東京アラート(っていったいなんだったのかがいまだにわかっていませんが)も解除されて、他県への移動制限も解かれたいま、気持ちに日々ゆとりがなくなっています。コロナ禍のこととか、これからの生活について、または自分自身について考える余裕がまたなくなってきて、日記を書くことができなくなりました。本来なら、自粛期間中に見直した時間の使い方や働き方を、いまこそ実践していけばいいのに、それができない。生活を変えるのって、そう簡単ではないことを実感しています。
 でも、書きたいことはいっぱいあるのです。それをまとめる時間的、心理的余裕がないだけ……あれ? ほんとに余裕がないだけ? 思考停止しているからじゃないのか? と自問するのですが、とりあえず毎日書く形式の日記はあきらめました。 メモだけがどんどん溜まっていくと、プレッシャーになってしまうしね。
 というわけで、これからはテーマを決めて書くことにします。今回は、夫も在宅勤務になって、あらためて見直した「家事」について。

6月20日(土)梅雨の中休みの晴天〜21日(日)1日雨降り
 梅雨に入って一週間足らず。雨降りの季節が始まると、私は朝晩天気予報とにらめっこして、洗濯するか否か、また洗濯したら外に干してから外出するか、それとも部屋干しにするかを考えるのに忙しい。
 土曜日はお日様が拝めそうだとわかって、朝6時に起床してすぐに洗濯機を回し始めた。3日分溜まっていたし、大物(バスタオル、バスマット、トイレマット、シーツ、布団カバーなど)を洗えるチャンスだ! 土曜は午前10時から外出する用事があったので、早めに洗濯をスタートして乾いたものから取り込んでいかないと、全部を干しきれない。
 遅い時間に起床して、朝食をとっている夫に「悪いけれど、昼過ぎに全部乾くはずだから洗濯物を取り込んでおいて」と頼んで出かけた。
 夜10時くらいに帰宅すると、夫が「洗濯物を取り込んで、畳んでおいたよ!」と胸を張って言うではないか!
 しかし「ありがとう……」という言葉は、居間のソファの上に投げ出された洗濯物の山を見たときに引っ込んだ。え? いま畳んだって言わなかった?
 「自分のことは自分でやらなくちゃいけないっていつもモトコさんに叱られるから、ぼくも自分の洗濯物は自分で畳むようにしようと思ったんだ」と夫。
 たしかに、夫のアンダーシャツやパンツやポロシャツはちゃんと畳まれて隅っこに積まれている。だが、私の衣類はともかく、タオルやシーツ類は取り込まんだままの山積み。これはいったい……???と腹立ちよりも疑問が起こったのだが、1日ばたばたと走り回ったせいで疲れ果てたので、その日は倒れるように眠ってしまった。
 翌朝、洗濯物を畳みながら、なぜ夫が誇らしげだったのかを考え、「これは1960〜70年代の核家族が育児にあたって、『自分のことは自分でやりなさい』と子どもをしつけたことが原因ではないか」と思い当たった。
 いやね、実は私も自分の子どもを育てた1980年代から1990年代も、「自分のことは自分で!」と子どもに言い続けたので、もしかするといまも生き続けているしつけなのかもしれない。
 自分のことは自分でやりなさい、というのは、自分のことだけやっていればそれでよし、という意味に子どもはとらえるし、親の意図もそこにあるのかもしれない。サラリーマン世帯が増えて、専業主婦が過半数を数えた時代には、子どものしつけは「自分のことだけやっていればよし」だったかもしれないけれど、いまや専業主婦は少数派になりつつある。家族みんなが自分のことだけやっていて、そのほかは主婦役におんぶにだっこでは、家事は回らなくなる。タオルなどみんなで使うものを洗ったり畳んだりする必要がない、と無意識にも思っている家族がいれば、主として家事を管理する人の負担が増すばかりだ。
 そういえば、我が家でもまだ子どもたちが小学校高学年と高校生だったとき、「食事が終わったら、自分が食べたお皿は流しに持っていきなさい」と言い続けていたら、自分が食べたお皿しか持っていかなくなって、ある日「みんなで取り分けて食べたお皿とか、調味料とか、そういうのも片付けなさい」と叱った、というか怒りを爆発させた。思春期の反抗期真っ只中だった娘たちは「それなら最初から、後片付けをしなさいといえばいいでしょ? 自分が使ったお皿とか強調しなくてさ」とクレームをつけられ、しゅんとなった記憶がある。
 「自分のことは、自分でやりなさい」。これは正しい。でも本気でしつけをする気なら、もう一言付け加えるか、言い方を変えないといけない、と反省している。
 「自分のことを自分でやれるようになったら、みんなのこともやれるようになろうね」
とか、かなあ。ハードル高そうだけれど。