今年の夏は各地で40度超えが7月から続き、熱中症で亡くなられた方も少なからずおられ、暑さをはじめとする異常気象が引き起こすさまざまな災害が報告されました。
 世界中で酷暑だったようで、パリに住んでいる友人たちは「去年に引き続き40度超え。クーラー欲しい」と言っていたし、スウェーデン中部の友人たちは「こちらも35度を超える日々。蚊とか虫が大発生」とか言ってきました。つまり、異常気象は地球全体で起こっているのです。
 日本ばかりでなく、世界各地で頻発する大雨による洪水、大規模浸水、台風やハリケーンによる被害、いずれも地球温暖化が引き起こしています。つまり「人災」です。
 これから地球環境はどうなってしまうのか? 温暖化による自然災害は増えるのではないか? そんな思いで手に取ったのが、ナオミ・クラインの『これがすべてを変える 資本主義vs気候変動』(岩波書店)でした。
 衝撃でした。「異常気象と言っているけれど、もはやこの暑さは異常ではなく常態化しているし、このままもっとひどくなっていく」と思っていたことを、豊富なデータによって「そうその通りです。地球規模で起こっている気候変動です」と現実として突きつけてきました。
 温暖化を引き起こしている原因は化石燃料を過剰に使用しているためで、何のために化石燃料を使っているかというと、何万年も前に死んだ動植物を掘り出すだけの安価な資源をエネルギーにして、「便利で快適な暮らし」こそ追求すべきものという価値観が私たちに植え付けられてしまっているからです。でも化石だけでなく、すべての地球の資源は有限です。地球の人口全員が一律に、「便利で快適な暮らし」を競争で追求していけば、早晩枯渇するのは目に見えています。
 しかもその価値観を信奉する持てる者(わずか1%の勝ち組富豪)がその他99%の生活などをかえりみず、資源も富も独占していったらどうなるか。
 そこまでの現状と未来は、たぶんナオミ・クライン以外の書き手も「ディストピア」として描いていると思います。
 しかしナオミ・クラインはそこで立ち止まらない。ディストピアをユートピアとは言わないまでも、この先の未来を少しでも明るくするためにはどうしたらいいか、ということを単なる理想としてではなく語るのです。今こそみんなで団結して「このままではいけない」と立ち上がり、搾取と格差の上に成り立っている新自由主義市場の論理をくつがえし、自分が生きている場所と人々、つまりコミュニティの力を取り戻すことだ。そしてそのために立ち上がった人たちのパワーを、考え方を、行動をルポルタージュとして読ませてくれます。
 行き過ぎたグローバリズム、市場に任せておくのが一番いいとする新自由主義の考え方、そして資本主義そのものを「これでいいのか?」と見直すこと。そして隣の人と、どうすれば持続可能な社会に、環境に、地球にしていけるかを真剣に話し合うこと。
 気象と地球環境を専門とするジャーナリストであり、自分の子どもが生き延びられる自然環境と社会を与えたいと願う母親であり、そのために行動を起こす活動家であるナオミ・クラインは、気象の変動が引き起こしているさまざまな問題の前に立ちすくむしかない私には、一つの指標を示してくれます。私に何ができるか? 私は何をしたらいいのか? 「暑いねー!」とつぶやく前にやること。それは隣の人と話し、政治家や企業にやめてほしいことやってほしいことを訴えることではないか。
 
 ナオミ・クラインを一躍有名にした『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体』はもっと衝撃だったので、それについては後日書きます。
  
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