「寝ても覚めてもガンバ」さん、タップ公演についての記事でのコメントをありがとうございます。もっているすべてのデバイスでコメントを返そうとしたのですがエラー表示ばかりが出てうまくいかないので、記事でお返事を書くことにします。
その前に、昨日の試合はこれまで出ていなかった選手たちが奮闘したみたいですね。負けちゃったし、中村選手が出場しなかったので肩透かしだったみたいだけれど、中断期間に勢いを下げない、という意味ではよかったのかな?

そして「タップダンスを始めたきっかけはなんですか?」というご質問に対する返事です。実はこの質問、もうね、いろんな人から聞かれまくっていて、そのたびにそのときに思いついたことをお返事しているのですが、昨日、コメントを読んでからじっくり考えてみました。
直接のきっかけは、1年半前に、長年ダンスをしている友人が大学の同級生たちで作っているLINEトークで「(彼女が所属している)タップダンス教室で初心者を募集しているんだけれど、やってみない?」と声がかかり、あ、やってみたい、習います! と手を挙げたことです。(ちなみに手を挙げたのは私一人でした)
おもしろそう、やってみよう、と思ったら即やってみる、というのは、もうね、これは生来のおっちょこちょい気質なんでしょう。
振り返れば50代突入を目前にして、サッカー教室に入門したときも、似たような動機でした。
50代の中高年期に突入して以来、何か行動を起こすときに「いまやらないで、いつやるんだ?」と自分を励ましていますが、それは年齢を重ねるのつれてますます強くなっているみたいです。
そして70代の老年期を迎えると、もうひとつ「ご縁のシッポはつかもう!」という思いが湧き上がってきています。これがご縁だ〜と感じたら、即走り出す。もうね、自分でも止められません(周囲からは「いい加減に自制しろよ」という声が湧き上がっていますが)
「ご縁」というのはとてもいい言葉だと思います。
日本語大辞典によれば「広義には結果を引き起こす因のこと。狭義には結果を引き起こす直接の内的な原因である因に対し、それを外から助ける間接の原因をいう」というのに並んで「心が外の事物に向かって行なうはたらきかけ」という意味がのっています。
これを「自分の心にひそんでいる願望や欲望を呼び醒まして、行動につなげる働きかけ」が「ご縁」なんじゃないかと私流に解釈しています。
そして「ご縁」があると感じたら、その機会をしっかりつかんで行動に移す。
ご縁が感じられるように自分の心の声に耳を澄ますことも大事だし、ご縁がつかめるように体力気力を充実させておくことも大事かなと思っています。
ご縁には、家族や友人たちとのかかわりの意味もあります。
ご縁に恵まれるためには、周囲の人たちとの関係を大事にすることも必要なんだな、と最近ますます強く実感しています。

なぜタップを始めたんだ? というその動機は一言では説明できないんだな、といまさら気づきました。
自分の気持ちを深掘りする「きっかけ」をつくってくださった寝ても覚めてもガンバさん、ありがとうございます。