Glamorous Life

グラマラスライフ 実川元子オフィシャルサイト おもしろい本、どきどきする試合や映画、わくわくする服に出会えたら最高に幸せ

2012年05月

ガンバのことを考えると胃が痛くなって、頭が痛くなって、のどがつまったような感じで空咳が出る、という症状が出てしまうので、最近は考えないようにしています。そうすると、おのずとネットを見なくなり、テレビも見なくなり、世間で起きている出来事からどんどん遠ざかって、何をやっているかというと、一人たそがれて俳句の勉強をしています。俳句をつくりはじめたら、年をとった証拠らしいです。太極拳もやってるしね。年より認定★★★

でも、こないだガンバサポの方から、のどにささった骨をすっきり流してくれるようなメールをいただいたので、ちょっと元気になりました。ありがとう>Santaさん(なーんて私信)

もうすぐEURO開幕だしね、しばらく逃避しよう。

逃避ついでに、最近読んだ本を何冊か並べておきます。あくまでも自分のメモ用。

「身体のいいなり」

内澤旬子著 朝日新聞出版

乳がんになって、なぜかどんどん健康になっていく状態をつづった本。闘病記って苦手でぜったいに手を出さなかったジャンルですが、内澤さんの「世界屠畜紀行」がめちゃめちゃおもしろかったので、著者は自分の身体をどう解剖していくのだろう、という興味で読みました。闘病の記録、ではなかった。「健康」なるものの見方がちょっと変わったかな。

「海の細道」 

「震災歌集」

「一億人の俳句入門」

以上3冊 長谷川櫂著

母がどうも知り合いらしく、「海の細道」を「読んでみて」とくれたのがきっかけで、長谷川さんにはまりました。芭蕉は奥の細道のつぎは、大阪から西へ、海をわたって四国から九州に旅して「海の細道」を書いたに違いない、という想定で書かれた俳句と紀行文と写真の本。瀬戸内海の島々(→一応私の故郷に近い)をわたって中国まで行くその道行きが新鮮です。

「震災歌集」は3.11から1週間に詠んだ歌がつづられています。胸がいたんだ。3日目くらいの歌を読んでいるときに、ちょっと涙が出ました。震災直後だったらたぶん心にしみなかったと思う。

「一億人の俳句入門」は入門書というよりも、読み物としてとてもたのしい。名句とは何か、というのがわかってきます。一日三ページずつくらい読んでやすらかに寝るのにぴったり。

「理系の子」

ジュディ・ダットン著 横山啓明訳 文藝春秋

インテル国際学生フェアという、高校生対象の科学オリンピックで優秀賞を獲得した人たちへの取材で書かれた本です。科学にはさっぱり疎い私なんですが、読ませる。核融合炉を執念でつくった少年、とか、自閉症のいとこのための学習システムをつくった少女、などが紹介されています。科学研究の話もおもしろいのだけれど、「なぜ、その研究をしようと思ったか?」という動機と、それをやりとげるまでの過程、周囲の大人たちの理解と援助の話がすばらしい。最後に受賞した日本の高校生(女子)の自身の手によるリポートがあります。理系文系関係なく、知的好奇心とパッションで人がどれだけ大きく成長するか、そこが感動的。

いまは仕事の参考書として

「食の終焉」

ポール・ロバーツ著 神保哲生訳 ダイヤモンド社

を読んでいます。こ、こわいよ、この本。ショッキングを通り越してぞぞぞーっとします。

 

 記録もかねて、最近行った美術展やイベントなど。

ボストン美術展

平日の午後なら少しはすいているかと期待したけれど、甘かった。会場はU65であふれていました↘ 会場に入ったとたん、わんわんわんわんとうるさい。なんで美術展で嫁姑問題とか友だちの闘病記を語らなあかんねん(怒)しかも予想外の動きをする方々が多いので、気をつけないとぶつかって押し倒して責任を追及されるかも、と恐怖をおぼえつつまわりました。

とはいっても、私のお目当ては長谷川等伯(日経新聞の連載を毎朝楽しみにしていました)の「龍虎図」と、曽我蕭白の「雲龍図」。ほかのところはさささーっと見て、この2点の前まで行きつくと、あれ不思議。人がいません。人気ないんかなー?

両方を見比べたくて、2点を何回か行き来しながら存分に観賞した私の結論は「等伯のほうが好み。というか、蕭白はどこか下品なんだけれど~」でした。

あと、予想外に「ををを!」だったのが、「普賢延命菩薩像」。平安時代の作品なのですが、今の漫画で見るようなモダンな描きっぷり。これもあまり人気がないのか放っておかれたので、じっくりなめるように観賞できました。

高橋由一展@東京芸術大学美術館

書評をする関係で、足を伸ばしてこちらへも。で、結果的に(人がいなくてじっくり静かに観賞できたためか?)こちらの美術展のほうがおもしろかったです。

高橋由一は江戸時代から明治前半まで生きた画家で、「日本洋画の父」とされています。武士の生れだったのですが、家業をつかずに画家になろうと決意。初めて見た洋画の写実性と美しさに魅せられ、まだ居留地だった横浜で西洋人の先生を必死に見つけて基礎を習い、絵具やキャンバスをつくるところから学んで絵を描きます。ほとんど独学。

ところが、明治政府は鹿鳴館時代を経て国粋主義となり、洋画の需要がなくなってやむなく東北地方に流れていかざるを得なくなります。そこで描いたのが有名な鮭の絵。その写実性には圧倒されましたよ。

興味をひかれたのは、東北を旅してスケッチした何十枚もの絵に描かれているなかで、トンネルと橋がものすごく多いこと。彼の中では「近代化」の象徴だったのでしょうか。また美術館をつくりたいと構想を練り、設計図まで書いたり(結局日の目を見ず)、美術学校の設立に奔走したり、と教育やインフラ面でも功績があった人でした。徒弟制度でしか絵師が成り立たなかった日本に、美術の「近代的」な制度と教育と観賞法を導入しようしたのですね。

ボストン美術展では「流出した日本の作品(もしくは外国人によって発見された日本美術)」を、高橋由一展では「日本に西洋美術を導入しようとした人」を観ながら、あらためて明治維新と近代化について考えましたよ。

文楽

そして昨日は文楽観賞へ。文楽が、大夫、三味線、人形遣いの三業で成り立っていて、大夫が一番エラクて、この人によって作品は決まる、とか、上方芸能なので「愚痴」の芸(!)だ、とか教えてもらってほんとおもしろかった。

かしこまって観るよりも、せりふや音楽を楽しむ(ときどき笑えて、ときどきじんとくる)大衆芸能なんですね。半日がかりでしたが、とても充実して楽しめました。

試合前に関東ガンバサポの皆様に自虐ネタをふりまいてはいさめられ、ネガリまくってはあきれられたジツカワです。

試合内容はかろうじて引き分けたものの、は~~~とため息しか出てこない酷さ。とくに後半、あれはなんですか? ガンバサポがいるゴール裏には来たくない、とそういうこと? ぱたっと足が止まってしまうのは、やはりシーズン前のキャンプでまったく走りこみをしなかったからでしょうね。

毎回「若手に期待」「松波監督に期待」とか書き続けましたが、今回はついに「石垣島ミニキャンプに期待」とそこまで行ってしまいました。

ガンバフロントには言いたいことは山のようにありますが、まずは宇佐美選手にしても、誰にしても「本人の意志を尊重したい」とか「いまいる選手を信じたい」とかそんな悠長なことを言っている場合じゃないと思うんですよね(ね?>同志)選手と監督は危機的状況にあることを認識しているようだけれど、フロントの認識はどうなんだろう? チームがこけたらスタジアムどころじゃないですよ。っていうか、最近、スタジアム募金って聞くと耳をふさいで逃げ出したくなります。

自虐ネタで笑っている場合じゃないんだよね、ほんと。

ガンバがふるわないと(もはや「ふるわない」どころではなく、「崩壊しつつある」感あり)サッカー情報を見なくなるし、サッカー情報を見ないとネットを見る時間は激減するので、仕事がはかどって本がたくさん読めてうれしいなあ(低い声で無表情に棒読み)意地としか思えない「ポリパンづくり」もきっとガンバ不振がきっかけですね。 と、気持ちが落ち込む話題は早々に切り上げ、脳内に入り込まないようにシャットアウトします。MOTOKO式脳内遮断ストレス解消法。 さてさて、毎年誕生日のころに、何か一つ「新しいこと」をやってみることにしています。続くものもあれば、一回やっただけでやめてしまうこともあり。 そこで思い出せる「やってみました、新しいこと」を書き出してみます。 1996年 ガーデニングをやってみた(ものすごくはまったけれど3年で飽きた) 1997年 ケータイ電話を使ってみた(友だちからもらったのがきっかけ) 1998年 水泳教室に入ってみた(そしたらはまって最盛期の2000年頃には一週間に3回、一回2500メートル泳いでいました。旅行先にも水着持参で必ずプールを見つけて泳いでいました。今振り返ってもあのころの私はバッカじゃないの、と思いますです、はい) 2000年 ホームページをつくってみた(このブログですね。すでに12年たちました) 2001年 ダイエットをやってみた(記録式ダイエットとダンベルで3ヵ月で6キロ、半年で10キロ減量に成功するも、2年後には4キロ戻りました......って、どれだけ太ってたんだ、私は) 2002年 ワールドカップ試合観戦に通ってみた。 2003年 サッカーボールを蹴ってみた(はまりましたよー、これまたね) 2004年 髪を伸ばしてみた(それまではショートカットが売りでした) 2005年 膝上丈スカートをはいてみた(それまでは基本、パンツ。スカートははいてもくるぶしまでのロング。それがショートとは言わないまでも膝上丈に挑戦してみました。脚が太くたっていいじゃん、と開き直り) 2006年 帽子をかぶってみた(それまでも「日よけ帽子」はいやいやながらかぶっていたけれど、帽子のおしゃれに思い切ってめざめてみました) 2007年 10センチヒールをはいてみた(つんのめりそうなのと、腰痛になるので今はお蔵入り。すごい好きな靴なんだけれどね) 2008年 習字を習い始めてみた(はまり続行中) 2009年 中国語を習い始めてみた(はまり続行中) 2010年 着付けを習ってみた(紬ならなんとか一人で着てお出かけできます) 2011年 マックに挑戦してみた(PCを使い始めてから25年。人生初マックです) 2012年 アイシャドーをすることにした(年齢を感じさせる目元になっちゃったんで) 続けることが大事、とかよく言われるけれど、ときどき「やめることも大事だよ、MOTOKOさん」と自分に言い聞かせています。エネルギーと時間という資源には限りがあるからねー。

 仙台はすごくいいサッカーをしている......らしい。

 仙台は強い......らしい。

 仙台のサイド攻撃は威力がある......らしい。

 ということを試合前に聞いていました。

 

 正直な話、もうほかのチームのことはどうでもええわ、の心境で、ましてやほかのチーム(たとえドルトムントの試合でも......あ、そういや香川すごかったですね、マンU移籍ですか(棒読み)という心境ですのよ)が活躍しているとか強いとか、そういうことは聞きとうないわっ怒りマーク

 

 で、試合が始まると、あれ? 我がチームはずいぶん押し込んでるやないの。佐藤のポストプレイ、守備、どれもまた2ランクあがっている(注:対鹿島戦比です)、倉田も寺田もいいよいいいよ......でも点が入らないうちに前半終了。振り返れば、チンのあの切り返しからの強引なシュート、シュウのあの右にそれたシュートが入らなかったのが今のガンバの力なのだろうし、それが試合を決めた気がします。

 

 それでも、佐藤とシュウの早いパス交換からのあのゴールは美しかった。無得点でうつうつとしていたチームとサポをスカーッとさせました。活性化とまではいかなくてもね。

 

 リャンから永嶺へのクロスで決まった仙台のGOALも美しかったよ、とつけたし

 

 大宮戦の後半は酷かったそうで、それに比べればずいぶんよくなったよね、とほかのサポからうかがいました。なんというか、匍匐で三回這いずって前に進み、爆弾に怯えて二回後退する、みたいな感じ? 降格ラインは早く越えてほしいなあ。でも、降格ラインを越えるためには強力なFWが必要だと思われます。少しずつ進んでいるような感じ、では降格ラインは越えられないだろうなあ。それでも、松波さん(敬称入り)はよくやってますよ、ほんと。もうそこをたたえるしかなくなった。

  だからあえて言う。がんばれ、強化部!

 

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