6月18日に発売となる新刊の見本があがってきました。
「ザ・クイーン エリザベス女王とイギリスが歩んだ100年」
マシュー・デニソン著 実川元子訳

 昨年のちょうど今頃、「エリザベス女王の伝記の翻訳をお願いしたい」と出版社から連絡があり、原書の原稿が送られてきました。実は私、英国王室に、というか、王室とか君主制とかに興味があまりわかず、しかも原稿をA4で印刷したら目がちかちかしそうなくらい細かい字でびっしり。その上570ページの大部と聞いて気持ちが3歩くらい後ろ向きになりました。
でも、まずは読んでからと、1週間以上かかって読みました。ところが。全部で18章あるのですが、エリザベス王女が結婚する8章、父王が突然亡くなって女王になる9章あたりからがぜんおもしろくなって読みふけり、10日後に「やらせていただきます」とメールしました。
エリザベス女王即位70周年プラチナ・ジュビリーに間に合わすためになんとか3月に脱稿。この1年、英国王室関連資料にどっぷりとつかり、かつ欧州の歴史も読み直し、Netflix「ザ・クラウン」を見直すだけでなく、そのほかのドキュメンタリーや映画を見ては訳を手直したり、文体を少し変えたりとちょっと苦労しながらも楽しい日々でした。
 エリザベス女王の伝記はいっぱい出ているのですが、私がこの本をおすすめしたいと思うのは、エリザベスさんのひとりの人間としての人生がとてもドラマチックに描かれている点です。そしてエリザベスさんが生きてこられたこの1世紀の世界の激動の歴史が、ひとりの女性の視線を通して、まるでその場に一緒に立ち会っているかのような臨場感が感じられことです。エリザベス女王は憲法で定められた立場上、政治に何か口出ししたりすることができない立場であるにもかかわらず、イギリスだけでなく世界の激動の歴史の真ん中で生きてこられました。政治家ではなく、一般庶民でもない特殊な立場にいる人の目を通して、世界の一世紀というドキュメンタリーを見ているような心持ちになるのです。
 ドラマといえば、まずエリザベス王女が女王の地位につくまでの顛末がドラマです。
 エリザベス女王の父ヨーク公は国王ジョージ5世の次男。その子どもでしかも女の子だったので、誕生の時点で王冠からは遠いところにいらっしゃいました。女王になるべくして生まれたわけでは決してない。でも国王になるはずだった長男のデイヴィッドさんが退位してしまったために、お父さんが泣く泣く(本当にお母さんのメアリー皇太后の肩にもたれて「いやだ、王になどなりたくない」と大泣きしたらしい)国王となり、そのあとは自分だと10歳にして覚悟を決めるのです。
 子ども部屋で妹に「つまりあなたは次の女王にならなくちゃいけないの?」と聞かれたエリザベスは「そう、いつかね」と答え、妹に「かわいそう」と同情されます。このくだりに私は胸が締め付けられます。
 1章から3章まで、エリザベスさんは王室という特殊な環境で育つ王女さまではあるけれど、天真爛漫で、おてんばで、元気いっぱい笑顔いっぱいの少女なのです。それが4章から少女は王位継承者へと変身します。周囲の環境だけでなく、彼女自身が劇的に変わる。
 つい考えてしまうのです。もし伯父さんが退位せず、エリザベスさんがずっと王女のままだったらどんな人生を送られたのだろうか、と。
 また立憲君主制は決して安泰な制度ではない、ということも本書からひしひしと伝わってきます。エリザベス女王が先祖から受け継いだ王室を維持存続させるためにどれほど苦労なさってきたか。王室は何回となく危機に陥り、世論調査で国民から「もう王室は必要ない」とダメ出しをくらうことが何度もありながら、エリザベス女王は信念で支え続けるのです。
 96歳になられ、即位70周年プラチナ・ジュビリーを迎えて、バッキンガム宮殿のバルコニーにエリザベス女王は立たれました。遠い国の、王室とは縁もゆかりもない、しかも君主制支持者でもない私ですが、その姿を見ながら私は思わずゴッド・セーヴ・ザ・クイーンと称えました。
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