阪神電車で通学していました。
帰宅のとき、特急と急行待ちをするので、普通電車は西宮駅で15分もとまりました。
ある日、駅近くに小さなおもしろい本屋があるのを見つけました。電車待ちの間(ときには3台くらい見送って)本屋に走って書棚を眺めることをよくやっていました。
入り口は人が一人通るのがやっとという小さな本屋で、奥に気難しそうなおじさんが一人座って、いつも本を読んでいました。私がが入ってもちらっと目をあげるだけで、「いらっしゃい」ともいわない。雑誌など置いてなくて、函入りの文学書や学術書が麗々しく書棚に並んでいるような品揃えだったので、高校生がお小遣いで買えるわけないだろ、冷やかしか、と思ったのかもしれません。
でも、ある日を境におじさんのその態度が変わったのです。
私が安部公房の「燃えつきた地図」をおそるおそるレジに持っていったときでした。
田中邦衛主演の「幽霊はここにいる」(安部公房脚本)を見てから、熱に浮かされたように安部公房に取り憑かれていた私は、どうしても「燃えつきた地図」が読みたかった。学校の図書館にはもちろん入っていない。近所の図書館にもない。やむなく購入しようとなったのです。
函入りです。ハトロン紙がかかっています。だから立ち読みができない。すぐに文庫化されることは期待できない。購入しかなかったのです。
そしてその本屋には、安部公房の作品がほとんど置いてありました。
いま思うと、気難しそうなおじさんは、安部公房のファンだったんですね。
「ほほ〜「砂の女」じゃなくて、「燃えつきた地図」を読むいのか」
おじさんのその言葉をいまも覚えています。
以来、おじさんは私が入っていくと、手招きして「あんた、谷崎も好きとちゃうか? 「卍」とか読んだ?」と聞いたり(谷崎潤一郎は昔もいまも私のアイドルです)、「俳優座がまた安部公房の芝居やりよるよ」と教えてくれたり、ぼつぼつと声をかけてくれるようになったのです。
ただ、16歳の私は警戒心がとけず、おじさんに話しかけられることに恐ろしさをおぼえて、そのうち電車待ちでその本屋に走るのをやめてしまいました。「燃えつきた地図」は30年ほど本棚に並んでいましたが、度重なる引越しでいつのまにかなくなってしまいました。

1978年に結婚して以来、5回引越しして6箇所に住んできましたが、現在の家に引っ越した1996年まで、住処を決める条件は「徒歩圏内に本屋があること」でした。
この家に引っ越してきたときも、歩いて5分のところに本屋がありました。でも、いま、私が本を探すのは、Amazonかhonto、もしくは電車にのってジュンク堂、30分自転車をこいで大きな図書館、です。引っ越してから2年で徒歩圏内の町の本屋は閉店してしまいました。
1駅先にある本屋には、私が読みたい本が置いてありません。というか、読みたくない本ばかりが並べられています。
タレント本やヘイト本、自己啓発本、ダイエット本が平積みになっているのを見ると、もうそれだけで目も心も疲れてしまいます。
店員さんと好きな作家の話をするなんて、ありえない。
前に有隣堂で「サルトル全集はどこにありますか?」と聞いたら、店員さんに動物本が並べてある書棚に案内され「猿の本はここです」と言われて以来、店員さんに本のことを聞くのはやめました。

私にとって、本はごはんと一緒です。読むことは、食べることと同じ。ごはんを食べないとからだが動かないように、読まないと心が働いてくれない。からだにいいものをおいしく食べたい、というのと、心の健康のためにいい本を読みたい。
本屋さんは、心に栄養を与える本を教えてくれる大事なお店だと思うのです。

そんなたいせつなお店が、いま日本から消えようとしています。
なぜ本屋さんが町から消えようとしているのか。
残った数少ない本屋さんに、なぜ心に毒しか与えてくれないだろう(と私が思う)本が並べられているのか。
そのわけがようやく「13坪の本屋の奇跡」を読んでわかりました。
(つづく)