父は76歳まで現役で週5日8時間勤務(通勤に往復2時間)をしていたのですが、76歳をすぎたとき、いよいよ体がきつくなったのと、ポストを譲る後輩がようやく現れたことで(もっと早くに譲るはずだった後輩がお二人とも早くに亡くなられてしまった)、仕事から退きました。
 毎日父が家にいるようになると、母の不満は日に日に強くなり、毎日のように私に電話をかけてきて怒りをぶちまけていました。「お父さんがリビングに入ってくるなり、私が見ていたテレビの番組を勝手に変えた」「私が植えていた花を勝手に引っこ抜いて、自分が買ってきた球根を植えた」「私が風邪をひいて具合が悪いと言っているのに、夕飯はまだかとうるさい」……母の不満はどれも私には「そりゃ許せんね」というものばかりで、両親の喧嘩の仲裁に入ると、つい母の味方をして父に反省を促したものでした。
 ある日、母が私の前で宣言しました。「あなたはもう退職をして家にいることになった。家の中では私はあなたと同等です。あなたも家事も分担すべきだし、自分のことは自分でしてください」
 実は、父は器用な人で、それまでも自分のことは自分でかなりやっていて、母が数日間留守をしていても、炊事も掃除も苦もなくこなしていました。(洗濯はやらなかったが)どんなに多忙であっても、庭の手入れは欠かさなかったし、おしゃれな人だったので、自分の衣服は下着からスーツや普段着に到るまで、こまめに店を歩いて自分で気に入ったものを調達し、夏物や冬物の入れ替えなど衣服の管理もすべて自分で仕切っていました。父にしてみると、これまで自分のことは自分でやっているつもりだったのに、家にいるようになったら、なぜいきなり「自分のことは自分で! 家事を分担して」と言われるようになったのか、疑問だったらしい。でも、根が素直な人なので「わかった」と言って、その日から食事後の後片付けや風呂洗いなども黙々とやっていました。
 それでも母の不満は募るばかり。たぶん「夫在宅症候群」だったと思います。私もいっときその症候群にかかっていたので、よくよくわかります。存在しているだけでもうっとおしい、という感じ。
 それ以上に、夫(父)が家庭においても上下関係を持ち込もうとすることに、理不尽さを覚えたのだと思います。「家の中では対等です」という母の主張に、「なぜ命令されなくてはならないのか?」という憤りを感じました。
 これまでの生活で、日中ずっと不在だった夫が、ある日突然同居人として朝から晩まで在宅するばかりでなく、なんとこれまで自分(母や私のような主婦)が君臨していた家庭の主導権をいきなり奪いとって王様面する、ということに対する腹立ち。夫にはそのつもりがなくても、妻にしてみると、なんで会社と同じような上下関係を家庭に持ち込むんだ? と、その態度にふつふつと怒りが湧いてくる、のだと思います。少なくとも母も私もそうでした。
 家族の間には、強者と弱者という力関係が生じやすい、と思います。強者弱者という言い方がまずいのであれば、保護者と被保護者、守る立場と守られる立場。子どもが一人前になるまでは親は子どもを守るために、強い立場をとらざるを得ない。年老いてきたら、老いては子に従え、と子どもが上に立つかもしれません。
 でも、夫婦はどうなのでしょうか? 経済力、体力、能力にまさる方が主導権をとって強者となるのか? それとも生活力にまさる方が強者となるのか? かかあ天下、亭主関白、言い方に見られるように、どちらか「強い」ほうが、「弱い」ほうを守る義務を負っているのか? 弱いほうは守ってもらうことの引き換えに、強者になんらかの奉仕をするのか?
 いきなり夫婦から親子の関係に話が変わりますが、成人して家庭を持った子どもとは「対等」な関係でありたいと思っています。一応親子ではあっても、どちらかが上とか下とか、命令したり従属したり、そういう関係から自由でいたい。たとえ子どもでも「〜〜しなさい」と命令することは極力避けたいし、頼って当然と「〜〜して」と言われるのも困る。お互いのセーフティネットではありたいけれど、大人の友人同士の距離感を保ちたい。親子は友人ではないので、関係の質は異なりますが、それでもお互いをリスペクトする気持ちは忘れないでおきたい。
 そしてできれば 、夫婦の関係もそんな節度ある距離をとったものとし、家庭内主導権争いは避けたいし、「〜〜してもらって当然」と思わないようにしたい、と少なくとも私は思っているのですが、むずかしいかなあ。