正月から大傑作に出会ってしまいました。
映画「パッドマン〜5億人の女性を救った男」
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インド映画らしく、歌あり笑いありですが、内容は実話に基づいた非常にまじめな社会派映画です。私好みで、じーんと感動しました。この映画のことを教えてくれたパキスタン・南インド通のミキッチ(CONIFA応援隊)に感謝です。
舞台はインドの小さな村。熱々の新婚生活を送っていたラクシュミさんは、妻が生理が来ると屋外で就寝し、汚い雑巾のような布をあてて手当し、その布を隠して干しているのを見咎めます。
「そんな汚い布を使っていては病気になるよ」というと、妻は「恥ずかしいから二度とその話はしないで」とまったく取り合わず。
とても気になったラクシュミさんは薬屋で生理ナプキンを買おうとします。ところがわずか10枚入っているナプキンが55ルピーという高額!(1ルピー=1.5円だから82.5円。でもインドの物価からすると、デリー(大都会)で冷たい飲み物が11杯飲めるだけの金額だと字幕翻訳でアジア映画研究者の松崎環さんは書いていらっしゃいます)友達に借金してまで買い求めたナプキンを、でも妻は「そんな高いものやめて、すぐに返してきて」とまたもや拒絶するのですが、返品はできず。
仕方なくラクシュミさんは、ポケットにナプキンを隠したまま出勤。金物修理工場で働くラクシュミさんは、ある日工場で怪我をした同僚を介抱するとき、ナプキンを出血箇所に当てて応急処置をし、医者のところに運びます。医者から「いい処置だった。もし汚い布を当てていたら、腕を切り落とさなくてはならないところだった」と言います。そして「汚い布で感染症にかかり、不妊になったりときには命を落とす女性があとをたたない。もっとナプキンが普及しないことには、インドの貧しい女性たちは病気から逃れられない」という医師の言葉に衝撃を受けたラクシュミさんは「なんとかもっと安いナプキンが作れないだろうか?」と自ら試作することに。
綿や布地をただで分けてもらって作ったナプキンを妻に渡し、説得を重ねて試用してもらうのですが、「まったく使えなかった」という感想にがっかり。
そこからまるで取り憑かれたようにナプキン作りに励むラクシュミさんは、周囲の、特に女性たちから変態扱いされ、ついには母や姉妹たちは家を出ていき、妻も実家に帰されてしまいます。
ラクシュミさん、がっくり落ち込みますが、ナプキン作りは諦めません。村を出て、工科大学の先生の門をたたき「知識を分けてください」と先生の家に住み込みで働くことにしますが、いっこうに「知識」は分けられません。やがて工科大学の先生は見かねて「この機械を買えばいいじゃないか」と何千ドルもする機械の写真をネットで見せます。じっと機械を眺めたラクシュミさん「何千ドルもの機械は買えないし、それで作って高いナプキンを売ることが自分の望みではない。それなら自作します!」と教授の家を出て小さな村のぼろぼろの小屋に転がりこみ、高利貸しにお金を借りてごくシンプルなナプキン製造機を作ってしまうのです。
 でもどうやって女性たちに使ってもらったらいいのか? 悩むラクシュミさんに、救いの女神が現れます。ふとした偶然で出会って自作のナプキンを使ってもらった女性、パリーさんです。パリーさん、大都会育ちで、MBAをとって外資系企業に一発で採用されるほどの才媛。ラクシュミさんのナプキン製造機を見て感動し、発明コンテストへの出品を決めます。コンテストで見事20万ルピーの賞金を獲得したラクシュミさんに「機械の特許をとって大企業に売りなさい」と勧めるのですが、ラクシュミさんは「金儲けが自分の目的ではない。安価なナプキンで女性の生活向上をはかりたい」と断ります。その心意気に感じたパリーさん、自ら村を回ってナプキンを販売してまわり、そのうち機械の特許をとらせて今度は女性たち自身にナプキン製造工場を任せてナプキン普及率を高める、というアイデアの実行にも携わります。
 ついには国連に招かれて演説することになったラクシュミさん。通訳を断り、英検3、4級程度の英語力で感動的なスピーチをするのです。ここで私は泣いてしまいました、感動のあまり。
「お金が稼げるようになると、もっと稼いで、もっと大きな家がほしいと思うでしょう。もっともっともっと、と際限がない。でも、大きな家に住んで笑顔になるのはお金を稼いだ人だけ。ラクシュミはお金がない。でもみんなを笑顔にしたい。お金がなくて笑顔にするにはどうしたらいいか。考えます。一生懸命考えます。そこから発明が生まれます」
 ううう、泣ける。
 この映画はサクセスストーリーです。でも、貧乏で教育もない人が、発明によってお金が儲かって、有名になったという「成功物語」ではありません。
何が成功なのか。弱い立場に置かれている女性たちを「社会通念」という縄でがんじがらめに縛り上げ、健康とか教育とか自由とかいう基本的人権を奪ってしまうことに対し、「それはおかしい」とインド社会に気付かせたこと。社会通念(生理は穢れ、とても恥ずかしいこと、ナプキンは金持ちのもの、女性の生活を向上させるものは高額で当然)が貧しさを生んでいることに気付かせたこと。お金がないことが貧しさではないのです。ものがないことが貧しいことでもない。男性も女性も健康で自由に生きていけるシステムがないことこそ、貧しさを生むし、それが不幸な貧しさなのです。
 ラクシュミさんにはモデルがいます。アルナーチャラム・ムルガナンダムさん。南インドの機織り職人の家に生まれ、父親が幼いときに亡くなったために貧困の中で育ったそうです。お母さんが農園労働者として働き、彼を学校に通わせてくれたけれど、それも14歳になるまで。それからはさまざまな職を転々として生計を立てたとか。26歳のときに結婚した妻により、女性の生理の実態を知った彼はナプキン作りに打ち込み、ついに簡易ナプキン製造機を発明。女性の自助グループに機械を売って、女性たちの自立を援助していきました。社会企業家です。そう、私の憧れの社会企業家。
 映画が終わってロビーに出てきたとき、中年男性たちが「いやー、おもしろかったね」と話をしていました。「インドって遅れてるんですねー」と言ってましたが、いやいやいやいや、インドだけではない。日本だってものすごく遅れていますよ。女性の生理がどのようなものか知っている男性がいったいどれくらいいるでしょうか? 生理が恥ずかしいとか、女性の弱点だとか、そう思っている女性はどれくらいいるでしょうか? 
 日本ではナプキン普及率が18%ということはないけれど、女性の生理(もしくは更年期)についての基本的な知識を持ち、女性の身体を尊重する男性の比率は18%もいっていないと思います。
 映画を紹介してくれたミキッチに最初に「教育は大事」とか感想をメールしたのですが、一晩考えてそれは違うと思いました。
 たいせつなのは「考えること」。これはおかしいと思う感性を育み、それならどうしたらいいかを考えること。女性の身体、男女の関係、だけでなく、お金を稼ぐこと、仕事のこと、働き方、全部つなげて自分のこととして考えること。それがみんなを笑顔にする社会へと変えていく第一歩なのだ、と思います。