来年はいよいよ60代最後の年を迎えます。正確には2024年再来年の2ヶ月間は60代ですが、まあ2023年が60代最後と言っていいでしょう。
 2014年に還暦を迎えたとき、私はたしかこのブログに「まだまだあきらめない」みたいなことを書いたと思います。仕事を、自立した生活を送ることを、自分がやりたいことをやることをあきらめないぞ、というような宣言をしたような気がしています(→確かめていませんので、ちがったらご容赦を)
 そして実質60代最後の年を迎えるにあたって、あらためてその決意をここに宣言しておきます。
 60代最後の年も、もちろん70代になっても、私は私のやりたいことをあきらめません。
 仕事も、趣味も、ボランティアも、生活も、やらなくてはならないという義務感よりも、やりたいという意欲のほうを優先させてやっていきます。
 ということをわざわざここで宣言するのは、年齢に関係なく、どうもね、この社会(日本だけではないかもしれないが)には、やりたいことよりも、やらなくちゃいけないとされていることを優先させる、いや、優先どころではなくやらなくちゃいけないとされる義務だけをやっていればいいんだ、それ以上のことをやるな、というような圧力があるように思うからです。ただ私がそう感じているだけかもしれないのですが。
 たとえば……
 結婚しなくてはいけない。
 子どもを産んで女は一人前(→母の口癖。1日1回は言っていた)
 女性は家庭を守るべし。
 夫や家族の面倒を見る(ケアする)のが女の義務。
 親の介護は子どもの責任であり義務。
 家族全員の衣食住の管理は妻(母)がやるべき。

 はい、私も「そうすべき」とずっと思っていました。でもね、60代になったとき、その「義務」は私の人生を貧しくしてしまう、ということに気付きました。

 とくに私(1954年生まれの女性)の仕事の前に立ちはだかる壁は、働き始めてからずっとうんざりするほど高かったです。
 
 なぜあなたがフルタイムで働かねばならないのですか。お子さんが小さいときはしっかり面倒を見てあげるべきです。それが母親のつとめです。(20代から30代にかけて)
 仕事、仕事って、あなたがそんなに必死になってやらなくちゃいけないことなの? 経済的に困窮しているわけじゃないんだから、あなたのやっている「仕事」って所詮有閑マダムの暇つぶしでしょ? それよりもだんなさんやお子さんたちの面倒をしっかり見てあげたら? 子どもがぐれたら親の責任だよ。(30代から40代にかけて)
 仕事はいい加減にしろ。親が老いてきているのだから、そんなボランティアみたいな仕事なんかやめて親の面倒を見てやれ(50代)
 いずれあなたも年をとって介護が必要になる。いまあなたが親の面倒を見ないと、そのツケは自分に回ってくるんですよ。そろそろ仕事をセーブして、しっかり親の介護をしなさい。でないと、いずれ自分が老いたときに悔やむことになりますよ。(60代。いままさに言われ続けています)

 言う人は家族(とくに母親)、親戚、友人、知り合いなどなど、面と向かっていう人もいっぱいいたけれど、○○さんがそう言ってたよ、と「忠告」する人もいて、人の言うことをすぐに気にする私にはなかなかに壁が高く、険しく感じてきました。

 でもね、励ましてくれる人もいっぱいいるのです。
 仕事を続けていくことをあきらめかけたときに、仕事を依頼して「実川さんじゃなくちゃできない仕事ですよ」と言ってくれる編集者や仕事関係者たち。
 泣き言をいうと「人に言われたことで悩むなんて馬鹿馬鹿しい! 無視無視!!」と一蹴してくれる友人たち。
 大きな仕事を引き受けるかどうか迷っているときに「その仕事をいまやらないで、いつやるのよ! 私たちだって残された時間はそう長くないんだよ。がんばりなよ」と背中を押してくれる妹。
 そして思いもかけないかたから高い評価をしていただいたり、ときには賞をいただいたりすると、ああ、ほんと、あきらめないで仕事を続けてきてよかった、としみじみ思います。

 幼い子どもを抱えて仕事をがんばっている娘たちにもいつも言っています。
 「女性が仕事を続けていくのは、男性とはまったくちがったたいへんさがある。賃金格差とか腹の立つことも多いし、いやになることもいっぱいあるし、周囲からの圧力もある。でも、あきらめないで。あなたが選んだ仕事を、あきらめないで続けていって。仕事をすることで見えてくる世界がある。仕事をすることで得るものはお金だけではない。仕事だけが人生ではないけれど、仕事をすることで豊かになる人生があるんだよ」
 そう、次世代のためにも私は仕事をすることをあきらめないでいきたいです。
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 もらいものの写真です。クリスマスツリーと満月。