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南北を隔てる国境を越えるにはパスポート提示のみでオーケー68A8A8CE-0A06-479C-A057-B7636D08B5CD
今はモスクになっているかつてのカテドラル@レフコシャ
いま北キプロス・トルコ共和国の首都レフコシャにいます。首都は南北で分割されていて、南のキプロス共和国ではニコシアと呼ばれます。首都だけでなく、いたるところで地名が2つあってややこしい。
それも1970年代からの内戦で、たいして大きくもない島が南部はギリシャをバックにキプロス共和国が、北部はトルコをバックに北キプロス・トルコ共和国が支配しているからです。南にもいってみましたが、印象はだいぶ違いました。トルコ文化対ギリシャ(西欧)文化、といってもいいくらいかも。もっと言えば、北はなんだか荒涼、閑散としていて色がないのですが、南は色あざやかな印象です。

キプロス紛争は私が大学生のころから1980年代半ばまで続いていて、かなり記憶に新しいつもりだったのですが、今回初めて訪れて、紛争の傷跡みたいなものはあまり感じられませんでした。せいぜいグリーンベルトという「壁」があるくらい。でも、たったの数日で何がわかるか、と住民からは言われるでしょうね。
なぜにここにやってきたかというと、北キプロス代表がCONIFAのメンバーで、今年の年次総会が北キプロス主催でギルネ(キレニア)で開催されたからです。会議は1月5日から3日続いて7日、日曜に終わり、月曜の昨日は1日観光していました。たぶん、もう一度来るチャンスはないと思うと、紀元前から文明が栄えたというこの島を見ておかないわけにはいきません。といっても、1日ではたいしたところは見られませんでしたが、何となく感じたのは、島が古代よりさまざまな文明の支配・影響を受けて、何層にも積み重なった独特の文明を築いてきたのではないか、ということです。
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北のこういうハゲ山が続きます


キリスト教とイスラム教も混じりあっていて、キリスト教の教会がモスクに改造(転用といったほうがいいかも)されているかと思えば、祈祷している人は少なくてやたらとバーとカジノやノミ屋がある、という。えーっと、飲酒や賭け事はムスリム禁止なんじゃなかったですか? 酒の看板もそこいらじゅうにあるし、がぶがぶウィスキーとかラキという強い酒を飲んでいるし。
今、キプロス島は観光を主産業に育てようと一生懸命だそうで、北と南の海岸にはリゾートホテルがばんばん建設されています。北キプロスにもトルコ人をはじめ(トルコパスポートは「国内」扱いで出入国できます)ドイツや東欧からの観光客が大勢つめかけているそうです(by北キプロス観光局)。私が宿泊したギルネのリゾートホテル「アカプルコ」にも、ドイツからの団体客(たぶん社員旅行)が宿泊してカジノとイベントを楽しんでいたみたいでした。

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海は
めちゃきれいです
 

今回のCONIFAの会議にはいろいろとサプライズがあったので、つぎのエントリーで書きますね。
これからERCAN(エルカン、エルジャン)空港まで行って、アンタルヤに飛ぶのでそろそろ準備をせねばなりません。アンタルヤの友人宅で2泊して日本に帰る予定です。