我が家にホームステイしている18歳男子が毎日挨拶のように私に「何か手伝うことある?」と聞いてくれます。とてもありがたいのだけれど、そのたびに笑顔で「ないよ! 大丈夫」と答えてすでに2ヶ月。1回だけ「それじゃ自分の部屋の掃除をしてくれるかな?」と言ったら、「いやいや、そういうことじゃなく、お手伝いです」という(あ、日本語で言ったので、もしかしたら伝えたい意図は本人が思ったものとちがったかもしれない)。そのとき、大人気なくイラっとしたのだけれど、なんでいらついたのかとあとで振り返ってはっと気づきました。
夫と同じことを言ったからだわ。
夫は私がキッチンで料理したり片付けたりしていると、必ず顔をのぞかせて「何か手伝おうか?」と聞いてきます。精神的に余裕があるときには「そうだねーーー(夫ができそうなことを必死に考えている間がある)、それじゃいんげんの筋をとってもらおうかな」とか言えるのだけれど、余裕がないときには「ないっ!」と怒鳴るように答えて、夫はすごすごとスマホ凝視に戻る、と。それが40年以上我が家で繰り返されてきた「会話」です。(スマホの前はパソコンでした)
年末に私が忙しくおせちを作っているときに、夫はずーっとスマホを見て3時間くらい居間に座りこんでいて、私が居間をのぞくとあわてたように飛び上がって、「何か手伝おうか?」と言うので「それじゃ自分の部屋の掃除をして!」と返すと、「いや、そういうことじゃなく、手伝いがしたいんだよ」と言うのです。それが毎年年末に繰り返される。
自分の部屋の掃除をすることが、なんでそんなにいやなんだ? でもって、あなたの考える「お手伝い」ってなんだ?
いやね、彼らの考えていることは透けて見えているんです。自分の部屋の掃除はやっても誰も褒めてくれないけれど、いんげんの筋をとるとか買い物に行くと「ありがとう」と言ってもらえる、だから「お手伝い」がしたい。気持ちに余裕があるときはそれも鷹揚に受け流せるのだけれど、余裕がないときには「お手伝い」の言葉を聞いた瞬間に腹立ちスイッチがオン!
あのね、私はね、15歳以上の家族に「お手伝い」はしてほしくないの。
お手伝いは15歳までに終わらせてほしいの。
そもそも「お手伝い」っていい方が、家事は自分には関係ないこと、自分は家事なんかよりもっとたいせつなことをやる人間なんだ、という意識が透けて見えて気分悪い。「考えすぎだ、ひがんでる」といわれるでしょう。でもね、ひたすら家事をやっている人間からすると、「家事を手伝う」という言葉を聞いたとたんに苛立つんですよ。そこに家事蔑視を感じて。
15歳以上の人は、家事従事者の指示通りに動いて「よくできたね〜助かったわ〜」というご褒美がもらえる「お手伝い」は卒業してほしい。家事も自分のやるべきことと肝に銘じて、責任をもって家事をになってほしい。まずは自分の部屋の掃除と自分の衣類の洗濯から収納までだ。
自分のことを自分でやったあとに、いま必要とされている家事を自分で見つけて動いてほしい。たとえば夕方になったら「洗濯物取り込んでおくね」と洗濯カゴを持って物干しに行く。自分の部屋の掃除が終わったら「階段もついでに掃除機かけておくね」とかやってほしい。キッチンをのぞいてたまねぎがごろんと調理台に転がっていれば、「ハンバーグ作るのかな? それじゃたまねぎ、みじん切りにしようか?」とか言ってほしい。これは相当に高度な要望だと言われるでしょうが、たまねぎのみじん切り以外は15歳以下でもできることだと私は思います。
前にも書いたように、我が家にホームステイしていた人たちで、家事経験がある人たち(たいていは女性)は滞在のしょっぱなから、食事が終わったら食器をシンクまで運んで「お母さん(と呼ばれている私)、この食器は食器洗い機に入れられますか?」とか「洗濯物は自分で洗いたいので洗濯機の使い方を教えてください」とか「朝ごはんはトーストと紅茶だけと決めていて自分で用意するので心配しないでください」と言って、ちゃっちゃかやってくれるのでほんと楽でした。そういう人たちの口から「お手伝いをしましょうか?」という言葉を聞いたことがなかったけれど、いや、聞いたことがなかったからか、こと家事に関してはストレスはありませんでした。
15歳で「お手伝い」を卒業するためには、それまでに家事経験をある程度積んでおかねばならないし、もう一つ、家庭で家事をする大人のやることをよく観察する必要がある、というのが、これまでの経験からえた私の結論です。
「お手伝い」で終わっていては家事は永遠に身につきません。家事従事者にとっては「お手伝い」しかできない人に、何かしらできそうな「お手伝い」を頼むこと自体がストレスになるんです。お手伝いが自慢になるのは15歳まで。それ以上の年齢で「家事を手伝っている」という人は、それがまったく自慢にはなってなくて、すごく恥ずかしいことだということに早く気づいてほしいです。