今年の夏も書道の師範試験の課題制作に汗を流しています。今年、合格したいなあ〜(願望)
先日、錬成会に参加し、別の教室の生徒さんたちと帰りに先生を囲んでの食事会に行ったのですが、そのときに考えさせられることを言われました。
まだ師範試験を受けているような私とは違い、ほかの方たちは20年、30年、40年と書道に励んでいらっしゃる大先輩たちで(年齢は私と変わらないか私より年下)自分でも生徒をとって教えていらっしゃる先生たちでもあります。自分でも教えながら、指導も受けているという大先輩方の言葉は、一つひとつが胸に刺さりました。
私が「先生から褒められたことがほとんどない。作品を持っていくと第一声が『……うーん、硬いなあ』『まだ作品になっていない』『呼吸が通っていない』ばっかりなんです」と訴えると、「それはね、先生が期待していらっしゃる証拠よ」とみなさんから「激励」の言葉がかかりました。
「私も自分が教えていて、かつ教わる立場だからよくわかるのだけれど、趣味でやっている人には褒めるけれど、趣味の域を超えて書道に真剣に取り組んでいる人の作品を手放しで褒めるようなことはしない。私の師匠も私の作品を褒めない。20回に1回くらい「お、いいんじゃない」「よくかけている」と言われると、1週間は何をやっていても鼻歌が出るほどうれしい」とひとりの大ベテランから言われました。
私が「私、趣味の書道でこんなにお金も時間も労力も使っちゃって、いったい自分はなぜ書道をしているんだろうとときどき考えてしまうんです。書家になれるわけじゃなし、先生になる気もない。書道に関して趣味とプロとの違いはどこにあると思います?」と聞いたら、みなさん一瞬黙ってから笑い出しました。「そうそう、私たちもみんなそこで悩んだことがあったのよ」という中で言われたこの言葉。
「書道にかけるお金と時間と労力を惜しむのは趣味の人。もっと書きたい、もっといい作品をつくりたい、もっと極めたい、となったら趣味を超えた魔境に入ったってことよ。かといって趣味を超えればプロになるってわけじゃない。書家がプロかと言われれば、そうじゃない。書家なんてね、自分が名乗ればその日から書家になれるのよ。書道が本当に好きで、書くのをやめられない、なんでこんなに一生懸命打ち込んじゃってるんだろうという魔境に入った人がめざすのは、プロとか書家とかそういう肩書きじゃないし、ましてや金儲けじゃないと思うな」
と、そういうみなさんの書いている量がはんぱない。もちろん質もはんぱない。まさに求道者の姿勢でした。
私はまだまだひよっこだと思った錬成会帰りでした。