どうやら来週月曜日、5月25日には東京も緊急事態宣言が解除されるようなので、今回で(当初の希望どおり)巣篭もり日記は終了します。4月半ばに書き始めた当初は、「100年に一度」とか騒がれるこの感染症による外出規制で在宅を余儀なくされ、自分自身がどうそれを受け止めるのかを分析してしておこう、日記形式で日々何をやって、どんなことを感じ、考えたかを書き留めておこう、というつもりでした。
当初はマスクや消毒液がまったく出回っていなかったり、スーパーやドラッグストアでの買い占めが話題になっていたり、外出規制にもかかわらず遊びにいく人への非難が高まったりしていましたが、5月連休明けからは、「経済の立て直し」「新常態」とかACの話題が多くなってきています。
そこで、気が向いたらですが、アフターコロナの生活について、ビフォーコロナと比べながら考える日記を書いてみようかない、と考えています。でも、ま、ほんと気が向いたら、ですが。

5月18日(月)
 ガンバの試合に関する記憶は、20年間にわたってかなりしっかりしていると自信があるのだけれど、学校に通っていたころの記憶が失われてしまっている。今年度、小学校から高校まで通った学校の同窓会幹事が回ってきたので名簿の整理をやったのだけれど、申し訳ないことに名前を見てもその顔が思い出せる人が3分の2しかいない。
最後に同窓会に出席したのは6年前、還暦を記念して開かれた会だったのだけれど、そのときも「あの人誰?」状態で、親しくしている人にこっそり聞いて教えてもらうことたびたび。それからもう6年同窓会に顔を出していなくて、しかも幹事になったんだから今度こそ出席するぞと楽しみにしていたのに、今年同窓会を開くのはむずかしそうだ。記憶はどんどん薄れていく。
妹から「お姉ちゃんは思い出を大切にしていない」とよく非難(?)される。私が昔の写真とかをぱっぱと捨ててしまったり、学生時代のことをほとんど覚えていなかったりするからだ。 私が大切にしたいのは過去ではなく、現在と未来なんだ、と非難されるたびに言い返していたのだが、その気持ちは巣篭もり状況になってからますます強くなっている。
過去を思い出すのではなく、現在と未来のことを考えたい。昨日より今日、今日より明日をもっとよくするために、何が私にできるか、もしくは何をしてはいけないか(次世代のために、未来のために)と考えて行動しないと、コロナ禍に呑みこまれてしまいそうで不安なのだ。

と、テーマからいきなりずれてしまうけれど、過去の思い出深いYouTubeをアップしてしまおう!
試合開始から監督胴上げまで、全てが記憶に刻まれている。何回見ても泣けてくる。



夕飯は、ほうれん草&ケール&新玉葱と豚肉炒め卵とじ、レタスやベイリーフのサラダ、野菜スープ

 5月19日(火)
図書館が休館になるぎりぎりのタイミングで借りた本の返却のために外出。返却ポストに入れながら、外回りを掃除していた警備員さんに「開館はいつごろになりそうですか?」とダメもとで聞いたのだけれど、案の定「さ〜今月いっぱいは閉まっているんじゃないの? 私じゃわからない」と素っ気なく言われてしまった。
図書館が休館してしまうと、デジタルの資料にしかあたれなくなってしまって本当に困る。 つぎにロックダウンがあるときには、HPで予約した書籍や資料の貸し出しくらいはぜひできるようにしてほしい。電子化されていない資料を必要としている人は、決して少なくないはず。
もしかしたら、あそこにあるかも……とかすかな期待を持って、雨の中をとぼとぼと2キロほど歩いて古書店に行ってみたのだけれど、そこも閉まっていた。本と出会えない生活。それが私には一番こたえているのかもしれない。そんな贅沢で呑気なことを言っている場合じゃないのだろうけれど。

夕飯は、ナスの煮浸し、青椒肉絲、豆腐と大根の味噌汁、煮豆、野菜スープ(残り物の惣ざらえ)

5月20日(水)
今回の記念に、マスクを縫ってみた。ガーゼとゴムがセットになったキットを購入して、ミシンがないので手縫い。
私はものすごく不器用で、特に裁縫が大の苦手。高校のとき、家庭科でパジャマとかエプロンとかブラウスとかスカートを作らされたが、全部母親にやってもらって提出した。雑巾だってまともに縫えない人に、そんな高度な衣服なんて無理ですよ。
その後も裁縫トラウマは続き、娘たちの保育園では布団カバー(敷き布団とかけ布団の両方)、汚れもの袋、着替え袋、防災頭巾全てを同じ柄の布地で縫わされるという苦行があり、ミシンがないために全部手縫いした。子どもを寝かしつけた後に徹夜して作りましたね。頭の中で「かあさんがよなベーをして〜〜布団カバー縫ってくれた〜〜」が脳内リフレイン。でもあの頃は、認可保育園にやっとこさ入れた喜びで、その苦行にも耐えられました。
娘たちも「同じ柄で布団カバーやらを作る」ことは保育園から言われたが、なんと! 最近ではネットで請負販売するプロがいっぱいいるのだとか。しかも安い! そうだよね。ミシンがない家庭が多くて、時間も労力も限られている働くお母さんに、手作りしろ、それが母親の愛情なんて押し付けはまったくおかしい。
でも、自分のものを趣味で作るのだったら楽しい。型紙とって裁断、手縫い、というので2時間弱で出来上がり。これもコロナ記念ってことにしよう。
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夕飯は、豚肉ともやし、玉葱、きのこの中華炒め、春雨ときのこのスープ

5月21日(木)
検察庁法改正案が今国会で見送りになったと思ったら、なんと黒川東京高検検事長が、緊急事態宣言期間中に新聞記者と賭け麻雀をしていたと週刊文春がすっぱぬき、それをきっかけに黒川さんは辞任届を出した。検察庁法改正についても、記者クラブの在り方についても、文春砲についても、言いたいことは山ほどあるが、それはさておき。
私にはわからないのが「なぜ検事長になるほどの世知たけたやり手の検事が、自分が渦中の人物であることがわかっていて、三密を避けるために自粛を強いられているこの時期に、違法である賭け事をしたのか?」ということだ。ギャンブルの中毒性は検事長の理性を失わせるほど強いものなのか? 
このコロナ禍が起こってからも、パチンコがやめられない人たちのギャンブル依存症が話題になった。その前にもIR(統合型リゾート)にカジノが入ることに対して、ギャンブル依存症で家庭を壊された人たちから反対の声が上がり、挙句に賄賂もらっていた議員が逮捕されたりした。
パチンコも麻雀も競馬も、人生で1、2回しかやったことがない私には、わからない。ギャンブルの面白さも、なぜ人生を棒に振ってまでのめり込んでしまうのかも、まったくわからない。わからなくて幸せだと思っている。たぶんアドレナリンがドバーッと出て、それが快感で、クセになるのだと想像しているのだけれど。
もしかすると、ですよ、それはガンバが2点差をひっくり返す逆転勝ちをして、しかもそのゴールが後半93分だったときの痺れるような興奮なのだろうか? ああ、それならわかります。私もその興奮が忘れられず、きっとまた強いガンバが見られるだろうと、万博やパナスタの階段を登ってしまうんですよ。……ってなんでギャンブル依存の話からガンバ依存症へと話が移っちゃったんだ? 早くJリーグ再開しないかなあ。

夕飯は、おでん(季節外れのメニューだけれど、寒いんだもの)、大根ときゅうりとレタスの梅干し和え豆腐のせ、枝豆
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5月22日(金)
4月12日から書き始めた巣篭もり日記を今日で終えることにする。(別の名前の日記を始めるかもしれないけれど)
私が巣篭もりを始めたのは、3月28日からだ。3月27日に打ち合わせのために渋谷に行ったのを最後に、公共交通機関を利用していない。徒歩と自転車で行ける範囲でしか行動していなくて、夫と近所の人(太極拳の師匠と美容師さんを含む)以外と直接顔を合わせて話をしていない。2ヶ月あまりで話をしたのは合計6人だ。
でも、ビデオ会議や飲み会はやっているし、娘や孫たちとはビデオ電話はしているから、人と話をしていない、という感じはまったくしていない。暇だからSNSへの投稿やブログの更新は以前より頻繁なので、むしろ「最近よく喋ってるな、私」とさえ思っている。
巣篭もり期間中の変化をあげると
ー早寝早起きになった(6時前に起床、10時すぎにベッドに入る)
ーNetflixとVimeoで映画を見るようになった(15本くらい観た)
ー手紙を書くようになった(ほぼ毎日誰かに手紙を書いている)
ー消費を控えるようになった(別に控えたいと思っていたわけではないのだけれど、買い物に行かなくなったし、生協は欠品ばかりだし、ないならないでなんとかしようと思っているうちに巣篭もり前から消費金額が半分以下に減った)
ーじっと座り、できるだけ何も考えない時間が少しずつ長く持てるようになった(まだ瞑想まではいかないのだけれど)
巣から出て、さて、この期間中に得たもの失ったものを今後どうするのか、ということについてはまだ考えられない。
ただ、体調も精神面も健やかに巣篭もりができたことは、とても恵まれていた、ありがたいことだと心底感謝している。

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もう一つ、地元商店街を支えるために、できるだけ地元で消費するようにしている。毎週花屋さんに通って、花を買うようになったのも巣篭もり期間中の「習慣」の一つ

夕飯は、甘鯛のアクアパッツァ、アスパラガスとトマトもサラダ
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