2017年に次女が結婚して以来、夫と2人暮らしになりました。また2017年は両親が30年間暮らした実家を売却するために、妹と2人でひたすら片付けをした1年でした。
この2つの出来事を契機に、私は「これから死ぬまでどこで暮らすか?」を真剣に考えるようになりました。
人生100年時代です。2017年に日本の100歳以上は7万6千人あまり。これからもっと増えそうです。正直、私は85歳くらいで死にたいけれど、寿命ばかりは自分で勝手に決められません。
父は医師で、健康にとても気を使っていたし、最後まで頭はクリアで元気でしたが、亡くなる8ヶ月前に肺がんと宣告されました。そのとき父が深々とため息をついて「がんにでもならんと、死ねん時代がきたなあ」と言っていたのが忘れられません。父は結局ぎりぎりまで自宅で普通に生活していたし、最後まで意識はしっかりしていたから皆さんにお別れも言えたし、ある意味理想的な最期だったと言えるかもしれません。
それに父は要支援2で自宅で生活していましたが、それは母や娘たちが生活を支援していたからです。一人暮らしをしたことがなく、父ほど健康管理に気を使わず、とくに運動習慣を身につけていなかった母は、「階段の昇降ができなくなった。家事が億劫で料理をつくる気力がない。広い家で一人でいると怖い」と父の死後すぐに介護付き高齢者住宅に引っ越しました。
母が引っ越してから実家は1年半放置していたのですが、ご近所に迷惑がかかることが懸念されて、いよいよ売却を決意。2017年は妹と2人で東京から関西に通いながら実家の片付けをしました。
そのときにつくづく思ったのが「人生100年時代を覚悟して、60代からは人生第三期にどこに住むか、どう暮らすかを視野に入れて、後仕舞を始めなくてなならない」ということでした。(生まれてから自立するまでを第一期、経済的・社会的に自立して生産活動を行える第二期、公的私的支援を受けつつ人生を終えるまでを第三期とする)
後仕舞、つまりそれまでの人生に区切りをつけるために整理をすること、です。どれだけ健康に気を配って体を鍛えても、75歳を過ぎたらそれまでと同じペースで働き消費するわけにはいきません。体力や気力が衰えてからでは後仕舞には遅すぎる。それまでの生き方を少しずつ変えていくこと。生産消費活動から、選択整理活動へと切り替えていくこと。それがたいせつなのではないか、と思い始めています。
第三期にどこで暮らすか、についての結論はまだ出ていないのですが、さほど遠くない将来にやってくる第三期をいよいよ迎えたときのために、いま私が取り組んでいるのが「断捨離」と「リフォーム」と「筋トレ」です。
まずはキッチンからスタートし、クローゼット(衣服)、仕事部屋(本と資料)と進めて、1年で「いつ第三期が来ても大丈夫」にしたい、と思っています。テーマは「明日死んでも悔いなし、恥なし」。それくらいのつもりで生活する時期が来たのかなあ、と思うと、ちょっと寂しいような、清々しいような。
そんな私の参考書はこれ↓
『住まいで「老活」』 安楽玲子著 岩波新書
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老後の生活に必要な第一歩は「整理整頓」そして椅子と座り方の見直しからだなあ、とあらためて思いましたよ。