半年ぶりに「わたしのからだ」を更新します。今回は「まぶた」の話です。
あ〜長らくあいてしまったので、以前に書いたものをそのままアップというわけにはいかず(からだに対する思いって変わりますからね)書き直しでアップします。

 次女が思春期まっただなかの中学生だったとき、何に悩まされたかというと「まぶたとバストの恨み」だった。
次女「なんで、なんで、私だけ家族の中で一重(まぶた)なの? もしかして私は産院で取り違えられたんじゃないの? ママもお姉ちゃんも二重なのに、なんで私だけ一重?」(たいてい最後は涙声)
私(うんざりしながら)「パパも一重だよ」
次女「パパは男だからいいのっ! それにパパは見た目を気にしないからいいのっ!」(パパだってちょっとは気にしてるよ、きっと。改善の努力をしていないだけで)
私「あなたは一重でもすごくかわいいよ。一重でいいじゃないの? それにあなたはママによく似ているわよ……まぶた以外」
次女「二重じゃなかったらかわいくなれないっ! 二重じゃないと、バカにされる!」
 ここまで読んだみなさんは、次女がなーんておばかちゃんなんだろう、なーんて幼いんだろう、と思われるだろう。私も中二女子のこのアホな嘆きが恥ずかしくて他人にはあまり言わなかったのだが、あるとき次女が通っている中学の保護者会で「最近、子どものことで悩んでいること」を話す時間に、一人のお母さんが手をあげて訴えたのだ。
「ウチの娘は毎朝、アイプチをつけるといって鏡の前で長時間にわたって悪戦苦闘しています。朝食を抜いても、遅刻しそうになっても、アイプチなんです。二重まぶたにしないと学校に行けない、とか言うので、もうバカバカしくて腹がたつのですが、もしかしてウチの子はどこかおかしいのでしょうか? みなさんのところはいかがですか?」
 すると親の間にどよめきが広がり「ウチもそう。まぶたにセロテープを貼って二重にしてから出かける」とか「ウチの子は定規で筋をつけたりしていて、目を傷つけないか心配なんです」と、二重まぶた狂騒の報告が出るわ出るわ!
 ちなみにアイプチeye puttiとは、イミュという会社から発売されている化粧品(?)で、糊状のものをまぶたの上に塗ってひだを作って端っこを張り合わせて二重にする、もしくはテープを貼ったりするものである。アイプチを使っていることがバレないように二重にすることはかなりむずかしい。ちなみに不器用な私には無理でした。
 もともと二重まぶたの私には、なぜに一重がそんなにいやなのかさっぱりわからなかった。私が二重なのは、父方の祖先が九州南端の出身で南方系の濃い顔立ちを受け継いだからだ。北方のモンゴロイド人種は、寒冷地で寒さに耐えるには眼球をさらけださないほうが有利だったために北東アジア地域に住んでいた人たちは一重になった、という説がある。要するに、私は父方の遺伝子の南方系の顔立ちを受け継いで二重まぶたになった、というわけだ。そう、二重か一重かはあくまでも遺伝で決まる。長女は私の父方の遺伝子を、次女は夫方の遺伝子を受け継いだ。

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現在の鹿児島県出身だった曽祖父。太い眉毛、くっきりとした二重が祖母→父→私へと受け継がれた

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一方、岡山出身の母方の親族はだいたいが一重まぶただ。母7歳、美少女だったが一重だ。
 
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同じく7歳の私。ちょっとわかりにくいけれど眉毛と目の形はあきらかに父方だ
 
 しかし、いったいいつからこれほどまでに二重まぶたに女子はこだわるようになったのか? 私が思春期だった1960年代には「二重まぶたでないと外が歩けない」ほどの強迫観念にとらわれていた女子は少なかった。少なくとも私のまわりにはいなかった。当時からセロテープを薄く切って貼るのをやっているおませな女子はいたけれど、それも男子とお出かけするときくらいで、学校に行くときにそんなことをやっているヒマはなかったように思う。そもそも一重か二重かについて悩む女子は少なかったのではないか? 私に似てくっきり二重だったせいか、長女はまぶたについて訴えることはほとんどなかった。
 一重を二重にする美容整形は1920年代からあったらしい。まぶたの上を切って貼り合わせる手術で、失敗するとまぶたが閉じなくなるリスクもあったとか。そういえば、1970年代に二重と隆鼻の整形をして目鼻立ちが西欧人っぽく変えたアイドルは結構いた。妙な目つきになったアイドルがテレビに映ると「あ、整形の失敗?」とか女子仲間で話していた。
 1980年代後半に美容整形術は進化をとげ、二重にする程度なら「プチ整形」と呼ばれて、安く簡単にできるようになった。それにバブルのころは、とにかく明るく前向きで、すっきりはきはきしていて、何より都会的であることに価値が置かれていた。そう、アメリカのチアガールみたいな容姿と明るさが理想だったのだ。そんな時代の風潮にあって、一重まぶたはもっさりと田舎くさい(というか日本人っぽい)印象を与えると受け止められたのではないか。自分の容貌に自信を持ち、ネクラから脱するために、プチ整形で思い切って二重にすることは「女子の心得」みたいに思われていた。いや、私も思っていたかも。1954年生まれの私でさえも、バブル期にちらっと美容整形を考えたくらいだ。ワンランク・アップするためには、やっぱり外見を少し変えないととか思ったりして。結局、痛いのがいやでやめたのだけれど。(ちなみに考えたのは「永久脱毛」でした)
 今はどうなっているのだろう、と「二重まぶた」で検索をかけたら、まあ、ここまでですかぁ〜〜〜?!というくらい大量の「二重まぶたにしましょう」情報が出てくる。二重バブルはまだ終わっていないのだ。
 そこで見つけたのだけれど、歳をとれば一重の人も二重になることが(よく)あるそうだ。次女に言ったら「今の私は長年の努力のかいあって二重なの!」といきなりキレられた。「それに歳をとって垂れ下がって二重になるんじゃなくて、くっきりとした二重になりたいのよ。そこがわからない?」といっそうキレられた。
 教訓:一重の人にまぶたの話は禁句!