Glamorous Life

グラマラスライフ 実川元子オフィシャルサイト おもしろい本、どきどきする試合や映画、わくわくする服に出会えたら最高に幸せ

2019年08月

今年の夏も書道の師範試験の課題制作に汗を流しています。今年、合格したいなあ〜(願望)
先日、錬成会に参加し、別の教室の生徒さんたちと帰りに先生を囲んでの食事会に行ったのですが、そのときに考えさせられることを言われました。
まだ師範試験を受けているような私とは違い、ほかの方たちは20年、30年、40年と書道に励んでいらっしゃる大先輩たちで(年齢は私と変わらないか私より年下)自分でも生徒をとって教えていらっしゃる先生たちでもあります。自分でも教えながら、指導も受けているという大先輩方の言葉は、一つひとつが胸に刺さりました。
私が「先生から褒められたことがほとんどない。作品を持っていくと第一声が『……うーん、硬いなあ』『まだ作品になっていない』『呼吸が通っていない』ばっかりなんです」と訴えると、「それはね、先生が期待していらっしゃる証拠よ」とみなさんから「激励」の言葉がかかりました。
「私も自分が教えていて、かつ教わる立場だからよくわかるのだけれど、趣味でやっている人には褒めるけれど、趣味の域を超えて書道に真剣に取り組んでいる人の作品を手放しで褒めるようなことはしない。私の師匠も私の作品を褒めない。20回に1回くらい「お、いいんじゃない」「よくかけている」と言われると、1週間は何をやっていても鼻歌が出るほどうれしい」とひとりの大ベテランから言われました。
私が「私、趣味の書道でこんなにお金も時間も労力も使っちゃって、いったい自分はなぜ書道をしているんだろうとときどき考えてしまうんです。書家になれるわけじゃなし、先生になる気もない。書道に関して趣味とプロとの違いはどこにあると思います?」と聞いたら、みなさん一瞬黙ってから笑い出しました。「そうそう、私たちもみんなそこで悩んだことがあったのよ」という中で言われたこの言葉。
「書道にかけるお金と時間と労力を惜しむのは趣味の人。もっと書きたい、もっといい作品をつくりたい、もっと極めたい、となったら趣味を超えた魔境に入ったってことよ。かといって趣味を超えればプロになるってわけじゃない。書家がプロかと言われれば、そうじゃない。書家なんてね、自分が名乗ればその日から書家になれるのよ。書道が本当に好きで、書くのをやめられない、なんでこんなに一生懸命打ち込んじゃってるんだろうという魔境に入った人がめざすのは、プロとか書家とかそういう肩書きじゃないし、ましてや金儲けじゃないと思うな」
と、そういうみなさんの書いている量がはんぱない。もちろん質もはんぱない。まさに求道者の姿勢でした。
私はまだまだひよっこだと思った錬成会帰りでした。

見ないよ、見ないからね、ほんと見ないんだから、と23日はスマホもタブレットも遠くに追いやっておりました。
が、がまんができず。
見てしまいましたよ、鹿島vsガンバの試合。DAZNでしたがね。
いろいろな思いで何回もため息をつきました。
何がしたいのだろう?
どう応援したらいいのだろう?

ひたひたと聞こえてくるいやな足音。
耳を塞ぎたいです。 

子供の頃、母親や先生たちに自分がやりたいことを伝えると、「夢を抱くのはいいこと」と言われ、それならと実際に行動に移すと「そんなの無理です」「無理に決まっている」とよく言われました。そのころから「無理です」という言葉が本当に嫌いでしたし、今も嫌いです。
たとえば、、、
大学まである一貫校である保守的な女子校で学校生活を送っていたのですが、外部の大学を受験したいと言ったときの担任の先生の第一声が「無理ですね」。
何をもって無理といったのかわからないのだけれど、ひたすら無理といわれつづけました。
成績のせいかな、と思ったけれど、外部の模擬試験を受けたら全国3位とかの成績がとれて、余裕で志望校に受かると太鼓判。なのに「無理です」の一点張り。わけわからなかった。
親に頼んで予備校に行かせてもらったら、「成績がいいから国立を狙ったらどうですか?」と予備校の先生に言われ、いい気になって家に帰って「国立大学にいく」といったら「そんなの無理に決まっているでしょ!」とあっさり言われてあきらめました。そのころはどうやって反抗したらいいかわからないアホでした。
大学に入ってからも、ビジネスウーマンになりたいなあ、といったら「女には無理」と男性の先輩言われたり、「結婚しても仕事をつづけたい」とつきあっていたボーイフレンドに言ったら「きみには無理だ」と言われ、「子供が生まれても仕事をつづけたい」と言ったら、上司から「無理ではないですか」と言われ、いまも「その年では無理」とか「お金がないから無理」とか、ほんと、無理と言われ続けてきて、ますます「無理です」が嫌いになりました。
でも、無理と言われてあきらめることはないのです。国立大学は受験しなかったけれど、私立大学は受験して合格したし、結婚しても仕事を続けられた。子供ができたら会社員を続けるのは無理だったかというと、女性社員たちが就業規則に産休の項目を入れるようにと署名運動をして、会社に頼んでくれたおかげで働き続けられました。
そしていまも、私はしょっちゅう「そんなの、無理ですよ」と言われることをやろうとしています。
もうね、無理という言葉は私の耳には届かないんです。いえ、年齢のせいで耳が悪くなったわけではなく(ちょっとはあるか?)認知症で無謀になったわけでもないのです(ちょっとはあるか?)
いまやらないで、いつやるんだ?
私がやらないで、誰がやるんだ?
それくらいの気持ちじゃないと、無理の波を押し返せませんものね。

無理かどうかは、やってみてから自分で決めよう、というのがこの年になって獲得した知恵です。もっと早く獲得できていたらもっとおもしろいことできたかもしれないけれど、今からでも遅くないはず。

 ちょっとね、何があっても応援する、という気分にはいまとてもなれないので、しばらくガンバのことを考えないで生活することにします。
 怒ってるとか、落胆しているとか、つらいとか、そんなのを通り越してしまって、精神状態がよろしくなくなりそうなので、好きなサッカーのことで、大好きなクラブのことで、試合直後に「最低」とか吐き捨てるような気持ちになるなんて、そんなのおかしいだろ、自分とツッコミを入れておきます。

 また笑顔でスタジアムに行ける日がくるといいな。(遠い目) 

太極拳を始めて10年になります。太極拳歴10年なんてひよっこもいいところですが、10年続けた自分はえらいなとちょっとだけ褒めておきます。褒めるべきは、教え方がおもしろくて深い師匠なんですが。
この1年弱、できるかぎり毎日太極拳をやるようにしています。まあ、でも、暑いとときどきさぼりがち。クーラーをきかせてもなぜか汗がしたたり落ちて目にしみ、しばしば中断せざるをえなくてそれが億劫だったりして……と言い訳をしておきます。
それでも、まったくやらないのではなく、一部だけやるとか、八段錦まではやるとか、立禅はやっておこうとか、一応一年続けているのです。旅行に行ってもね。
1年続けたことで、ある意味驚くほど変わったと思うことがあります。

その1。腰痛がなくなった。
気がつくと、長年の職業病、持病だとあきらめていた腰痛を感じることがなくなった、ということに最近気がつきました。腰痛だけでなく、肩こりもない。五十肩だかなんだかで一時期左腕があがりにくかったのですが、それもありません。ときどき水泳もしているのですが、五十肩のときには肩の痛みを我慢してクロールをしていたのだけれど、いまは全然平気。おかげで1000メートル35分でコンスタントに泳げるようになりました。(理想は30分だけれど、いまは無理しないことにしている) 
なぜ太極拳で腰痛や肩こりが消えたのか。こんどのお稽古で師匠に分析してもらおう。

その2。 長い時間歩けるようになった。
以前は外出したとき、10kmを超えるといきなり足に疲れがきたのですが、いまは15〜20kmでもあまり疲れずに歩いています。とはいっても、街中を20km歩くのは1年に数回しかないのですが、それでも歩くときは歩く。おかげでタクシーを使うのが重い荷物を持っているときだけになったので、タクシー代も軽減できてありがたい。

その3。片足で立つことが、少しできるようになった。
これはまだ改善、改良途中です。太極拳は片足で立つ動作がとても多い。というか重心をたえず移動させていく運動(?)で、足の力を使うのではなく、片足でも両足で立つのと同じようにゆったり立つことができないと動作にならないのです。そしてこれがむずかしい。師匠に「重心を移動させながら丹田を意識すること」とたえず注意されているにもかかわらず、足の力でなんとかしようとするから、ふらつきます。ふだんの歩行でも、重心の移動を意識するようにしているのですが、なかなか。少し時間があくと、片足で立つとか、爪先立ちをしてゆったりと立つことをやっているのですが、気持ちがあせると足の力を使いすぎてしまってすぐに倒れてしまう。

あと呼吸が深くなったとか、新陳代謝がよくなったせいか汗をよくかくようになった、とか、集中力が高まった、とか、いろいろといい点はあるのですが、まだまだひよっこの10年選手です。長く続けていけたらいいな。

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