力を出し切って、それで期待以上の結果がついてくるんだったらもう言うことないんじゃない、なんて私は甘いことを考えちゃうのです。期待以上の結果が金メダルじゃなかったとしても、それはそれでつぎにつながっていくだろうし。

 

 金メダルの数でその国の「オリンピック精神に基づいたスポーツ」の力なんてはかれない。ましてやメダル数で国力をはかるなんて、すごくきなくさくていやだ。オリンピックは各国の政治と経済をデモンストレーションする場ではあるけれど、競技をしている選手たちに「国力(政治&経済)」を背負わせて/重ねて云々するのはすごく20世紀的だと思います。21世紀のオリンピックは、その国のスポーツ文化を感じさせるものであってほしい、理想だけれど。

 オリンピックの放送がなければ、私は一生フェンシングやアーチェリーや射撃のルールを知らないままだったし、重量挙げや柔道の技にも無知だったろうし、陸上選手の肉体にほれぼれすることもありませんでした。そういう意味でオリンピック楽しい! 日本人選手が出場していなくても楽しい! インターネットの普及によって、極東のあまりスポーツウーマンとは言えないおばさんだけでなく、地球のすみずみまでスポーツの興奮や楽しさを伝えてくれる、それこそが21世紀のオリンピックの効用じゃないでしょうか。

 

 それにしても......2008年北京のときもあまりの忙しさにほとんど見られなかったことを考えると、4年ごとの繁忙期がうらめしい。