さて、心の残る青春映画、2000年からの5本をあげます。2001年、私は47歳でした。世界を大きく変えてしまった9.11は、私自身や家族たちの生き方にも大きな影響を与えました。それがなんだったのか、という検証はまだすんでいませんが、具体的には夫も私も仕事に大きな(マイナスの)影響があったし、娘たちが就職するときの選択肢にも影響しました。
20歳過ぎた大学生の娘とは、そのころよく一緒に映画や芝居を見たり、本やCDを交換したりしていましたが、ここで紹介する映画のうち3本は娘からの推薦です。

1)「ゴースト・ワールド」2001年
恵比寿ガーデンシネマで娘と一緒に観賞。同年代の少女二人が主人公だったためか、それとも少女のうちの1人、ソーラ・バーチ演じる少女のファッションが娘の趣味にずばっとはまったためか、娘はその後この映画を友人と見に行ってあまりに話が盛り上がったので、その後またいろいろと確認のために1人で見にいったそうです。
1980年生まれの長女は、90年代の女子高生ブームのときに女子高生でした。パンツが見えそうな短いスカートにルーズソックス、茶髪、ピアスあけまくり、もちろん化粧もしていました。(どんどん過激になる娘にはらはらいらいらしながらも、それならと対抗して私もやってみました。思い切って金髪に近い茶髪にし、ピアスを開けて、派手なファッションに挑戦し、ついに娘たちに「ママ、もうやめて〜〜〜。私もやめるから」と言わせるのに成功したわけです)
大学生になるとコギャルは卒業したものの、当時流行ったお嬢様ルックにはまったく乗れず、かといって好きなパンク・ファッションに走ることもできず、どのあたりに焦点を定めるかを試行錯誤していたところだったようです。そんなときに出会ったこの映画。高校を出てもつるんではみだしものをやっている少女2人が、ど不細工なオタクにからんでいくこの映画に娘がはまるのは必然だったのかもしれません。スカーレット・ヨハンセン演じる少女(美少女)がまともに就職して、正当化路線に進んでいくのに対し、オタク男を翻弄しながらまだ髪を緑に染め、ゴスロリみたいな服を着たりしているソーラ・バーチ演じる少女に自分を重ねていたのかも。中年のブサイクで不器用なオタク男(スティーブ・ブシェミ)を振り切って、一人バスに乗って去っていく少女がかっこよく見えました。恋愛における男女の力関係が変わっていることを感じさせた映画でした。
 
2)「フラガール」2006年
やーやーやー、まさか蒼井優と山里亮太の結婚発表が今日あるとは思いもよらず、この映画を取り上げると決めていたわけですが、映画公開から13年もたって、フラガール婚が生まれたわけですね。
何回見ても泣ける映画です。時代は1966年。石炭から石油へとエネルギーが転換し、炭鉱がどんどん閉鎖される中で、廃鉱になりそうな地元の再起をかけて結成されたフラダンスの物語。実話です。
この映画の主人公はフラダンスを教える松雪泰子演じる平山まどかであり、チームの中心となる蒼井優演じる谷川紀美子なのですが、私がもっとも感情移入したのは蒼井優の母親、富司純子が演じた谷川千代でした。炭鉱という「男の職場」が行き詰まり、仕事そのものが消えようとしていた時代である1960年代、女性たちが地域を救う力となることに対して、あせり怯える男たちから猛烈なバッシングが起きます。 それに対抗して娘たちを守るために立ち上がり、女が自分の力で生きていく時代にしなくちゃ、これからはそういう時代なんです(うろ覚え)というお母さんがとてもとてもかっこよい。都会で、ダンサーとして生きてきた松雪泰子も、実は男社会の圧力に押しつぶされて逃げるように福島に来たわけですが、そこでお母さんと出会って、自分の中の力に気づき、仕事に対してそれまでとは違った取り組み方をしていきます。
1960年代、産業構造が大きく変わり、働き方も大きく変わった時代でした。今と似ています。働き方改革が叫ばれる今、時代に合わせて仕事とどう向き合うのか、考えるヒントはこういう映画にあるかもしれません。

3)「オフサイド・ガールズ」2006年
英国で女子がサッカーの試合をするようになってから140年経ちました。先日、SHUKYUという雑誌に女子サッカーの歴史について書くために10冊ほど本を読んだのですが、女子サッカーを都合のいいときだけカネのために利用し、必要がなくなるといきなり妨害にまわる男社会の理不尽に腹が立つばかりでした。FA(イングランドサッカー協会)は1920年から70年まで女子にグラウンドを貸すのを禁止していたし、西ドイツやブラジルは法律で女子がサッカーをすることを1970年代まで禁止していたって知ってました? 理由は「男子サッカーの観客が食われるから」とかいうから腹立つ。
という歴史についてはSHUKYUを読んでいただくとして、女性がスタジアムに入ることを禁止しているイランで、どうしても試合が見たいと男装してもぐりこもうとする女性たちを描いた映画です。男装がばれてつかまってしまい、スタジアムの一角に隔離された女性たちが警備している男性の兵士たちに口々に聞くのです。「なんで女性が試合観戦しちゃいけないの?」兵士たちは「え?」というとまどった顔で口ごもり、「えーっと男性たちしかいないところに女性が入ると危ないだろう?」とかいうのですが、まったく理由になっていないことを女性たちに論破されて最後には「ダメといったらダメなんだ!」で押し切ろうとする。上下支配関係ではこのやりとりはよくありますよね。「なんでダメなの?」「ダメといったらダメなんだ」答えになっていませーーん!「私は思考停止しています」を宣言しているのと同じ。
「それっておかしくないですか?」という問いかけに、「ダメと言ったらダメなんだ」と答えることの理不尽と滑稽さを描いたこの映画。今もまったく色褪せていないです。

4)「リトル・ミス・サンシャイン」2006年
娘が大好きな映画で、ついにDVDも購入し、気持ちが沈んだときには見ていたそうです。テーマとしては行き詰ってしまった家族の再生なんですが、ひたすら明るく大笑いしながら見られる、7歳の少女のおかげです。ある意味、不幸と不運のてんこ盛りといっていいほどのダメ家族なんだけれど、ダメなのは「世間」とか「常識」とかの基準に合わせて自分たちをはかるからであって、そんなものにまったくとらわれない7歳少女に、そうか自分に正直に生きていけばいいんだ、と気づかされる、という話。少女おそるべし! 少女の持つこのパワーを、世界は生かしてほしいですね
美少女コンテストに出たーい、とい7歳少女に付き添いを余儀なくされて、一家全員で旅に出ることになりますが、旅に出たときと、帰ってきたときに、家族を取り巻く状況はまったく変わってない、どころかもっと悪くなっています。経済的にも、社会的にも、状況は変わらないかもっと悪い。でも、家族の気持ちはまったく変わっています。世間や社会がどう思おうと、見栄とかプライドとかを捨てて自分の気持ちに沿って生きていく勇気を持とう、という気持ちになっている。 励まされます。

 
5)「少女は自転車に乗って」2013年
サウジアラビア初の女性監督による映画です。映画については2014年2月16日付の当ブログで書いているので、URLを貼り付けておきますね。
http://www.motoko3.com/archives/18340839.html

私も2年前からまた自転車に乗っているのですが、乗るたびに自分の中にある何かが吹っ切れたみたいで爽快です。歩くのとは違って、自分で自分の行き先を決められるみたいな気分になって、パワーをもらいます。映画の中の女の子が欲しかったのは、もちろん自転車そのものなのですが、そこに象徴されるパワーなのではないかと。厳格なムスリムの社会でも、こういう映画を女性が作り、自動車の運転もようやく許され、女性たちが少しずつ「パワー」をつけているのではないか、と思わせます。