私が18歳まで暮らした家の「子ども部屋」には、尚美堂という会社のカレンダーがかけてありました。尚美堂は海外の雑貨を輸入する会社だと私は長らく思っていたのですが、今調べたら主たる業務は外食、ホテル、レストランなど飲食用”紙製品”総合メーカーとあります。なぜそんな思い込みが生じたかというと、尚美堂のカレンダーには欧米をはじめとする海外のエキゾチックで美しい景色の写真が使われていて、てっきり海外に関係する業務の会社に違いないと思ったからです。確かに今も海外輸出入業務もやっているらしいけれど、メインは紙製品を製造・販売することだそうです。
それはともかく、今でも鮮明に覚えているのは、スイスアルプスでモンブランをバックに屋根にソフトクリームみたいな雪を乗せた山小屋が立っている写真です。スイス、モンブラン、雪、山小屋……写真に添えられたコメントを読みながら、うっとりとカレンダーに魅入っていた10歳の私。
「大人になったら、こんな景色を自分の目で見たい!」
そのころから「将来の夢は?」と聞かれると、「外国に行くこと」と答えるようになりました。そして私の中でむくむくと「外国への憧れ」が湧き起こってきたきっかけは、尚美堂のカレンダーと世界文学全集……だと思っていました。
ところが、昔のアルバムを整理しているうちに気づいたのは、父方の家族が代々海外留学していたことです。医師だった曽祖父は明治30年(1897年)から33年までドイツに留学していました。
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(曽祖父夫妻と長男である大伯父。ドイツに留学する大伯父の見送り? 大正時代の洋行の華やかさが感じられます)

同じく医師であった祖父は、英国留学に祖母と幼い息子たち(伯父と父)を同伴しています。
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(英国留学時代の祖父母と伯父。下宿先でしょうか?)
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(明治時代に留学していた曽祖父の影響か、長女だった祖母は「モダン」でした。昭和初期、祖父の留学に同行して帰国後に撮った写真らしいけれど、あまりのモダンさに圧倒されます)

父の兄である伯父の一家もアメリカで暮らしていましたし、父も母を伴ってアメリカに留学しました。父方の家系は欧米留学がマストだったのか? と思いたくなるほどです。私が「海外留学したい」と言い出したとき、両親はもちろん、祖父母も「女の子が一人で海外なんて」と反対するどころか、「ぜひ行け」と励ましてくれたのは、こういう家系だったからなのですね。
曽祖父はもちろん、祖父母から父母が留学した昭和30年代まで、外国には船で行くものでした。両親は幼かった私たちを母方の祖父母に預けて、夫婦2人だけでアメリカに2年間留学したのですが、当然のように船で1週間かけて太平洋を渡りました。神戸の港で、母の弟である叔父に肩車してもらい、船から投げられた紙テープを握ってデッキにいる両親を見送ったのを、おぼろげではありますが覚えています。
(アメリカに留学する両親を見送ったとき。親戚の女の子も一緒に写っています)
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(両親がアメリカに渡るとき、神戸の港まで見送りに行ったのをかすかに覚えています。甲板で写真を撮ったのは覚えていないのですが)

アメリカにいる両親からときおり送られてくるカードやプレゼントの人形や絵本や文房具や服が、日本ではまず見かけない彩り鮮やかでおしゃれなものばかりで、ああ、ガイコクはすごい、ガイコクに行けばこんなものであふれているんだと幼心に思った……と言えればいいのですが、実はそんなことはあまり考えませんでした。たとえ両親が滞在していたとしても、ガイコクはあまりにも遠い異世界で、子どもの頭ではとても想像が及ばなかった、というところでしょうか。
ただ唯一記憶に残っているのは、カードも含めてアメリカから送られてきたものには独特の匂いがしたことでした。私たち姉妹はそれを「ガイコクの匂い」と呼んでいたのですが、いったいあれは何のにおいだったのでしょう。日本の製品には決してないにおい。私にとっては、そのにおいこそがガイコクだったと思います。
その後、母方でも叔父がアメリカに留学し、母の妹夫婦も一家でアメリカに何年も暮らしました。海外から届く便りに、私の外国への憧れはかきたてられるばかり。世界文学全集をむさぼり読み、英語の習得にも力が入り、同級生が父親の転勤で海外に行くと聞くと激しい嫉妬にかられるほど。
いつか、日本ではないところに住んでみたい。ここではないどこかへ行きたい。高校生になるころには、その思いは単なる夢にとどまらず、「どうすれば実現できるか?」と必死に知恵をしぼる段階にまで至りました。
そして大学4年生でついに夢は実現し、フランスに1年間留学したのです。夢のような1年間でした。
でも、帰国したときにやっと気づいたこと、それは「洋行帰り」だけではどうしようもない、ということでした。外国に行って、何を得て、その経験や得たものをどう還元するのか。
曽祖父は、祖父母は、両親は、「洋行」をその後の人生にどう生かしたのでしょうか?
アルバムをめくりながら、問いかけています。