5月末から10日間にわたってスウェーデン中部の街、ウステルスンドで開催されたFIFA非加盟の国や地域のサッカー協会が参加するサッカーの国際大会、ワールドフットボールカップを取材してきました。 th_IMG_1508.jpg (ちゃんと取材パスなど一式用意されていました。ウステルスンドは初夏の花盛り。スタジアムからの帰り道、花を摘み、「森の熊さん」を口ずさんでしまう乙女な日々を送ってしまいましたよ) th_DSC06935.jpg (ウステルスンドは人口5万人弱。ウィンタースポーツのメッカというリゾート地です。湖と森の中にある気持ちのいいところでした) th_DSC06419.jpg (メインストリートは2,300メートルほど。一歩外れると湖と森だけ、人影も車もほとんどなし) th_DSC06683.jpg (白夜でした。試合終了が9時。その後、ミックスゾーンで取材し、メディアセンターで資料をもらいがてら雑談して帰路につくのが10時過ぎ。スタジアムまでの公共交通機関はなし。チームはバスが出るけれど、メディアにはもちろん出ないので、夕日(?)に照らされる湖を眺めながら森の中を30分歩いて帰ってました) 記事はすでに「週刊金曜日」、共同通信配信の記事、「サッカー批評」に書かせてもらい、今、次号の「世界」に向けての記事をまとめているところです。 日本はもちろん、東アジアから取材に来ていたのは私一人でしたが、欧州各国はもちろん、中東、アフリカ、北中米、南米各国からテレビ、ラジオ、紙媒体、インターネット媒体の記者が大勢取材に来ていました。選手や監督の取材もおもしろかったけれど、メディアの人たちに「どこから来たの?」「何を取材しているの?」と取材するのも、なかなかおもしろかったです。 th_DSC06581.jpg (メディアの注目を集めたのは、アフリカのダルフール難民キャンプから参加したダルフール・ユナイテッドです。初日、第一試合後にすでにテレビ局3社に欧米各紙が詰めかけ、日を追うごとに増えていきました) 私が日本で出発前に、「こういう大会に行くんだー」というと、まず9割の人たちが、「何を言っているんだかよくわからない」というとまどった表情を浮かべながら、「へー」と反応しました。そ、そうですよね、やっぱり「へー」と反応するしかないですよね。もし私が言われたほうの立場だったら、同じように、物好きだね、マニアックなんだ、よほどヒマなんだね、よほどサッカーが好きなんだね、そもそもこの人が何を言っているのかワケわかんない......という意味を込めて、「へー」と反応していたと思います。 でも、大会を取材していた世界各地の記者たちに、「日本から来た。この大会、日本からはどこも出場していないけれど、私は個人的にすごいおもしろいと思ったから取材にきた(←言い訳がましい)」というと、まず9割が「そうだよ、FIFAにいろいろ問題があって、限界が見えて来ている今だからこそ、こういうオルタナティブな大会の開催意義があるし、取材すべきだね」と力強く(と私が勝手に思っただけだが)賛同してくれました。 大会終了後1ヵ月たち、米国CNN、英国BBCをはじめ、アルジャジーラ、イタリア、スペインの主要TV局、NYタイムズ、ルモンドなどに彼らの記事や映像が出そろったところで、あらためてオルタナティブな国際的スポーツ大会への世界的(東アジアをのぞく)な関心の高さを感じています。彼らが取り上げた内容や取り上げ方の視点は少しずつ違っているのだけれど、記事や映像を通して私が感じたのは、大げさですが、日本にいて、日本のメディアにどっぷりつかっているとなかなか見えてこない「世界」でした。 th_DSC06791.jpg (地元の先住民、サーミの人たち向けのインターネットTVのディレクターは、伝統衣装で実況していました) th_DSC06712.jpg (私の興味をかきたてたのは、アラメア・スルヨエというチーム。イエズス・キリストとその弟子たちが話していた古代アラム語の系統をひく言語を使用していたメソポタミア地域に昔いて、キリスト教を信仰する人たちです。今は世界各地に300万人いるそうです。アラム人といっても広く、誤解を受けるのでアッシリア人と呼ぶのが適切だとか。領土がないし、主権があるわけでもないので「国」ではないが、「俺たちはキリスト教とサッカーで一つにまとまっている」とキャプテンは力強く言ってました......パスポートに書かれた国籍はドイツだけれど、アイデンティティはアラメア・スルヨエなんだそうです。しかしアンドレアス、「もっと男前に撮ってくれ」と注文をつけ、私に10回もシャッターを押させた挙げ句、「これとこれは気に入らないから俺の目の前で消去しろ」とまで言ったあなたのことを、私は忘れない) 私の知識や勉強が不足しているが故に、よけいに強く感じたのかもしれませんが、世界は驚くほど緊密につながっているのだな、ということを実感しました。距離が遠い地域だから、政治的に関わりがないから、メディアで報道されないから、ということを理由に「私たちとは関係がない人たちのことだ」と知らぬ顔ができない世界になっている。 そして「大国」の主導と思惑で世界が動いていく時代は終わっていて、多様な考え方や主張をいかにすりあわせて共存していくかを必死に模索する時代に入っている、ということも感じました。今回は歴史的に「民族の十字路」と言われたカフカース地方など中東地域の代表チームが多く参加したのですが、歴史的に軋轢があったほかの「民族」や「宗教」のチームと現在もまだ感情的なしこりがあるのかと思いきや、試合が終われば仲良さそうに談笑している。歴史的な関係について監督に話を聞いたら「3代前までたどれば親戚だったりするからね」とか言う。国境とか民族とか宗教とか、人為的に作られたフィクショナルなものの違いを対立の理由にし、拳を振り上げると、たちまち想定外なところから(「小国」や「民衆」などから)、想定外な速さで、強烈なしっぺ返しがくる。それを「世界」は学習しつつあるのではないか、ということを感じました。 th_DSC06539.jpg (今、世界の関心を集めるイラク北部のクルディスタン地域からのクルディスタン代表。自分たちの文化を知ってもらいたい、と伝統舞踏団を帯同し、スタジアムにテントを張ってクルドの伝統菓子や飲み物を配るなどアピールがすごかったです。サポーターも大勢来ていました) たとえばスポーツの国際イベントに参加する「単位」もしくは「資格」として、「国」が適切なのか? 人種はもちろん、民族や宗教による「ボーダー(境界)」を、スポーツの大会でこそ撤廃すべきなのではないか?2020年オリンピック開催地である東京都民の一人として、あらためてスポーツの国際大会について考えています。 この大会はConfederation of Independent Football Association(略してConIFA)というスウェーデンに本部を置くNPOが主催しました。ConIFA自体は創立1年足らずなのですが、FIFA非加盟のサッカー協会は2003年からあり、国際大会を盛んに開催していたのですが、いろいろあって昨年解散。運営にかかわっていた人たちを中心に別組織を作っての今回の大会開催となりました。そのあたりの経緯や、そもそもFIFA非加盟の国や地域にはどういうところがあるか、なぜ非加盟にされるのか、非加盟であればどんな影響があるか、については、今週末発売の「サッカー批評」にかなり詳しく書いたので、よかったら読んでやってください。 長くなるので、別のエントリーで続けます。