朝、夫が「今夜は食事会があるから夕飯いらない」と言ったので、「うん、わかった」と返事をしたあと、ふと思いついて念を押しました。
「私は、ごはんを作るのも、掃除をするのも、ゴミを捨てるのも、全部自分がやりたいからやっているだけだから、夕飯を用意してくれたのに食べないでごめん、という気持ちにならなくていいよ」
 夫はほっとしたような顔で「ああ、そうだったね。夕飯を用意されてなくても適当に何か探して食べればいいことだった」と言いました。
 そう、次女が働き始めた2011年に、私は「家事のすべては私がやりたいからやっているだけ。やりたくなかったらやらない。だから夕飯が用意されていて当然とか、洗濯物は出しておけば洗ってもらって当然とか、それはおかしいよ。私が食べたいものを作って、あまったものをタッパーに入れておくから、食べたかったら食べたらいい」と家族に宣言したのでした。
どちらかというと、娘たちに向けての宣言で、だいたいにおいて遅すぎだよ、この宣言とか思っていたのだけれど、宣言後まもなく長女も次女も家を出て独立したので、宣言の効力はよくわからないまま。
残る夫だけがなかなか家事に関して私へのおんぶにだっこから脱出できませんでした。夫は夕飯が用意されていたりいなかったりする日常に慣れることに四苦八苦していたのですが、2人暮らしになって4年、最近は自分で冷凍チャーハンを炒めたり、ラーメンを作ったり、自分で買ってきた肉や魚を焼いて食べたり、洗濯物をたたんでしまったり、ときにはルンバさまのスイッチを入れることもするようになり、おおおおお!!! すごいじゃないかとほめたくなることがしばしば。
思えば、子どもにむかって「あなたのためを思って言っている」「あなたの将来を思って忠告しているのよ」とか、夫に「もし私が明日死んで一人残されたらどうするの? 自分のために家事を覚えて」とか言い続けた私って、なんて傲慢ヤロウだったんだろうと反省しています。
「あなたのため」という言葉を発しているとき、少なくとも私は相手のことじゃなくて自分のエゴで言っていたと思うのです。それならいっそのこと、すべて「私は私のためにやっている」と開き直ったほうが、私はもちろん、家族もずっと気が楽になるんじゃないか。そう考えての宣言でした。
何かやったことで相手に感謝されて、「ありがとう」と言われたとき、英語ではIt‘s my pleasureという便利な言葉があります。「これをやったのは私の喜び」と言われたら、相手の気持ちに負担をかけないし、自分自身にも「これは自分が気分よくなるためにやったんだぞ」といういましめにもなる。
 正直にいうと、私はいつも、誰かの役に立ちたい、誰かにありがとうと言ってもらえることをしたい、とか思う気持ちが強すぎて、つい相手が迷惑なことをやってしまったり、おせっかいなことまでしがちなのです。
それに、私が誰の役にも立たないどころか、誰かに負担をかける存在になるのは、そろそろ時間の問題。助けてもらったときに素直に「ありがとう」といえて、相手にIt's my pleasureと返してもらってにっこり笑えるようになりたいです。
そのためにいまできることが、「私はこれを自分のためにやっている」と自分に言い聞かせながら動くことだとこころしています。
 
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