何日もかけて少しずつゆっくりとかみしめながら読んで、少し哀しみの混じった、でも胸の奥からじわじわとこみあげてくる感動とともにページを閉じた。
「わたしたちのすべての昨日」
ナタリーア・ギンツブルグ著 望月紀子訳
未知谷
私が世界で一番といってもいいほど敬愛する作家、ナタリーア・ギンツブルグ。「マンゾーニ家の人びと」「ある家族の会話」「モンテフェルモの丘の家」といった彼女の代表作を訳されてきた須賀敦子さんが 亡くなられて、もう作品が読めなくなるのではないか、と心配していたのだが、まったく杞憂だった。望月紀子さんの、リズム感がありながら抑制のきいた文体での訳で、またナタリーア・ギンツブルグが読める幸せをひしひしと感じながら読了。
ナタリーア・ギンツブルグは1916年、シチリアのパレルモ生まれ。お父さんは解剖学教授でユダヤ系、お母さんはカトリックという家の5人兄弟姉妹の末っ子だった。神なんていない、というお父さんと、そんなお父さんをひたすら支えたお母さんのもとで育ったのは、反ファシズム、反ナチスの政治運動に関わり、投獄されてもめげずにパルチザンになって闘った年上の兄たちや、女性的魅力たっぷりで活動的な姉。その中にあって、ナタリーアは父から「どうでもいい子」という扱いを受けながら、家族のみそっかすとして育つ。そのあたりの家族関係は自伝的作品「ある家族の会話」に見事に描かれているが、本書にも色濃く反映されている。
生家以上にこの作品に影を落としているのは、ナタリーアが最初に結婚した夫、レオーネ・ギンツブルグだ。ナタリーアが兄を通して知り合ったレオーネは、ユダヤ系ロシア人で、父親の仕事の関係で幼いときにイタリアに移住。長じて反ファシズム活動を指導しながら出版社を創設。政治団体を結党し、反ファシズム・反ナチス運動を繰り広げて逮捕され、一度は僻村に流刑ですんだものの、つぎに逮捕されたときには拷問されて殺された。
本書の語り手であるアンナにはナタリーア自身が、そして16歳で隣家の少年の子どもを妊娠してしまい、途方にくれていた彼女と結婚してくれたチェンツォ・レーナという父の友人には、レオーネが投影されている。
チェンツォ・レーナはアンナに向かって言う。「きみは葉っぱの上の怠惰で悲しい虫だ」。現状(現体制)に決して満足せず、自分のことよりも、周囲の人たちや社会全体を考えて積極的に行動する兄たちに憧れながらも、ただ学校に通うだけで殻を破ろうとしないアンナへの苛立たしさともどかしさを、父親ほど年の離れた夫はそう表現する。
だが、その夫がほかの人の罪を背負ってドイツ兵に銃殺される道を選んだとき、初めて「虫」のアンナは夫が置いてくれた安全な葉っぱをおりて自分から行動を起こす。たった数行のそのシーンが、ぐっと胸に迫る。
身をすくめながら、嵐に翻弄される葉っぱに必死にしがみつき、誰かがなんとかしてくれる、早く誰か来て、どうにかしてというだけだった「虫」のアンナが、葉っぱからおりて自分の足で歩き、自分の頭で考え、自分の言葉を発する「人間」になるまで。それが描かれた小説、と私は読んだ。
ナタリーア・ギンツブルグはレオーネが亡くなったあと、英文学者と再婚したが、その夫にも先立たれた。そして「革命を起こした」と言っていたアンナの夢を実現させたかのように、独立左派の議員として活動し、1991年に亡くなった。波乱の人生、ではない。たしかに生きた時代は波乱だったかもしれないが、自分の置かれた場所と立ち位置をしっかり定め、軸足を揺るがすことなく書き、行動した作家だった。
「わたしたちのすべての昨日」
ナタリーア・ギンツブルグ著 望月紀子訳
未知谷
私が世界で一番といってもいいほど敬愛する作家、ナタリーア・ギンツブルグ。「マンゾーニ家の人びと」「ある家族の会話」「モンテフェルモの丘の家」といった彼女の代表作を訳されてきた須賀敦子さんが 亡くなられて、もう作品が読めなくなるのではないか、と心配していたのだが、まったく杞憂だった。望月紀子さんの、リズム感がありながら抑制のきいた文体での訳で、またナタリーア・ギンツブルグが読める幸せをひしひしと感じながら読了。
ナタリーア・ギンツブルグは1916年、シチリアのパレルモ生まれ。お父さんは解剖学教授でユダヤ系、お母さんはカトリックという家の5人兄弟姉妹の末っ子だった。神なんていない、というお父さんと、そんなお父さんをひたすら支えたお母さんのもとで育ったのは、反ファシズム、反ナチスの政治運動に関わり、投獄されてもめげずにパルチザンになって闘った年上の兄たちや、女性的魅力たっぷりで活動的な姉。その中にあって、ナタリーアは父から「どうでもいい子」という扱いを受けながら、家族のみそっかすとして育つ。そのあたりの家族関係は自伝的作品「ある家族の会話」に見事に描かれているが、本書にも色濃く反映されている。
生家以上にこの作品に影を落としているのは、ナタリーアが最初に結婚した夫、レオーネ・ギンツブルグだ。ナタリーアが兄を通して知り合ったレオーネは、ユダヤ系ロシア人で、父親の仕事の関係で幼いときにイタリアに移住。長じて反ファシズム活動を指導しながら出版社を創設。政治団体を結党し、反ファシズム・反ナチス運動を繰り広げて逮捕され、一度は僻村に流刑ですんだものの、つぎに逮捕されたときには拷問されて殺された。
本書の語り手であるアンナにはナタリーア自身が、そして16歳で隣家の少年の子どもを妊娠してしまい、途方にくれていた彼女と結婚してくれたチェンツォ・レーナという父の友人には、レオーネが投影されている。
チェンツォ・レーナはアンナに向かって言う。「きみは葉っぱの上の怠惰で悲しい虫だ」。現状(現体制)に決して満足せず、自分のことよりも、周囲の人たちや社会全体を考えて積極的に行動する兄たちに憧れながらも、ただ学校に通うだけで殻を破ろうとしないアンナへの苛立たしさともどかしさを、父親ほど年の離れた夫はそう表現する。
だが、その夫がほかの人の罪を背負ってドイツ兵に銃殺される道を選んだとき、初めて「虫」のアンナは夫が置いてくれた安全な葉っぱをおりて自分から行動を起こす。たった数行のそのシーンが、ぐっと胸に迫る。
身をすくめながら、嵐に翻弄される葉っぱに必死にしがみつき、誰かがなんとかしてくれる、早く誰か来て、どうにかしてというだけだった「虫」のアンナが、葉っぱからおりて自分の足で歩き、自分の頭で考え、自分の言葉を発する「人間」になるまで。それが描かれた小説、と私は読んだ。
ナタリーア・ギンツブルグはレオーネが亡くなったあと、英文学者と再婚したが、その夫にも先立たれた。そして「革命を起こした」と言っていたアンナの夢を実現させたかのように、独立左派の議員として活動し、1991年に亡くなった。波乱の人生、ではない。たしかに生きた時代は波乱だったかもしれないが、自分の置かれた場所と立ち位置をしっかり定め、軸足を揺るがすことなく書き、行動した作家だった。

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