2月3日(日) 
ポーランド・ユダヤ人博物館見学というやや重いテーマを追いかけた前日だったので、午前中は少しゆっくりしてから、レギア・ワルシャワのスタジアム見学に出かけました。ポーランド・リーグは現在中断期間中。残念ながら試合観戦はかなわなかったのですが、クラブの歴史を紹介する展示を観ていると、同行者が「実川さん! スタジアムツアーがあるそうです!」と走って呼びにきてくれました。
大急ぎでチケット(一人、20ズウォチ=600円)を買って、お兄さんが案内してくれるツアーに参加しました。男の子を連れたお父さん、おそらくレギア・ワルシャワのファンであるお兄さん、そして私たちでツアーに出発。まずはエレベーターで4階まであがって、最上階のメディア席と貴賓席からスタジアム全貌を眺めると同時に、隣に立つ練習場(冬場は屋根に覆われています)を見ました。
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(レギア・ワルシャワのスタジアムは31000人収容のスタジアム。吹田スタジアムよりちょっと小さい。年間60試合が行われるそうです)

1階ずつおりていきながら、ゴールドサポーター、シルバーサポーターの席に座ったりして、最後はピッチへ。そして記者会見場で監督のまねっこをして撮影会。最後に選手ロッカールームとクラブのレジェンドの写真がずらりとはられたミックスゾーンを見学してツアー終了。感想は、ポーランドリーグで最多優勝を誇り、サポーターの数も一番多い(案内してくれたお兄さんの弁)クラブにふさわしい立派なスタジアムだなあ、です。吹田スタジアムも歴史を経てこんな感じになるといいなあ〜。
スタジアムの隣にあるワジェンキ公園でショパン像を見てから帰ろうということになり、だらだら歩いていくうちに寒さが身にしみて、公園での散歩を楽しむというよりも、トイレを探すほうに力点が置かれてしまい、ついに入場料を支払ってベルヴェデーレ宮殿のトイレに飛び込むことになりました。ポーランド最後の王様で、ロシアのエカテリーナ女帝の愛人だったスタニスワフ・アウグスト・ポニャトフスキ(在位1764年〜95年)が夏季の別荘とし、文化人や知識人を集めてもてなしたとされる宮殿です。そりゃ美しいけれど、レプリカの彫像が雑多に並べられた広間にはあまり感動できず、そそくさと失礼しました。ショパン像も「見たぞー!」というだけで終わってしまった。すみません、フレデリック。

いったん宿泊しているアパートメントホテルまで帰って、夕方からのバレエ鑑賞にそなえました。
ワルシャワ国立オペラバレエ団には日本人が7人も所属しているそうです。そのうちプリンシパルが2人。すばらしい!
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演目は「椿姫」。この日主役をはったのはロシア人のChihara Alizade。Yuka Ebiharaさんでなくてちょっとだけ残念だったけれど、Chiharaさんもすばらしかった! ショパンのピアノコンチェルトにのせた踊りはただただ美しかった。あっという間の3時間で堪能しました。街ではそれまでまったく出会わなかった日本人にここで何人か出会って、そうか、日本ではバレエへの関心は高いんだなと思いました。
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2月4日(月)
朝8時25分ワルシャワ中央駅発の列車でグダンスクへ。ポルトガル鉄道体験はこれで3回目。前の2回には危うく乗りそこねるかも、という不安があったのですが、さすがにもう乗り方がわかりましたね。
 やってきた列車はプレミアム・トレイン。日本の新幹線よりも設備が充実していて、USBや電源や照明も整っていて、おまけに「無料でお茶やコーヒーが配られる!!」。最初、まさか無料とは思わず、「いりません」とかワゴンを押してきたお姉さんに堂々と断ったのだけれど、無料と知って満面の笑み。ブログを更新しているうちに3時間弱で無事グダンスクに到着しました。
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(気持ちのよく機能的設備を誇るプレミアム・トレインですが、価格はワルシャワ〜グダンスク320キロが3300円ほど。安いわー)

ポーランドに二週間滞在中に、晴れたのは3日くらいでしたが、運良くその1日がグダンスクにあたりました。運河沿いの散歩道も気持ちよく歩けたし、グダンスクに行った一番の目的である「連帯・ヨーロッパセンター」まで20分ほどを、旧市街を通り抜けて観光しながら歩けました。
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センターはグダンスクのレーニン造船所跡に2014年にオープンしました。ワルシャワでガイドをしてくださったアンナさんに「グダンスクでは何をしたらいいかしら?」と聞いたら、「連帯博物館!(正式名称は連帯ヨーロッパセンターなのですが、連帯博物館というのがぴったりです)」と即答だったので、その時点で一番の目的となったのでした。そしてオススメ通り、興味深いことこの上もない充実の内容でした。
1970年12月16日、食料品の突然の値上げ宣告に端を発してグダンスクの造船所の労働者たちがストライキに突入。周辺の企業の労働者も同調したところで、警察隊、そして正規軍が発砲したことで暴動への発展して何人も犠牲者が出ました。当局の発表で28人。でもそれ以上の犠牲者が出たことはまちがいない、ということです。犠牲者たちのメモリアルとして、博物館の前には大きなモニュメントが建てられ、かたわらに立つ壁には労働者たちが歩んできた軌跡が紹介されていました。
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社会主義国でのストライキはありえないし、ソ連が軍を送り込んでチェコの二の舞になるのではないか、と不安が高まりましたが、このときは政府が労働者を力で抑え込みました。しかし社会主義政権下の経済が破綻しているいことはあきらかで、国民の生活は非常に苦しく、不満は高まっていきました。
1980年7月、またもや食肉の突然の値上げがきっかけで、グダンスクのレーニン造船所でストライキが始まります。主導したのは、若き電気工のレフ・ワレサ。ワレサたち労働組合の幹部ははやる労働者たちをなだめつつ、ストライキ権の保障、表現出版の自由などの項目をあげて政府と粘り強く交渉し、ついに要求を通して「本物の自由、本物の権利」を勝ち取るのです。全21項目をすべて認めさせ、真の労働組合tになったことを労働者たちに伝えたワレサの演説のビデオを大画面で見て、私は危うく感動で泣いてしまいそうになりました。何回もテレビのドキュメンタリー番組で見てきたはずなのに、1970年からの民衆の抑圧された生活を辿って見てきたところでの、ワレサのシンプルな言葉で伝える演説には、力があった。平日にもかかわらず、大型バスでどうやらポーランドだけでなく欧州各地から大勢の人たちが見学にやってきているのもわかる気がしました。
でも「勝利」はその後の不断の努力がなくては続きません。ソ連の崩壊、壁の崩壊、中東欧諸国の民主化へと時代はなだれをうって変化するのですが、その中で「連帯」はその精神をどう実現していくのか、ずっと模索を続けます。現在にいたるまで、1980年に連帯が勝ち取った自由や権利は、多くの犠牲を出しながら、必死に追求されている、、、という内容でした。
連帯博物館の扉には「Europe starts here」というプレートがはってあります。その言葉が実感を持って響いてきました。
そして博物館からトラムに乗って、グダンスクのスタジアム、PGEアリーナグダンスクにも足を伸ばしました。これで4都市のスタジアム見物を成し遂げたってことで。
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(ちょうど夕陽が沈むときで、スタジアムが美しく輝いていました。ここも2012年EUROに合わせて新設されたスタジアムです)

この日はポーランドに来て一番のご馳走に舌鼓を打ったのですが、それについては「ポーランドで食べたもの」の中で書くつもりです。