2008年ガンバがACLで優勝したのをきっかけに、「そうだ! 毛筆でメッセージを入れたフラッグを作ろう!」と思いつき、年末に飛び込んだカルチャーセンターでいまの先生と教室にめぐりあいました。お試し体験(無料)の日が私にとっての書道初日で、その日は教室の忘年会。先生に「時間があれば、参加しませんか?」と言われて、筆を握るよりも先に酒を飲みに行った、という生徒でした。
 2009年からカルチャーセンターの教室で1週間1回1時間筆を握る生活を始めたのですが、まわりの生徒さんたちはどうも家で課題を書いてきて、教室では書いてきたものを先生に添削してもらっているらしいと気づきました。当時は20人以上の生徒がいたので、先生はクラスの最初から添削したり、生徒が家で書いてきた作品を選別するのに忙しく、初心者が書いているところでていねいに手取り足取りしているひまがない。サッカーのシーズンが始まってもこれはフラッグ製作まで行き着かないな、とあせっていたところに、カルチャーセンター以外に先生が個人で教えている教室がある、と聞いて、お願いしてそこに通うことにしました。
 その教室は多いときでも5人しか生徒さんがおらず、時間も2時間あるのでたっぷり書けるし、手取り足取りで教えてもらえます。カルチャーセンターと並行して、そこに通うようになり、1週間に2回筆を握るようになったのが2009年の夏ごろ。
 やがて先生にお手本を書いてもらい、下手くそながらゲーフラも何枚か製作し、目的を果たしたからやめるはずだったのに、書道がおもしろくなってしまって、今では目的が目標に代わりました。いい線が引けること、すてきな作品が書けること、というなんとも漠然とした、達成がほぼ生涯不可能な目標です。いまは「ずっと筆が持てるように健康に気を配ろう」と書道のために別の目標ができてしまっています。
 2009年の終わりには、創玄展という公募の書道展に出品したい〜〜〜と先生にねじこみ、じゃなくて頼み込み、初めて条幅なるものを書きました。大きな筆で大きな作品を書くのがまたすごくおもしろくて、2010年はじめから半紙と並行して条幅も毎週書くようになりました。その年の春には別の公募展、毎日書道展にも出品(しかも漢字部門と詩文書部門の2点出品)。その年末からは2泊3日の合宿にも年2回参加しています。
 もともと、始めたことがなかなかやめられないところがあります。サッカー好きはすでに半世紀。ガンバサポ歴20年、もっと言えば同じ人と結婚歴41年、職歴も42年と、続いてしまっているのは、ひとえに「やめられない」がゆえ。
 書道だって、なかなか上手にならなくても、才能がないとわかっても、賞がとれなくても、ぼろくそにけなされても、むいていないかもしれないという疑念がわいても、やめられない。好きだから、とか、おもしろいから、とか続けている理由を自分でも自分にこじつけて言っていますが、そんな前向きな理由ではなく、やめるという決断がつかない優柔不断な不器用者であるがゆえに11年間続いた、というのが一番真実に近い。
 今年、2019年、 師範試験に合格しました。一つの節目ではあるけれど、師範ですが、それが何? というようなもんです。ここからがやっとスタート、かな。
 7月から師範試験のために課題の漢字2点、詩文書1点、かな2点をほぼ週3回ひたすら書き、9月にそれが終わると来年3月に開催予定のクラス展のための作品を書き、並行して創玄展の出品作品を書き、と半年間、ほんとによく書いたよ、私。
 でも、振り返ってみて、それだけ書けたのは体力と気力が充実していた証拠かもしれません。そのことに感謝しつつ、ものすごく恥ずかしいことだろうけれど、たぶんもう二度と開けてもみないだろうと思うので、記念に師範の認定証をアップしておきます。
 
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