Glamorous Life

グラマラスライフ 実川元子オフィシャルサイト おもしろい本、どきどきする試合や映画、わくわくする服に出会えたら最高に幸せ

2013年10月

再開。9月25日 旅行6日目 今回の旅のハイライト、モロッコの、というよりアフリカ大陸への北東玄関口、 現地の方に言わせるとInternational city タンジェでの1日です。 緑豊かな庭を眺めながら、アート作品に囲まれたリビングでゆったりと朝食。濃厚なヨーグルトが美味でした。 レセプションの男の子(イケメンという私の意見には反対が多かったが、親切でいい子でした)に、ガイドをお願いしたい、英語の話せる人を、と頼んだところ、さっそく手配してくれました。オマルさん、4人の娘のパパ、前のめりで私たちの3倍のスピードでたったか歩き「キーッ」という急ブレーキをかけていきなり立ち止まり早口の英語で案内をする、そんな人。タンジェのガイドは怪しい人が多い、という中で怪しさ度5(MAX10)くらい。5人で半日、昼ご飯まで案内して、ホテルに連れ帰って30ユーロと言われ、「まあ、そんなもんか」という意見で手を打ちました。 が、後で娘がネットで調べたところ、半日10ユーロが相場だったらしい。土産物屋には行かない、と前もって言っておいたのですが、結局5軒も連れて行かれて、かなり買いました。キックバックはどれくらいだったのかしら? タンジェは国際都市、というふれこみですが、小さな町です。フランス広場を中心にした新市街と、メディナ(アラブの言葉で居住区)という城壁に囲まれた旧市街を全部歩いてまわっても半日かかりません。まずはホテルすぐそばのメンドゥーピア公園(ユダヤ人のお墓があったが「もう中身は移転してない」とのこと)を抜けてグランソッコへ。グランソッコの周囲にはCafe de Parisなんていうフランス風カフェがあり、その横の路地からメディナの市場へと入っていけます。内容はわからないのですが、どうやらムスリム社会をヨーロッパ感覚で描いた映画を上映する映画館もあったりして、独特の雰囲気です。 メディナの市場は食料、日用品、衣料品、ドラッグストア、など種々雑多なものが大小取り混ぜた商店で販売されていて、その物量、におい、喧噪、どれも圧倒される勢いがあります。特に私たちが滞在したときに、国王ムハンマド6世(とても尊敬されているとか)と大統領がタンジェを訪問する日程と重なり、また「マーケットの日」(オマルさんいわく)だとかで、民族衣装をつけた

実は......先週、栃木戦も行ってきました。 松本戦も愛媛戦もチェックしていましたよ@スペイン。映像は見ていませんがね。 そして、今週もこりずに熊谷まで行ってきたんですよ。 生観戦3試合連続敗戦って。。。。。久々ですわ、このがっくり感。昨年以来ですわ。 さて、まず前提にしておかねばならないことがあります。 ①ガンバはもう2008年のガンバではない。(2008年はこれまでのガンバの歴史で「最強」だった) ②ガンバの黄金の中盤はもう過去のもの。以前の戦い方は通用しない。 ③ガンバは弱い、強くなろうとする過程にある。 ④つまり、ガンバはどんな相手に対しても挑戦者である。 この4つを忘れてはなりません。 クラブも、監督も、選手も、そしてサポも。 栃木戦は、そんなことを全部忘れたような戦いぶりで撃沈しました。 今日は、少なくとも120分間、選手たちは「挑戦者である」ことを心して戦っていた、と思います。 良かったのはそれだけ。 挑戦して、できることとできないことがはっきりした、そして負けた。 でも、そこ=できることとできないことがはっきりした、ということがとても大事です、今は。 できること=集中してなんとか守りきった。前プレをかける戦術を実行しようと努力した。シンプルでスピーディな攻めを徹底した。誰かに頼るのではなく、みんなで守りと攻めを実行しようとした。 できなかったこと=後半の20分以降、疲れてくるとパスをつなげなくなった。立ち上がりに失点すまいとするあまりに、無駄なファールで危ない場面をつくりすぎた。シンプルでスピーディな攻めしかなく、遅攻を混ぜることがなかった。パスの精度が低かった。連動した守りができたのは120分中45分くらいだった。 これからガンバはどこに行こうとしているのか。 今はまだ見えません。 少しだけ見えているのは、今のメンツ(遠藤、今野も含めて)だけでは、そして今の戦い方では、J1でもJ2でも厳しい、ということ。 方向性も大事だけれど、方向性が見えてくるようなメンツを揃えることも必要なのでは? そんなことを同行者と話しながら、2時間かけて帰ってきました。 3年後には倉田がキャプテンになって、藤春、内田、宇佐美、西野とともに、あらたなガンバの黄金時代を築いてくれることを夢見ています。

9月24日 旅行5日目 この日はいよいよアフリカ大陸に渡るぞ、という意気込みと一抹の不安を抱えつつ、午前10時すぎにセビージャを車で出発。この日もまた暑い、車の中まで熱い! 海に近づくにつれて、丘陵地帯に立ち並ぶ風力発電。まるで巨神兵のようです。 th_DSC04921.jpg 高速道路で南西に向かい、できればカディスという大西洋岸のリゾート地まで出て、そこでお昼を食べよう、と計画していたのですが、途中で「遅くならないうちにモロッコまで渡ってしまったほうがいいのではないか」ということになり計画変更。タリファという大西洋と地中海をちょうど分けるところにある港町で昼食をとることにしました。 上が大西洋、下が地中海。 th_DSC04934.jpg th_DSC04935.jpg タリファもリゾート地。スペイン語以外の言葉を話す人たちが、大勢海沿いのレストランで昼食をとっていました。そんな観光客から絶大な人気を得ていたのが、車の上でぐっすり寝込んでいる猫。車の持ち主が帰ってきても、しばらく出発をためらうほどよくお休みになっていました。 th_DSC04929.jpg 海まで散歩して、おもむろに歯を磨き、地中海に向けて盛大にうがいをする。 th_DSC04942.jpg いったんレンタカーを返却するためにアルヘシラスへ。山を越えて1時間弱なのですが、返却場所がわからなくて右往左往。GPSがあっても、最後には地図と人の目が頼りになります。 無事レンタカーをいったん返却し、アルヘシラスのフェリーチケット売場に行ったら、「タリファから乗った方がいい。アルヘシラスからのフェリーは、タンジェ(モロッコの街)の新港に着くのだが、そこからタンジェの街まで1時間もかかる。しかもタクシーしかない。タリファ発なら市内からすぐの旧港に着く。タクシーで10分くらいで宿泊先に行くよ」といわれ、もう一度タリファに戻ることにしました。タリファまで無料でバスが出る、とのこと。 実際にこの提案に従ってみてわかったのは、タリファ発タンジェ旧港着のほうが断然楽で安い、ということです。旧港は今改築中で、やがてアルヘシラス発→タンジェ新港のみになるらしいのだけれど、そうなるまではぜひタリファ発で。 アルヘシラスは、なんというか殺風景な港町です。港のバス乗り場ですでにアフリカを感じました。 th_DSC04950.jpg 7時30分発のフェリーでタンジェに向かう、と私は頭から思い込み。だが、これが勘違いでした。 タリファに到着したのが6時30分。まだ1時間もあるわー、ビールでも飲むかー、と腰を落ち着けたところ、トイレに行った夫が走って帰ってきて「おい、フェリーは7時発だ! しかもチケットを引き換えてもらわなくちゃいけないし、出国手続きがいる! 急げ!」というので全員大慌てでパスポートを持って窓口に走り、駆け足で出国審査を受けて船に乗り込んだのでした。ふ〜、また冷や汗。 船の中で、モロッコへの入国審査が必要です。出国のときに書類を用意し、パスポートとともに提出して審査を受けねばなりません。 入国審査官は私たちを見るなり、日本語で「こんにちはー!」とにこやかに挨拶。とくに娘には愛想をふりまいてました。なんなんだ? th_DSC04959.jpg タンジェの街が見えるころ、地中海に夕日が沈みました。 th_DSC04962.jpg そしてタンジェ到着。フェリー乗り場を出たとたん、タクシーの客引きにつかまります。 「こんにちはー」とまたもや日本語。 「どこまで行く?」 「La Maison De Tangerまで」 「あ、知ってるよ、新しくできたデザインホテルだね。俺に任せとけ。で、何人だ? 5人か、わかった。2台必要だな。1台10ユーロでどうだ?」と立て続けに英語でまくしたてるおっちゃん。おっちゃんはタクシー運転手ではない。ただの客引き。結局、1台10ユーロってことで2台に分乗して行くことに。 おっちゃんは運転手の隣に座り、後ろの座席の私たちに向かって盛んに「日本いいとこ」のよいしょを繰り返します。そして私が見事に食いつく一言を発したのです。 「I like Japan. 大阪、大阪。。。And I like Japanese soccer. ガンバ大阪ー」 それまで生返事しかしていなかった私は、いきなりがばっと身を乗り出して「なんでガンバ大阪を知っているの? ガンバ大阪の誰を知ってる? 遠藤?」と聞いたら、「知ってる知ってる、ガンバ大阪! 中田ー、本田ー!」ちっ、おっちゃん、あんた遠藤を知らんで、ガンバ大阪を知っとるとか言うんやないでー! せっかく私が食いついたのに、それはないわ。 しかもおっちゃん、到着したらいきなり「チップを1台につき5ユーロよこせ」とか言い出し、私たち全員から激しいブーイングを浴びせられたのでした。ブーイング程度にめげず、ホテルの玄関までチップチップ、ファイブユーロと追いかけてきたけれどね。 宿泊先は、フランス人のアーティストが経営するB&B。一歩中に入ると、そこはおフランス。壁にはモロッコの画家が描いた(と思われる)絵があちこちにかけられ、置いてある小物が皆センスいい。庭は美しく整備され、モロッコ風、ムスリム風、そしておフランス風がミックスした静かな空間です。 th_DSC04982.jpg 私たちの前にチェックインしたフランス人の夫婦(後で美術商だとわかる)と経営者のムッシュが話しているのを聞いていると、どうも私たちはそのB&Bに宿泊した初めての日本人、かつめったにいないアジア人らしい。で、ムッシュは英語まったくダメ。 案内された部屋もセンスがよく、テラスからの景色もすてき。 th_DSC04965.jpg もう9時近かったのでお腹がすき、モロッコ料理のレストランを教えてもらって、メディナという旧市街のアラブ居住区まで行くことにしました。メンドゥーピア公園の横を抜けると、そこは喧噪の市場。男性ばかりがお茶を飲んでいる(ムスリムだからお酒は御法度)カフェを抜けていくとき、なんかドキドキしました。しかも「こんにちはー」とか日本語で声がかかるし。 モロッコ料理のレストランは、外国人しかいません。たぶん、外食でモロッコ料理を食べるモロッコ人はいないんでしょうね。店内は明らかな「観光客仕様」で、メニューもそう。ちゃんとビールもワインもある。写真は翌日の店で撮ったものだけれど、ね、ビールもワインも飲み放題ですよ、ムスリム圏でも(半分ウソ。外国人向けの店じゃないと飲めません) th_IMG_0302.jpg 定番の「モロッカンサラダ」(トマト、キュウリなどをドレッシングであえたもの。野菜が全部しんなりしている)、「タジン」「クスクス」をいただきました。野菜がたっぷりで、ヘルシーといえばヘルシー。でも、味がちょっと濃い。 th_DSC04967.jpg th_DSC04968.jpg th_DSC04970.jpg 最後に「モロッコのお酒」と言われるミントティーを注文したら、これが甘いのなんのって、歯が溶けそう。うーん、つぎからは「砂糖はぜったいに入れないで!」と言わなくちゃ。ミントの葉を思いっきり緑茶に詰め込んだものなんですけれどね、あれはお茶じゃないわ。 夜は女性が外出しないらしく、男しかいない街をぶらぶら歩いてB&Bまで帰りました。 全員で「スペインと全然違う空気が流れている」と興奮しながら。11時すぎ、まだ開いていた八百屋さんです。野菜は色とりどりで全部おいしそう! ちょっとしなびていたけれど。 th_DSC04974.jpg そして翌日はタンジェ観光。あってない値段の交渉に神経をすり減らしつつ、タンジェを満喫したのでした。

やっと9月23日(月)までやってきました。この日もセビージャです。 前日は「モダン・セビージャ」を中心に楽しんだのですが、この日は旧市街のカテドラル、ヒラルダの塔、アルカサル、といった歴史的建造物中心に回ることにしました。 二階建て観光バスのチケットで、旧市街の中心部近くにある黄金の塔まで移動。朝10時にしてすでに35度くらいありそうな炎天下を10分ほど歩いてカテドラルへの入場列に並びました。 15分ほど並んで入場。13世紀にムスリムから支配を奪還(?)したローマ教会は、コルドバのメスキータやグラナダのアルハンブラと張り合えるくらいすごい建築物を建てようと張り切り、1世紀かけてスペイン最大の大聖堂を建てたそうです。ヴァチカンのサンピエトロ寺院、ロンドンのセントポール寺院につぐ大きさ! と言いながら、画像はヒラルダの塔です。  th_DSC04864.jpg 中にはゴヤやスルバラン、ムリーリョの宗教画も飾られています。目を引くのは、当時イベリア半島を治めていたカスティーリャ、レオン、ナバラ、アラゴンの4つの国の王がかついでいるコロンブスの柩の像。コロンブスってスペイン(イベリア半島)にとって、どれだけ大きな存在だったか、どれほど大きな富をもたらしてくれたか、を感じさせます。王様4人にかつがれるほどだものね。 th_DSC04818.jpg カテドラル奥からは、高さ97メートルのヒラルダの塔に登れます。もとはモスクのミナレットだったそうですが、16世紀に鐘楼が取り付けられたとか。鐘楼の中にはブロンズ像があり、その模型がカテドラル前に飾ってあります。風を受けると、重さ1300キロ近くあるそのブロンズ製の像が回るので、ヒラルダ=風見の塔と呼ばれるそう。 昔は馬で登ったので、階段ではなくスロープです。上まで登ると、セビージャの街が一望できます。が、前日のキノコ型展望台からの眺めのほうがよかったかな。 th_DSC04854.jpg 外に出てきたところで、カテドラルのすぐ前にある、ムスリム時代のお城をキリスト教の王が改築したというアルカサルを見学。暑さにくらくらきていたのですが、噴水、池や緑のカーテンと、涼しさを演出するムスリム式庭園にほっと一息。正直、キリスト教文明よりもムスリムのほうが文化の洗練度、つまり生活を快適にし、楽しむ知恵や技術ははるかに高かったのではないか、と思いました。 th_DSC04875.jpg カテドラル脇からサンタ・クルス街というユダヤ人居住区のバルで昼食後、私と夫は午後にセビージャにやってくる娘を迎えにサンタ・フスタ駅まで向かいました。サンタ・フスタ駅構内で、娘の到着を今か今かと待ち構える父一人。 th_DSC04890.jpg 夫に娘の荷物を持って先にアパルタメントスまで帰ってもらい、私と娘はもう一度アルカサルとサンタ・クルス街を見物。娘「何、この暑さ。ありえないんだけれど」とびっくり。9月末でもアンダルシアは酷暑です。で、アルカサル内で娘が「わー、江南(カンナム)スタイルだ! 受けるー」と興奮したタイル画。 th_DSC04893.jpg 夜はフラメンコを習っている方に教えていただいたロス・ガジョスというタブラオで、フラメンコを見学。これまで持っていた「水玉のひらひらした服を着た女性が、しかめ面をして踊る」というフラメンコ観がまったく打ち破られるほどすばらしいパフォーマンスでした。踊りはもちろん、歌もギターも一流で、しかも斬新。6人出てきた踊り子(うち1人男性)の一人ひとりがすべて違うタイプの踊りを見せるし、ストーリーがある。言葉は全然わからないのに、その踊りで表現されるストーリーに胸を打たれます。 セビージャはフラメンコが一つの芸術へと完成されたところ、なんだとか。初めてふれた一流のフラメンコの熱演に、感動しながら帰ったのでした。 Los Gallos ロス・ガジョスはこんなところ↓ http://www.flamencotickets.com/los-gallos-tablao-flamenco-seville そして翌日はいよいよモロッコに渡ります。ジブラルタル海峡を越えてアフリカ大陸へ。フェリーでたった1時間なのに、ヨーロッパとはまったく違う空気の世界へと飛び込んだのでした。 フェリー乗り場へと向かうバスから対岸のアフリカ大陸が望めました。 th_DSC04957.jpg

やっと9月22日、3日目、セビージャにやってきてからです。 この日も暑い! 太陽の照りつけ方が尋常ではありません。それにもめげず、暑いさなかに街に繰り出しました。 アパートから旧市街の中心部にあるEl Cortes Inglesというデパートを抜け、だらだら歩いてエンカルナシオン広場まで出てくると、いきなり巨大なキノコのような 建築物に突き当たりました。 th_DSC04651.jpg 地球の歩き方にも出ていないそれは、世界最大の木造建築、エンパシオ・メトロポール・パラソル。駐車場にするはずだったのに、ローマ遺跡が発見されたために中止。地下に遺跡を見学できる考古学スペースを儲け、その上にショッピングセンターを造ったんだそうです。 「上に展望台があって登れるよ! 1ユーロ35で、夜12時までやっている」というので、炎天下、登ってきました。 th_DSC04665.jpg 旧市街のカテドラル等はもちろん、万国博覧会会場だった川向こうの建物や植物園、グアダルキビル川とそこにかかる橋もくっきり見えて、眺め抜群。ただ、ひたすら暑い! 登っているのは、私たち以外は数人で、全員外国人。地元の人は来ないよね、こんな酷暑に。 th_DSC04725.jpg 下りてきたところで、セビージャのSOHOと呼ばれる周辺地域を探索。日曜日なので閉まっている店が多い中、地元のちょっととんがったファッションの若い男女が大勢集まっていたバーです。 th_DSC04646.jpg 花屋もこころなしかおしゃれ。というか、壁面や閉まっているシャッターがなかなかです。 th_DSC04644.jpg th_DSC04746.jpg セビージャのSOHOの中心(?)らしいドン・アロンソ・エル・サビオ通り。モード系ファッションの小さなお店が並んでいます。日曜で閉まっていてとても残念。 th_DSC04751.jpg th_DSC04740.jpg またデパートの前まで帰ってきたところで、二階建て観光バスのお姉さんから「乗ってみない?」とお誘いあり。3日間、乗り放題、足として利用するのもいい、とか言われてその気になり、またもやかんかん照らされながらセビージャの観光有名どころを、日本語の音声ガイドを聞きながら回りました。なかなか面白い! 地理も歴史も、セビージャの社会構成までわかったような気になりましたよ。 th_DSC04775.jpg バスから眺めていたとき、地元の人がレストランが並ぶ公園に大勢集まっているのを発見、夕飯はそこでとることにしました。ライブハウスもあり、グラムロックみたいなバンド(スペインではない。たぶんイングランドかアイルランド)が演奏するライブハウスもあったりして、にぎやかにセビージャの夜はふけていくのでした。 th_DSC04793.jpg そして帰り道、なんだかよくわからないけれど、スペイン版AKB48とでも呼びたくなるような踊って歌う女の子集団と出会いました。後ろにくっついていた男の子に「何?」と聞いたら、「レストランの宣伝で、ウチの来てくれたら彼女たちがいるよ」というのだけれど、「だから何?」とワケわからず。かけ声をかけているリーダー格の女の子に、「みんなすごくかわいくてきれいだけれど、何?」と聞いたら、いきなり「みんな集まれー」とかけ声をかけて、なぜか撮影会に。はい、しっかりみんなと撮影させていただきました。 で、何だったんだろう? th_DSC04808.jpg ところで、これは何だと思いますか? セビージャの街のあちこちにある直径1メートル強ある半円形のもの。しかも、1つひとつ全部違う絵が描かれています。 th_DSC04647.jpg

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