Glamorous Life

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2024年07月



なでしこジャパン、オリンピック、グループリーグの初戦、スペイン戦を逆転されて敗れたために、ぜったいに勝たねばならない試合となったブラジル戦。
0時からの試合のために、10時前に就寝。仮眠をとって12時すぎにテレビの前へ。
あれ? 私の推しである藤野あおば選手がいない??? 同志から「サブにもいません」とメッセージが来て、なんかひたひたといやな予感が。
前半はボール保持率がブラジル70%、日本30%で30分ほど経過し、徐々に攻勢を強めたなかで、負傷離脱の清水選手に代わって、バックアップメンバーから加わった守屋選手が左サイドから中央に切り込んでシュートしたところ、ブラジルDFのハンド判定でPKゲット。
ところがこの試合で絶不調な田中美南選手がこれを外してしまう。えーっとPKに詳しくなっている私から言わせると、まずGKを見ていない、笛が吹かれる前に後ろにさがっている(笛が吹かれて、GKとの駆け引きをしてから後ろに下がり、集中力を高めるのが定石)、助走が長すぎる、というPK失敗確率があがる蹴り方でしたね。残念。
前半は0−0で折り返し、後半は攻勢を強める日本。ところが相手陣内のペナ外でボールを奪われ、ブラジルのレジェンド、マルタに運ばれて並走してきた選手にシュートされて先制を許してしまう。
その後は「勝たねばならない」重圧からか、GKの山下選手がふだんならありえないようなミスをしたり、攻撃はいまひとつかみあわずにもどかしく、守ってはあぶなっかしい展開のまま試合終盤へ。
でも80分に谷川選手が交代で入ってくると、いきなり攻撃の強度が上がりました。そして入ったアディショナルタイム。ペナルティ内での谷川選手のフェイントについていけずすっ転んだブラジル選手の手にボールが当たり、またまたPKゲット。これをキャプテン、熊谷選手が落ち着いて決めると、ボールをすぐに抱えて全速力でセンターサークルに走ります。勝たねばならない試合だから、当然なんだけれど、PK成功を喜ぶ前にセンターサークルに走ったのはさすがキャプテン。
それから2、3分後、清家選手がドリブルでごりごり切り込み、ブラジル選手にボールを奪われ、そこで出されたパスのトラップが少し流れたところに走り込んで、迷いなく足を振り抜いたのが谷川選手!
寝転んで見ていた私は、PKゲットあたりから起き上がったのですが、まだぼんやり画面を眺めていて、ゴールが決まった瞬間はいったい何が起こったのかわからなかった。
NHKの実況の人も、ゴールネットが揺れた瞬間に思わず声が裏返ってました。
もうそれから私は立ち上がって、選手たちといっしょに跳ねましたよ。夜中に2時に。
グループリーグ敗退かとあきらめかかっていた自分が恥ずかしい。
教えられました。安西先生の名セリフは正しかったって。
諦めない心。自分を信じ、仲間を信じる心。
ものすごく青臭くて、書いているだけで気恥ずかしいのだけれど、それを思い出させてくれた逆転のドラマでした。

でもつぎの試合もぜったいに勝たねばなりません。
8月1日午前0時からのナイジェリア戦。
信じて応援するよ、なでしこジャパン

青森のことをぐだぐだ書いているうちに、ガンバは久保建英選手在籍のレアル・ソシエダードとパナスタで試合をし、ガンバユースは順調にクラ戦を勝ち抜いて明後日には味フィで準決勝。なでしこJapanは残念ながらオリンピック初戦のスペイン戦で逆転負けしました。
レアル・ソシエダード戦では石川選手のスーパーセーブが目立ち、負けはしたけれどガンバも惜しいシュートを何本か放って、おそらく数少ないガンバサポの観客に「う〜〜」と言わせ、興行としてはよかったのではないかと。
クラブユース選手権ではガンバユースが2連覇をめざして準決勝に駒を進めました。あまり機会がないユースの試合が東京で見られるとあって、私は観戦予定。
そしてなでしこJapanはオリンピックの初戦で世界NO1のスペインとあたり、残念ながら逆転負け(涙)清水選手が怪我したみたいで、ほんとほんと心配です。でもね、つぎだ、つぎ! ヤット式メンタル(勝っても負けても試合が終わったら切り替える→忘れる)で明日(正確には明後日早朝)のブラジル戦に照準を合わせてください。

 パリ・オリンピック、ひそかに観戦を考えてあれこれ計画を練ってみたのですが、あ・ま・り・に・も高額。エアチケット、ホテル、国内移動、すべてが円安のせいで高騰しており手が出ず断念。
ま、私はIOCの姿勢にも、そもそものオリンピックのあり方にも首をかしげている人なので、ワールドカップと比較すると「観戦してやるぞ」のエネルギーは半分くらいだってことも影響していますが。
 試合観戦@テレビとなると、生活時間をまた変更しなくちゃならないのでそれが私にとっては重い問題。昼夜逆転させるかなあ

7月19日
早朝に大浴場で温泉に浸かりながら、十和田湖のむこうに日が昇るのを眺め、ヘルシーな朝食をとったあとに休屋まで送ってもらった。十和田現代美術館に向かうバスの出発時間まで1時間ほどあったので、高村光太郎の「乙女の像」を見ておこうと雨の中を湖畔の遊歩道を散歩。
バス停までの帰り道は十和田神社に参拝して、「開運の道」を通った。手を合わせて願うのは、健康とか金運とかではなく、ガンバの運気があがりますようにということ。十和田の神様、聞いてくれるかなあ。
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十和田現代美術館は十和田湖の休屋から奥入瀬渓谷を通って1時間ほど。八戸からはバス(しかも路線バスで学生さんや高齢者の方たちが普通に乗っている)で1時間半くらいかかる。車で直行すれば45分かもしれないけれど、バス停でいちいち停まるので、時間がかかるのだ。そんな不便な場所ではあるけれど、十和田市の中心部は全部が「美術館」。市庁舎も図書館も病院も公園も郵便ポストもバス停も植栽も、すべてがアート! 美術館の展示作品も楽しかったけれど、道を歩きながら「あ! これも作品だ!」と眺めてまわるのもエキサイティングなアート体験でした。
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帰りは八戸から新幹線。東京まで満席で、早割で予約しておいてよかったと思いました。
弘前れんが倉庫美術館には行けなかったから4館巡りではありましたが、五感を十分に刺激されたGOKAN巡りでした。


7月18日(木)
天気予報では青森県滞在中はすべて雨マークだったのに、昨日17日もこの日も晴天。東京に比べれば涼しいが、照りつける太陽は盛夏で日傘か帽子は必須だ。
この日訪れる予定の八戸市美術館の場所は、八戸駅から奥羽本線(もしくは青い森鉄道)で2駅の本八戸駅近く。近くといっても、歩くと10分くらいかかる。しかも宿泊したホテルからすぐだと思っていたら、やはり歩くと10分以上かかるところにあった。
開館の10時までには時間はたっぷりあったので、キャリーケースをごろごろ引きながら駅までいってロッカーに荷物を預け、美術館まで行こうということになったのだが、暑い。ぎらぎらと照りつける太陽の下を歩いていくと、ある店舗のショーウィンドゥに「東京以北でもっとも日照時間が長い町、八戸市」という張り紙があった。納得。
本八戸駅から美術館まで戻る途中にある三八城神社にお参りして、道路を隔てた向かいにある休憩どころで時間をつぶす。なんでも昔は三八城の内丸のお屋敷だったとかで、管理している方から八戸市の歴史や伝統のお祭りのことなどを説明していただいた。能舞台があり、見事なお庭に茶室もありで、格式の高さを感じさせるお屋敷だった。
GOKAN巡りの3館目となる八戸市美術館は「出会いと学びのアートファーム」がコンセプト。この日も幼稚園から高校まで学校の課外活動で多くの子どもや若者が訪れていた。展示もあるけれど、見る以上に参加してアートを楽しむ企画が目白押しで、私も水で書を書くことやら、さまざまなパーツを組み合わせて顔を作るとかやって楽しみました。
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昼過ぎに八戸駅に戻り、またまたバスで十和田湖へ。
途中、奥入瀬渓谷を走るので、車窓から渓谷や滝を眺めることができた。7年前に奥入瀬渓谷を歩いた時は、ずっと雨が降っていたのだけれど、この日は晴れて木漏れ日が川面に反射してまたちがった景色が眺められた。
十和田湖畔の休屋終点からホテルの出迎えの車にのって十和田ホテルへ。湖畔に立つ立派なホテルで、なんでも天皇陛下もお泊まりになったことがあったとか。
部屋からも、大浴場の露天風呂からも十和田湖と八甲田山山系の山並みが見えて景色も満喫した。
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7月17日〜19日、2泊3日で青森→八戸→十和田の美術館をめぐってきました。記憶がおぼろげになる前に、備忘録として残しておきます。
まず、なぜ青森なのかというと、今年の4月から9月まで「AOMORI GOKANアートフェス2024 つらなりのはらっぱ」が開催中で、青森県内の5つの美術館でさまざまなイベントが組まれているというので、では行ってみようかとなった次第。

7月17日 早朝6時45分羽田発の便で青森へ。羽田に6時15分には到着するためには4時50分の始発に乗らねばならず、そのために1週間前から夜10時前就寝、4時起きの「練習」をしましたよ。早割で予約したときには満席のように思えたのだけれど、飛行機はすいていました。
青森空港からバスでJR青森駅まで行って荷物を預け、路線バスで青森県立美術館へ。青森県立美術館には青森県出身のアーティスト、奈良美智、棟方志功の作品、また生誕100年、没後60年で津軽を中心に青森や東京の写真を撮影した小島一郎の作品がコレクション展で展示されていました。とくに奈良美智の「あおもり犬」はこの美術館の看板作品。
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(青森県立美術館。建築は青木淳。三内丸山遺跡のイメージで設計されたのだそう)
棟方志功では初期の「星座の花嫁」という作品がとても気に入って、ミュージアムショップで絵葉書を探したのけれどなかったのでした。残念。
小島一郎の津軽と下北半島の写真は、1950年代後半から1960年初期までの青森に生きた人たちの姿が印象的。小島が訪ねていったという宮本常一の下北半島の人々の暮らしも貴重な資料でした。
企画展では鴻池朋子のメディシン・インフラ展が開催中でした。戦争中のできごとを地元の人たちに聞いて、それを布に刺繍とコラージュでランチョンマットにした作品が興味深かった。戦争の話ではあるのだけれど、青森に伝わる民話と戦争の話が重なって、柳田國男の世界をのぞきこんでいるみたい。
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美術館のレストランでやっとその日の一食目にありつき、ほっと一息。
バスで駅に戻り、タクシーで青森公立大学の国際芸術センター青森へ。森の中に作品が点在していて、うるさいほどふってくるヒグラシの声のなかを、地図を見ながら歩いて作品を見つけていきます。
とはいっても、熊が出没するとかで行き着けず、見られなかった作品もいくつか。
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(森のなかの休憩所みたいな作品。すみません、誰の作品かわからず)
学生さんたちと一緒にバスでまた青森駅に戻り、荷物を出して新幹線で八戸までいき、そこからタクシーで本八戸までいって宿泊。
ホテル近くで見つけた四川料理の店でがっつり食べて、ホテルに帰ってシャワーを浴びると、倒れるようにベッドに入って眠ってしまいました。
翌日は八戸市美術館を見学してから、またまた路線バスで十和田湖へ向かったのですが、それについてはまた後日。

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