今朝(8月14日)日経の読書欄にエコノミストの川本裕子さんが、獅子文六の『悦ちゃん』
を取り上げてらして、一気に気分は50年以上前に引き戻されました。『悦ちゃん』は私が小学5年生の夏休みに読んだ本。夏休みにいとこたちと葉山の別荘に出かける悦ちゃんが、水着を買いにいくシーンを読んだときの衝撃が今でもよみがえります。紺色のスクール水着しか知らなかった私には、遊ぶための水着をわざわざ買ってもらえる子どもが世の中にいる、というのが驚きだったのです。
それはともかく、私にとって夏休みの思い出は、ほとんどが読んだ本によって記憶に刻みつけられています。特に小学4年生以降、いわゆる「小学校高学年〜中学校」向けの本が読めるようになって以降は、クマゼミ(関西はシャーシャーシャーシャーというクマゼミの声が朝からうるさいほど降り注ぎます)と祖母が大好きだった大輪の芙蓉の花と、卵と牛乳と砂糖でつくる自家製アイス、そして読書が夏休みの記憶です。

私は小中高一貫の私立に通っていて、夏休みが公立の学校よりも10日ほど長く、50日あまりありました。 自分が親になってみてよくわかるのですが、子どもが50日間も一日中家にいるのに母はうんざりしていたのではないかと思います。家で母と顔を合わすと、即座に「外で遊んでらっしゃい!」とせきたてられました。活発で外向的な妹はいそいそと近所の友達の家に飛んでいくのですが、(今言うと信じてもらえないかもしれませんが)一人で本を読んだり、空想(妄想)にふけっている時間が一番幸せ、という内向的な私は、わざわざ友達を誘いにいくのも面倒で、やむなく出かける先は図書館。石造りの図書館は、夏でもひんやりと涼しく、足音を立てるのさえもはばかられるほど静かでした。
開架式の書棚を眺めているだけで1時間くらいあっという間に過ぎます。学校の図書室には置いていない「大人の本」を周囲の目を盗んでそっと引き出して盗み読みしたり、ファッション雑誌や音楽雑誌であこがれのモデルやミュージシャンの近況を読んだりした後、おもむろに子ども向けの本を選んで借りる、というのを繰り返していました。
『悦ちゃん』も図書館で出会った本。あまりにおもしろかったので、その後獅子文六の『自由学校』『てんやわんや』『娘と私』などを大人の本の書棚で借りて夢中になって読みました。小学生には理解できない事柄(特に恋愛の機微)も書かれていたし、母から「まだあなたには早すぎる」と注意されもしたけれど、獅子文六はおもしろくてやめられなかった。描かれていた昭和初期の風俗が子ども心にも洒脱で、ああ、私も大人になったらこんなおしゃれをしたいなと思いました。まだストッキングが高価だった時代にソックスにハイヒールをかっこよく履きこなす技とか、洋装に日傘の合わせ方とか、「断髪」のかきあげ方とか、今でも真似できるおしゃれの知恵がいっぱい書かれていたように思います。
悦ちゃんはお父さんの再婚が嫌で、家出して冒険に出ます。家出、冒険、なんて甘美な響きでしょう! というわけで、私は少年少女向けの冒険ものも大好きでした。冒険もので一番の思い出の本は『コンティキ号漂流記』(当時読んだのは別の本でした)です。トール・ヘイエルダールというノルウェーの人類学者が、南太平洋に住むポリネシア人の祖先が、南米大陸から海をわたってきた、という説を証明するために筏を建造。古代でも入手可能な材料だけを使って建造し、エンジンなどを使わず帆と海流だけで航海した記録をまとめたノンフィクションは、実話だからなのか、どんな冒険小説よりも興奮しました。
子どもたちだけの冒険ものといえば、ジュール・ヴェルヌ(『海底二万哩』とか好きだったなあ)『十五少年漂流記』があって、私は飽きるほど読みましたが、これは冒険なんかするつもりはまったくなかったのに、ほんの出来心から漂流させられてしまったお話。反対に、自分たちで計画を練って冒険に出かける、という意味で魅力的だったのが、アーサー・ランサムという英国の児童文学作家が自らの体験をもとに書いた『ツバメ号とアマゾン号』のシリーズです。子どもたちだけで無人島で生活することができるなんて! それも親たちに奨励されている! もうよだれがたれそうなほどの羨ましさ。私が大学時代にヨット部に入部したのも、多分にこのシリーズの影響があります。
その後『長くつ下のピッピ』で、池の真ん中にある島で兄弟とピッピが一晩だけテントをはって過ごしたのを読んで、庭にテントを立てて寝たいとねだり、叔父が持っていた山用のテントを立ててくれたものの、蚊にさされまくって1時間もたたずに撤退したこともありました。
今ではタイトルがどうしても思い出せないのですが、ラスコー洞窟(読んだのはこの本ではないと思う)を発見した子ども達を主人公にした冒険ノンフィクションを読んだのも、たしか小学5年生の夏休み。親に内緒でこっそり裏山の洞窟で冒険ごっこをしていた子どもたちが、偶然見つけた不思議な壁画。真っ暗な洞窟に持ち込んだロウソクの火に浮かび上がる獣や狩人の姿に魅せられる子どもたち。「危ないから入ってはいけない」と厳しく止められているところに入っていくことへの後ろめたさとワクワクする冒険心、最初に壁画を見つけたときの息を呑む衝撃、大人に知らせるかどうかの仲間内の葛藤など、50年以上たった今でも読んでいたときの胸の高鳴りが忘れられません。真似して、実家近くを流れる川を上流まで遡り、どこかに洞窟がないかと探しました。しかしなぜか小さな冒険は親にばれて、「危ない!」とこっぴどく叱られましたが。
振り返ってみると、林間学校や水練学校にも行かせてもらったし、旅行にも連れていってもらったのだけれど、夏休みの思い出、となると昼までも薄暗い図書館で本の世界に入り込み、嵐に翻弄されながら筏にしがみついたり、ロウソクの光が消えて真っ暗な洞窟に取り残されて恐怖を味わったりした記憶のほうが鮮明です。
今の子どもたちが夏休みに読んだ思い出の本は何なのだろう? ちなみに次女に聞いたら、彼女は小学5年生のときに読んだ岡田淳作『二分間の冒険』をあげました。 やっぱり冒険ものが好きな血筋なのかも。