先週Netflixで「クイーン・メーカー」11話をイッキ見して、いろいろと考えさせられることが多かったので、5話くらいをもう一度見直し、もっと考えさせられました。


簡単にあらすじを説明しておくと、ソウル市長選の話です。最終的に対決する候補者は、韓国大財閥の娘婿パク・ミンジュ(元人気ニュースキャスター。キュ・スヨンが怪演)と人権派弁護士オ・ギョンスク(女性 ムン・ソリが圧巻の演技)。
娘婿にはかつて大統領選挙で参謀をつとめた経験がある百戦錬磨のカール・ユンが、そして人権派弁護士には、かつて財閥のイメージ戦略をつとめ、凄腕と評判だったファン・ドヒ(キム・ヒエがやはり怪演)がそれぞれ戦略担当の参謀となります。
相手候補のスキャンダル(ギョンスク側にはスキャンダルがないので全部捏造)を的確なタイミングで暴露して足を引っ張り、それぞれの票田にもっともアピールするイメージを打ち出すという選挙戦略がおそらくこのドラマのおもしろさであり、またストーリーを主軸となって動かしていくのが全員女性という点も注目されるところだと思います。
選挙戦では、財閥をバックにした権力の中枢を握る勢力と、権力もカネも持たない庶民との対決(対比)がわかりやすく単純化された構図で描かれます。背景としておぞましいほどの格差に起因する労働運動とそれを弾圧する暴力、性暴力とセクハラ/パワハラ、フェミニズム運動、といったテーマも毎回出てくる。
ワイロ、恐喝、暴力(ときに殺人)などの裏の事件もふんだんに散りばめられています。いやいやドラマでしょ、選挙ったって現実世界ではいくらなんでもそこまでひどいことは……とは一概には言えない。戦後の韓国(朝鮮半島)の歴史を少し知っている人なら、それもありうると思うのでは?
主人公であるファン・ドヒはおそらく40代半ば。まだ韓国が民主化されていない1970年代の終わり頃の生まれではないかと思われます。立候補する弁護士、オ・ギョンスクはファン・ドヒより少し年下で、二人とも民主化を勝ち取るための戦いを見ながら成長したのではないかと。民主化の戦いでは、国家が自国民、それも民主化運動に加わっていない人たちも「国家に反逆した」と断罪して何千、何万人も殺す事件がありました。
そして二人の女性の人生に大きな影響を与えたのが、1997年のアジア通貨危機であることが、2話、3話あたりで描かれます。
IMF危機を乗り切った韓国は大きく経済発展を遂げましたが、その裏で社会格差はおそろしいほど広がりました。父親の失業のために学歴もコネもなくなった女性のファン・ドヒは、犬のような忠誠心と財閥家族の失態を尻拭いする才覚だけで財閥企業に欠かせぬ存在となっていきます。ちなみにファン・ドヒは何かというと「犬」とののしられます。野良犬とか猛犬とか赤犬とか。
一方で、民主化を勝ち取るための運動は、労働者の人権を守るための労働運動になり、オ・ギョンスクはその象徴として描かれています。彼女は「正しいことのために猪突猛進する」サイを自称します。
その二人が、もうひとりの候補者である娘婿の性暴力をきっかけに手を結び、「よりよい社会の実現」をめざして選挙を闘います。
女性たちに何回となく浴びせられるのが「理想を追っていては政治はできない!」「現実を見ろ!」という言葉(というか罵声)。そこには女性蔑視の視線も含まれているし、選挙はマネーゲームと公言してはばからない政界の「常識」があります。
ギョンスクは何回も「自分の信条を歪めて、理想を捨ててまで、そして大事な人を傷つけてまでソウル市長になる意味がわからない。もうやめる!」と 叫ぶのですが、そのたびに彼女の理想に共鳴する人たちによって救われます。
つとめていた財閥企業に雇われた手先に認知症で入院中の父親を殺されたドヒは、怒って相手候補の参謀であるカール・ユンに会いにいきます。するとユンは「おまえの父親はファン・ドヒの父親であるがゆえに殺された」と嘯くのです。そのあと「政治の世界では人殺しとは言わない。政治において人は存在せず、思想しかないからな」「私の思想を妨げる障害物を取り除いただけだ」とすごいセリフをはくのです。当然、怒りに震えるドヒは復讐を誓うのですが、「政治の世界」の論理しか頭にないユン(そして財閥一族)にはそれは「負け犬の遠吠え」くらいにしか響かない。
 思想をつらぬくために、人は犠牲にしてもいい、というその論理。
 ユンもはまたこうも言い放ちます。「理想を追いかけるのが政治じゃないぞ。現実をみろ」
なんかわけわからんこと言っとるわ、このおっさん、という目でドヒはユンをにらみ、「私は理想を追う。よりよい社会の実現するための戦いをやめない」と主張。両者は平行線のまま。
  まあ、ファンタジーといわれればそうかもしれないけれど、私は感動しましたね。
 恋愛要素いっさいなしで、イケメンも登場しない選挙ドラマですが、見応えがありました。