先日、書道教室の友人たちと性格の話をしていて言われたこと。
「元子さんはしっかりしているようで抜けている」
これはわかる。自分でも自覚しているから。詰めが甘いんですよね。ちゃんとしっかり締めていこう、と緊張してがんばるときほど、肝心なところで抜けてしまう。力が入ると、ぽかをする。うーん、この性格は子供のころから。
でも、つぎの一言は意外だった。
「元子さんは負けん気が強い」
え? 私、どちらかと言えば、競争意識が低いと思っていたんだけれど、自分では。ち、ちがうの? 
勝負事で負けても平気か、と言われたら、そりゃおもしろくない。でも、そもそも賭け事とか、ゲームとか、ものすごく苦手だからやらないんですよね。勝負事が嫌いだし、勝負魂がないから粘らない。で、負ける。麻雀、ポーカー、ブラックジャック、将棋、どれもやるにはやるけれど、やれば負ける。負けるから好きじゃないのか。好きじゃないからうまくなろうという努力をしなくて、だから負けるのか。とにかく負ける。でも、負けて楽しい平気なんて人、いる? 負けん気が強ければ、そこで勝てるようにがんばると思うんだけれど、私はがんばらない。
スポーツでも、勝てないとめちゃくちゃ気分が悪い。でも、まあ好きだからがんばる。でも、がんばっても負ける。負けて、気分悪くて、ストレスいっぱい。
でも、私が負けん気が強いと言われるのはたぶんそういうことじゃないんだと思う。仕事とか書道とかはもちろん、そのほかもろもろ生活全般、実にくだらないところに、私にはむきになって勝負をかけてしまうところがある。そういうところを見て「負けん気が強い」と言われるのかも。
ただ私が勝負をかける場面は、たいがいくだらない。たとえば、一緒にテーブルを囲んだ人たちの中で一番たくさん食べ、一番酒を飲む人になりたい、とか思って無理して食べて飲んでしまったりする。「食が細いんですね」とか言われると負けた気分になるからだ。健康診断の数値が同じ年齢の人たちのなかでトップでいたいと切実に思って、健康診断の前はストイックに食事療法と運動を励んだりする。
誰、と特定できる誰かに勝ちたいのではない。特定のライバルがいれば、その人を抜いたらそこで勝負が終わるはずなんだけれど、特定の人を想定した勝負ではないので「勝った!」という満足感はない。たぶん、私にとっては「勝つ」ことよりも、「よかった、負けなかった」と安心することがたいせつなのだと思う。
でも、それって負けん気が強い性格なのだろうか?
ちょっとちがうような気がするんだよね。
64年も生きてきて、負けん気が強いって初めて言われたので、ちょっと書いてみました。
ところで、負けん気が強いって、褒められたのかなあ?