重箱に煮しめなどを詰めて「おせち料理」と呼び、一般庶民にまで普及するようになったのは戦後、それも本格化するのは1960年代に入ってから、と知ったのは割に最近です。もともとは中国で五節会に作っていた特別料理が日本に伝わり、江戸時代には、節会の中でも一番豪華な料理が作られていた正月に、武家が床の間に三方にご馳走(ごはん)を盛って飾っていたのが起源だそうです。
 それが明治時代になって、飾るものとお重に詰めて食べるものとに分けて用意するようになり(床の間にある家に住んでいる階級での風習でしょうが)、そのうちお重に詰めて家族や親族で食べるものになった、とか。今みたいな彩鮮やかで、豪華食材を使ったおせち料理が普及するようになったのは、ごくごく最近の話。
 以上、おおざっぱな説明だし、日本各地でおせちに在り方は異なるようなので、とりあえず私のおぼろげな知識に基づいたおせち料理基本情報です。
 つまり、何が言いたいかというと、お正月におせち料理を家族揃っていただく、なんてのを「日本の伝統」と言ってよいものかどうか、ということです。
 私は思春期に入ったころから年末年始が近づく12月になると、ゆううつでため息しか出なかったのですが、それは正月という時期に「日本の伝統」の圧がぐぐぐーっとかかってくることが原因でした。
 私が思い出す実家の正月は、挨拶にやってくる親戚たちの分までおせちやら特別料理を準備する手伝いをさせられ、正月は朝早くから料理を出したり皿を洗ったりごみを始末したりすることに追われ、やっと一息つく午後には「年始の挨拶に行くから早く着替えろ」とせっつかれる。疲れてふくれ面になると「正月からなんだ、その顔は」と叱られ、手伝いに抵抗すると「お年玉をあげないよ」と脅される。
「正月には家族そろって晴れやかに新しい年を祝う」ことまで「日本の伝統」と言われ続けたけれど、その「伝統」とやらを守るために誰が犠牲になっているか考えたことがあるのだろうか、伝統信奉者たちは! とか思っていましたね。
 その「伝統」が、私が小学校に入学するころから一般庶民に普及したにすぎない「風習」で、しかも普及させたのがデパートの商魂だったと知ると、ヘナヘナと崩れそうになります。返せ! 私の青春(半分本気、半分冗談)
 そんな愚痴を毎年毎年正月にブログに書き続けてはや20年が経ちました。

 2020年代がスタートする今年は、「伝統」とか「常識」にとらわれないだけでなく、きっぱりさよならする一年にしたいと思っています。とかなんとか言いながら、今年もおせち食べて、お雑煮食べて、家族と一緒に過ごしちゃいましたけれどね。言い訳すると、伝統だからやったんじゃないよ。自分がやりたいからやっただけなんだからね。(と自分に言い聞かせている)
 年末年始は、新装復刊されたメイ・サートンの「回復まで」と「独り居の日記」を読んで過ごしました。
「回復まで」(中村輝子訳・みすず書房)は、66歳から67歳にかけて書かれた日記です。病を経験して体力の衰えを感じ、恋人と切ない別れを経験したメイ・サートンが、それでも創作への意欲を失わず、自然の営みに喜びを見出し、孤独を愛おしむ姿が伝わってきて、しみじみと共感する言葉にたくさん出会いました。たとえば病から回復途上にあるメイ・サートンが、小説を読んだ92歳の読者からの手紙に励まされて書いた言葉。
「不自由になったからだは、そうした事実(私注:自分が年をとってできないことがいろいろと出てきたことや、親しい人たちとも別離など)を肉体的に証明しているように思える。しかし、炎からふたたび立ち上がる不死鳥は、別のことをわたしに告げる。わたしたちの肉体が弱れば弱るほど、心は虚飾を捨て、もっとも必要なものへの要求が強まり、ありのままの自分であることや感じるままの自分であることを恐れなければ、もっと自然で、愛情豊かになれる、と」
 一方で58歳のときに書かれた「独り居の日記」では、メイ・サートンが自分の中に沸き起こる怒りや悲しみをどう処理していいかとまどい、深い喪失感に打ちひしがれながらもがく姿にときどき息苦しくなりましたが、失うものばかりが増えていく中で、それでも生き続ける意味と気力を見出す姿に励まされます。
 女性がものを書いて生計を立て、同性愛者であることを公表し、60歳前になって住み慣れた土地や人間関係を断ち切って農場に独り移り住む、というのは、メイ・サートンがこの2冊を書いた1970年代当時はもちろん、現代でも「常識破り」な生き方だったと思います。 私がその生き方を真似たいという訳ではありません(真似ようにもできっこない)が、少なくとも常識や伝統にとらわれないで生きていく姿勢は見習いたい。そしてメイ・サートンが貫き通したように、孤独に向き合い、人は独りで生き死んでいくことを噛み締めて、愚痴をできるだけこぼさないように生きる強さを持ちたいと思います。
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