何かと気が重いことが多い昨今、ブログに愚痴を書くのもどうかと思うので、最近読んだ本の中でおもしろかったものをピックアップして紹介していこうと思います。

『ミシンの見る夢』
ビアンカ・ピッツォルノ著 中山エツコ訳
河出書房新社
19世記末、まだ因習と階級差別とジェンダー差別の壁が高くそびえたつイタリアで、針仕事によって自立していきた女性が主人公。もうね、こういう物語はたまらなく好きです。親を早くになくし、針仕事で生きていた祖母に仕込まれた女性が祖母も亡くし、一人で暮らして、一人で食べていこうとする。助けてくれる人が3人いると、足を引っ張ろうとする人が3人、自分のことで精一杯で困っていても見て見ぬふりをする人が4人、くらいの割合。助けてくれる人だって、いつ足を引っ張ったり、無視するようになるかわからない。「なくてはならない人」になるために、必死に技術を磨き、流行に目を光らせ、投資も怠らない。21世紀でも女性が一人で食べていくための闘いはちっとも変わっていません。何度もいうけれど、好きだなあ、この本。ある意味ファンタジーではあるのだけれど、現実味の中でのファンタジーの織り込み方が好みです。

『ブルースだってただの唄〜黒人女性の仕事と生活』
藤本和子著
ちくま文庫
 1980年代、アメリカで暮らす著者の藤本さんが黒人女性たちの人生や生活について聞書をしてまわった、、、なんと言ったらいいのだろう、エッセイでもないし、ルポルタージュでもないし、インタビューでもなく、その全部といったらいいか。インタビューもあるのだけれど、そこに行き着くまで車窓風景からの自分の心象風景があったり、自分の孫の話があったり、ごちそうしてもらった食べ物のこととかも入っています。正面切って人種やジェンダーの差別のことや、貧困や犯罪について語っているわけではないけれど、読みながらひしひしと感じられたのは、差別される側は差別するものをどう見ているか、ということでしょうか。
藤本さんといえばリチャード・ブローディガンの訳者。20代のころ、私は『アメリカの鱒釣り』とか『芝生の復讐』を何回図書館で借りて読んだことか。昨年、たまたま本屋で『塩を食う女たち——聞書・北米の黒人女性』 を手に取り、立ったまま閉店まで読み耽り、そのままレジに持って行きました。そして先日、またまた本屋でこの本を見つけて立ち読みで読み耽りました。この2冊と一緒に、『アメリカの鱒釣り』と『芝生の復讐』を合わせてこれからもたいせつに読んでいきたいです。

『見知らぬ友』
マルセロ・ビルマヘール著 宇野和美訳 オーガフミヒロ絵
福音館
 訳者の宇野さんが紹介してくれて、すごくおもしろそうだとピンと来てすぐに本屋に駆けつけて購入。おそらく10代の読者に向けて書かれた短編集だとは思うのですが、読後に頭の中にとても不思議なイメージが浮かんで、それがなんだかわからなくて再読しました。10編おさめられているのだけれど、どの本も「え? そこで終わったら何がなんだかわからないんですけれど」という謎と秘密を残したまま終わっているので、そのあとどうなったかを自分で考えてしまって眠れなくなる(ベッドで一気読みしたら眠れなくなりました)。私が好きだったのは(好き、というよりもその先を考えるのが楽しかったのは)、「ムコンボ」。ワールドカップに出場したザイール代表選手の話です。サッカーファンであることとはまったく関係なく、ムコンボ、好きだなあ。

『科学とは何か〜新しい科学論、いま必要な三つの視点』
佐倉 統著
講談社ブルーバックス
「科学的根拠のない疑似科学を吹聴する科学者を支持してはいけないし、逆に、社会の要望や感覚を一顧だにしない専門バカは厳しく批判しなければならない。それは、科学と科学者をまっとうに育てていくための、社会の使命であると言ってよい。そしてまた、社会と日常生活が科学技術にどっぷりと頼っている現在においては、ぼくたちの生活と社会を快適で安全なものにするために社会の側が心得なければならないことである」
 というまえがきの文章を読んで即座にポチりました。著者はサル学の研究者から、社会と科学・技術との関係を考える科学史学者になった(と私は読んだのだけれど、ちがうかも)人なのだが、この本の意義は冒頭の言葉に集約されるとして、すごく面白かったのは、「科学」も芸術と一緒で、スポンサー(パトロン)によって発展してきた、ということ。研究開発には膨大なお金と時間が必要で、そのほとんどが「いったい社会の何に役に立つのか?」と白い目を向けられがち。それでも「発達」してきた科学・技術(この2つは別物)とは? というのがこの本。
昨晩、NHKでゲノム編集で遺伝子を組み換えることによって理想とするベイビーを得ることができることの是非、みたいな話が放送されていたのをちらっと見たのだけれど、まさにこの本で論じられている視点——なんのための科学・技術なのか? 誰を、何を、どう救うのか?ということをたえず議論し、検討していかないと、人類は早晩滅びかねないなと思った。

そのほかにも『Numbers Don't Lie~世界のリアルは「数字」でつかめ』バーツラフ・シュミル著、とか、『生物はなぜ死ぬのか?』小林武彦著 講談社現代新書、とか『生命誕生——地球史から読み解く新しい生命像』中沢弘基著、とかもすごく面白かったのですが、それはまた気持ちの余裕のできたときにご紹介。
(母がまた転倒・骨折。やーれやれ、この1年でいったい何回目か? という状況なので、落ち着いたときにまた)