連休はずっと実家の片付けやら後始末などに奔走して疲れ果てました。東京の家では3世代6人家族がひしめきあっていて、賑やかといえば賑やかなんだけれど、これまた疲れるといえば疲れる。6人分の食事、6人分の洗濯物、6人分の掃除、ずっしりがっしり私の肩にかかっておりまする。お、おもいよ〜〜〜(色気ゼロのよろめき声)
孫と暮らしていると言うと、みんな一瞬黙ってから「に、賑やかでいいですね」とおっしゃってくださるのだけれど、その一瞬の沈黙にこめられた意味が私にはわかっているぞ。
「そりゃたいへんだわー。疲れそう」
で、父の発病からこの半年でよーーーーくわかったことが一つ。
私は、親の介護や孫の世話を「やるべきこと」だと思ってはいる。ただし、人としてやむなくやるべきことではあるけれど、積極的に生き甲斐にする気にはとてもじゃないがならない。
だって、私だって人生残りがそろそろ見えてきている年代ですぞ。
限られた使える時間とエネルギーだ。 むしろ、私の年代だからこそ重要度というか優先すべきを「やりたいこと>>>>>やるべきこと」にすべきじゃないのかな。 
私にはまだまだ書きたいテーマが山積みだし、書道も高い山というか深い淵がすこーし見えてきたところだし、ガンバ大阪の優勝もあと20回くらい見たいし、世界中に行きたいところいっぱいすぎるし、学びたい言語だってまだまだある(とりあえず2018年ロシアW杯までにロシア語をもう少しやるぞ!)
いい娘、いい親、いいおばあちゃんと思われるかどうかなんて実はどうでもいい。
私は私の人生をまっとうしたいです。
と心の中とこのブログで宣言しながら、孫の昼ご飯を作る私である。矛盾しているよ。