9月5日(水)にパナスタで行われた準々決勝第1戦が0−4の惨敗だったので、9割方横浜FMの準決勝進出が決定していたのですが、前もってチケットを購入していたこともあり、日産スタジアムに第2戦観戦にいってきました。
前半10分ほどであっさりサイドから崩されて失点。デジャヴなそのシーン、えーっとどこで見たんだっけなあと記憶を辿ったら、なんだ、第1戦の1失点目とおんなじではないですか! 
2失点目はPK。同じくガンバから見て左サイドを崩され、GK鈴木が飛び出してエリア内で潰したので、これは文句なしのPK。
3点目は伊藤翔。伊藤翔、以前に対戦したときよりもはるかに威力を増した感じがします。それともガンバがあまりに弱体化したせいでそう見えるだけ? まあね、大学生にも負けるくらいですもんね。J1チームには勝てなくて、それどころか翻弄されても当然かも。
3失点目は遠藤のペナルティエリア前での安易なボールロストだからミスパスだかから始まったばたばたでした。失点こそ3点ですみましたが、8点くらい入れられてもおかしくなかったです。ガンバの「あ、惜しい!」というシーンは2回くらい? いずれもアデミウソンの犯罪的な外しでしたが、まあね、アデミウソンだからしかたない。
結論は、J3あがりの若手チームだろうが、1軍だろうが関係ないってことです。ガンバの現状は笑えないくらいひどい。監督交代、怪我からの復帰、などショック療法でなんとかつないでも、現状は変わらない。一生懸命必死にやっていることは痛いほど伝わってくるけれど、一生懸命なだけではチームは救えないです。むしろ、選手や監督の必死さが伝わるほど、チームとして弱体化衰退化の一途をたどっていることがあらわになってしまう。
何が問題なのだろう? どうしてここまで弱体化したのだろう? という疑問の答えは、おそらく(絶望状態にある)ガンバサポなら答えをあげることができるのではないでしょうか。それでも「いまさらしかたない」「打つ手は全部打った」「あとは現場がなんとかしてくれるはず」とクラブは腕組みをして立ちすくんでいるだけでよいのか。それでは選手たちが、宮本監督が、いや現場のスタッフ全員にあまりに酷ではないか。
あくまで試合会場の雰囲気から推測しているだけなのですが、ガンバ大阪というクラブは、前向きにオープンでないところがあるような気がします。かつての「成功体験」に固執しているのか(固執できるほどの成功体験か、と苦笑してしまうのですが)、変革に及び腰で、しかも変革のためのアイデアが乏しい。変革しなくてはならないとも思っていないし、変革のためのアイデアをほかのところに求めたりしない。「あのときはこれで乗り切ったから」とか「この選手・監督に任せておけばなんとかしてくれるだろう」とか、そういう安易な、根拠レスな「希望」でお茶をにごしてしまう。
それはなにもガンバに限ったことではなく、日本社会全体に言えることだと思います。社会は様々な側面で日々(ほんと日々、ですよ。年々、でも、月々でもなく1日単位)変わっていっています。変化に対応するだけでなく、先を読んで先手を打っていくことが必要なのだけれど、1つ成し遂げたところで立ち止まり、つぎに進むことを忘れてしまう。「自前のスタジアムを持つ」という「偉業」を達成したところで、そのあとスタジアムをどう使っていけば、ガンバ大阪というクラブの発展につながるのか、そこのところのアイデアがない。そして「昇格即3冠」で自己満足にひたって、4年もたたないうちにまたもや降格の危機。
「成功体験」はとても貴重だ、ということはよくわかります。でも優勝したその日は喜んでいいけれど、翌日にはきっぱりと忘れて次のステップを考えないと変化のスピードにはとてもついていけない、と思います。
私は1年前からガンバ大阪に「絶望」してしまっているのですが、絶望して投げ捨てる気には全くなりません。むしろ絶望しているからこそ、きっと道があるはずだ、とさえ思って探しています。最近傾倒している作家、レベッカ・ソルニットが『暗闇の中の希望』で書いている「絶望は希望につながる」という一節が、まさに私の今の心境なので、引用します。(社会活動家でもあるソルニットはまさか1サッカークラブのことで、自分の作品が引用されるとは思ってもみないでしょうが)
「やみくもに希望をもつことは、のっぺらぼうな壁の前に立って、扉が開くのをじっと待っているようなもの。扉が近くにあっても、やみくもな希望が邪魔をして、扉を探そうともしない。このような状況では、絶望してこそ、良い結果が期待できるのであり、閉塞状態にNOと言い、壁に背を向けることもできるのだ。ある制度、ある場所に絶望すれば、ほかの道を探しに出かけたり、扉を探したり、あるいは扉を作ることもできる」
やみくもな希望とは、以下のようなことです。「ガンバほどのクラブがまた降格するはずがない。きっと残留できるだろう」「監督を変えたら、強力なFWを(CBを、ボランチを)獲得すれば、きっとチームはまたうまくいくだろう」「○○ほどのベテランに任せておけばきっとなんとかしてくれる」
クラブのみなさん、「やみくもな希望」を捨ててまずは「絶望」し、ほかの扉を探すか作るかしてください。本物の希望は、まず絶望してから生まれるのです。

 ガンバが新しく生まれ変わること、もっと魅力的なガンバになることを、心底願っています。願うだけではなく、何かできることはないかと真剣に考えています。